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22話


 

 

 本来の姿に戻った私を見て、憎々しげに皇弟は唸った。

 

「はは、何でもありだな。……やはり世界平和の為に死んではくれないか」

「残念ですが、ご期待には沿えそうにないですね」

「何故だ。お前自身分かっているだろう? 変身に転移に……お前がいるだけで、いつ殺されるか分からない恐怖に苛まれ続けることになる。その存在そのものが脅威だ……聖女ではなく魔王の末裔の間違いではないのか?」

「叔父上!」

 

 アカルディの王族に対して考えうる限り最大の侮辱に、ディアークは怒声とも悲鳴ともとれぬ声をあげ、セオドアは怒りをあらわに剣をその喉元へと突きつけた。

 

「命が惜しくないようだ……!」

「待ってセオドア、いいの」

「ですがエステル……例え貴女が許しても僕は許せない!」

 

 変わらずピタリと剣先が喉に触れた状態で、セオドアは皇弟を睨みつける。私の為に怒ってくれるのは嬉しい。けれどいくら罪人とはいえ皇弟に剣を突きつけるのはあまり良くないので、その手を取って下がらせた。不満気な彼がまた襲いかからぬよう、そのまま皇弟から距離をとる。

 

「仕方ありません、過ぎたる力であることは事実ですから」

 

 皇弟の気持ちも全く分からない訳ではない。私の魔法があれば他国の要人をも殺す事など、それこそ皇弟が大事に育てたグローセ・ベーアよりも容易くこなせる。

 敵に回せば脅威だろう。本来あるべきパワーバランスを壊しているのだから。

 

「けれど勿論、悪事の為には……ましてや人を殺すために使うつもりは無いのです」

 

 やろうと思えば皇弟だって殺せたのだ。戦争になったとて、ディアークや彼の家族を殺せばそれで終わりなのだ。

 けれど当然ながらそんなことはしたくない。聖女の魔法は大切な人を守る為のもので、人を殺すための力ではない。そんなことにこの力を使ったら皇弟の言う通り、それは人ならざるもの……魔王だ。

 騎士や兵士達の力だって、本来は魔物から家族や国を守るために付けた力だ。戦争で人を殺す為ではない。

 だから、未然に防ぎたい。

 

「そんなもの、口ではどうとでも言える」

「そうでしょうね。ですから──使おうと思わせないでください」

 

 そう言い返すと、彼は恨めしそうにしながらも口を閉ざした。けれど彼のコルは『神様気取りの化け物め……ヴェルデの絶対君主制が揺らがぬ為には、何としてでもこの王女は殺さなければなるまい』と懐から出した銃を手に構えたので警戒心を強める。

 皇弟のそのような内心を知る由もなく、皇帝陛下が騎士達に指示を出した。

 

「クローヴィスを西の黒塔へ」

「はっ」

 

 騎士が皇弟の身を拘束すべく1歩踏み出した時。

 

「開戦は諦めよう。……だがお前は殺す」

 

 大人しく捕えられるかと思われた皇弟がそう言うと、背後から誰かが斬りかかってきた。

 

「……ッ!」


 長い剣を持ったその男の後ろでひとつに縛られたその黒髪の長さから、皇家に連なる者だと推測できる。


「チッ、防がれたか……まぁ良い。殺れ、オスカー!」

「父上の仰せのままに」

 

 私に対する殺意に敏感なセオドアは、勿論その不意打ちもすぐに察知して突然の斬撃を受け止めたけれど。父親の言うことは絶対とでも言いたげな彼は怯むことなく攻撃してくる。

 

 まさか今から連行されようという時に、自分の子どもまで巻き込むなんてこの狸爺は……!

 

「無駄なことを……エステルには指一本触れさせません」

「無駄? それはお前が決めることじゃない」

 

 そんなやり取りを交わしながらも、私の動体視力では到底追えない速さで剣をふるう二人から目を逸らし、皇弟に視線をやると──。

 

「死ね」

 

 皇弟は、私に向かって銃口を向けてきていた。

 

「エステル!」

 

 小さくあ、と漏らした声に瞬時に気づいたようで、セオドアが相手をいなしながらも、庇うようにして私と皇弟の間に入ってくる……が。彼に伸ばした手が、それでも届かないから。

 考えるより先に身体が動いていた。

 

 

 

 ────パァン!

 

 

 

 転移した先で聞いた銃声は、昨日今日だけで何度聞いた事だろう。そんなことを考える余裕は、一拍程しか無かった。


「っぐ、うぁ…っ!!」

 

 い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い────。

 

「エステル!!」

「エステリーゼ!!」

 

 私の汚い呻き声をかき消す程のセオドアの悲鳴が少し離れた所から、ディアークの声がすぐ側であがる。

 痛覚に全てを持っていかれそうになりながらも治癒魔法を自らにかければ、私の心臓辺りに命中した弾丸によって出来た傷は無くなり、痛みもまるで最初から何も無かったかのようにひいていった。


 ホッと一息吐きつつ、ディアークに大丈夫? と声をかけると物凄い形相で肩を掴まれ揺さぶられた。

 

「大丈夫じゃないのはお前だろ!? 何をやっているんだ!!」

「何って言われても……」

 

 動揺したのか、力加減を間違えたとしか思えない強さで皇弟の息子を床に叩きつけたセオドアも駆け寄ってくる。恐らく彼は骨が何本も折れてしまったことだろう。また襲いかかられたら困るが、ほおっておけば出血多量で死にそうだ。死なない程度にこっそり治癒魔法をかけておいた。

 

「エステル、エステル……すみません、僕が不甲斐ないばかりに……」

「違うわ、私が考え無しだったから悪いの」

 

 皇弟は私に銃口を向けていた──けれど、彼のコルはディアークに銃口を向けていた。つまりはフェイントだったのだ。

 セオドアを連れて転移するにはほんの爪先だけでもいいとはいえ触れなければならず、時間的余裕が無かった。出来ればディアークの側に転移し、そのまま彼を掴んでまた転移……と逃げられたら良かったが、残念ながらそううまくは行かなかった。

 皇弟がこんな行動に出たのはディアークを殺す為ではなく、私に庇わせる為だろう。コルの声を聞くだけの時間的余裕は無かったが、背の高い彼狙いだとするならば低すぎる弾道だったから恐らく間違ってはいない。

 

「それにほら、もう治ったし……大丈夫よ」

「大丈夫じゃない!」

 

 ドレスは派手に血で汚れてしまったから痛々しく見えるかもしれないけれど、実際はもうこれっぽっちも痛くないのだと示すためトントンと胸元を叩くと──その手を取られ、強く握りこまれた。

 

「……痛かったことにはかわりない、そうでしょう……?」

 

 自分の力不足を悔やむように眉を寄せ、その瞳から涙を零すセオドアに。私のことを心から大事にしてくれる彼のことを考えれば軽率な行動だったと心から申し訳なく思う。反面、私がこうしていなければディアークが撃たれていた訳で……時が巻き戻っても、同じ行動をとるだろうから謝ろうにもきっと薄っぺらい謝罪になってしまうな、と口を噤む。セオドアを悲しませるようなことはしたくないと思うものの、人間すぐには変われないようだ。

 

「……っはは、心臓を貫かれても死なぬとはやはり化け物ではないか!」

 

 悲しそうな顔から一転、再び怒りを顕にした表情で皇弟を睨むセオドア。しかし先程少し離れた隙に私が撃たれた──撃たれに行ったともいう──からか、離れようとはせず、かわりにベラの傍で彼女を守っていたロランドが皇弟を蹴り倒して跨り、その首に剣を突きつけた。

 

「おい、お前……それ以上殿下を侮辱するなら、首を切り落とすぞ」

 

 ロランドの印象的な三白眼が、怒りのあまりか最早四白眼になっている。セオドアといいロランドといい、皇弟がいくら頭にくる狸爺とはいえ、一応皇族なのだから下手をするとこちらも不敬罪で裁かれることになるというのに。そう思って彼のことも止めようと一歩踏み出した腕を、黙って首を横に振るセオドアに掴まれ引き止められた。

 

「離せ! この私を誰だと心得る!」

「はっ。今の殿下に対する暴言を聞き流すくらいなら死刑になった方がましだ」

『これで仮に一族郎党斬首刑になったとしても、殿下を化け物呼ばわりした奴を見逃す方が余程恨まれるだろうしな』

 

 オベルティ家の忠誠心の高さたるや。私はオベルティ家が一族郎党斬首刑になるくらいなら化け物でも魔王でも構わないのだが、そう思うのは忠義に背く不誠実な事だと分かっているので心の中だけに留めておく。

 皇弟はロランドが逃がさない、逃がすくらいなら刺し違えてでも殺すと言わんばかりの圧に一瞬怯んだが。

 

「ハンナヴァルト! アイゼンバーグ! 何をしている!? 助けぬか!」

 

 恐らく皇弟派であろう人物の名を呼ぶ。……しかし彼らがその呼びかけに応える様子はなく、離れた場所にいる参加者達の中から出てくる姿は見られなかった。

 皇弟は自分で選び育て上げたグローセ・ベーアに関しては情がわいていたようだが、それ以外は忠誠心というものを信じられなかったようで、ベラのように恐怖で支配するやり方をとっていた。だからか、邪魔をしようものなら今にも斬りかかってきそうなロランドが、より恐ろしいと判断されたのだろう。

 

「まだ分からぬか、クローヴィス」

「兄上……」

 

 悪足掻きを続ける皇弟を見かねてか、皇帝陛下が残念そうに眉を下げながら声をかけられた。

 

「確かに自分らが決して持ちえぬ力を持つ存在を恐れる気持ちは分からなくはない。だがな、自分が傷ついてでも人を守るために力を使う。誰がその姿を見て化け物と思うのか。」

「ですが兄上……ならばこそ私達皇族の立場をも脅かすのです」

「まぁ敵にすれば脅威であろうな。だがしかし、彼女達にそんな心算などなかろうよ。味方であればこれ程心強い者もおるまい」

 

 皇帝陛下の仰る通り、アカルディにヴェルデとの開戦の意思はない。それは魔物の討伐に手一杯で兵をさく余裕が無いこと、いくらアカルディの兵が強いとはいえ、命をかけた対人戦の経験は殆ど無く、恐らく心情的にかなりの負担がかかること等様々な理由があるが……そもそもこちらとしてはヴェルデは欲しくもなんともない。今のアカルディで充分であるし、ヴェルデ程の大国を治めるのは骨が折れる──どころか擦り切れて粉になるだろう。良き隣人でいて欲しい。

 

「……私には、それが信じられない」

「分かり合えなくて残念だ」

 

 それはこれ以上話すことは無い、という皇帝陛下から皇弟への最後の言葉だった。


 グローセ・ベーアは捕えられ加勢しにきた彼の息子は気絶し、私は撃っても死なずロランドに跨がられて動きを封じられ、皇帝陛下に背を向けられた皇弟は、納得出来ないとでも言いたげに悔しさを顔に滲ませながらも、流石にこれ以上どうすることも出来ないと諦めたようだ。

 

 今度こそヴェルデの騎士に連行されるその背中を見て──ふと力が抜ける。

 

「エステル!?」

 

 倒れ込みそうになった身体をセオドアがすぐに抱きとめて支えてくれたが、視界がぐわんぐわんと揺れ吐き気が止まらない。

 

「エステル、大丈夫ですか!?」

「……ま、りょく、ぎれ……みたい」

 

 昨日から湯水のように使っていた魔力だが、本来まだ余裕があった筈。けれど銃で撃たれた傷を治す際激しい痛みで細かいコントロールがきかず、兎に角治す!と大雑把な魔法になったせいでうっかり数ヶ月前の傷まで治してしまった。その為予定外に魔力がごっそり減り、皇弟の息子にかけた治癒魔法でほぼ空になり──コルという常時発動する魔法によって完全になくなった。


 ああ、まだやらなければならない事が沢山あるのに。


 だき抱えてくれるセオドアが揺れる視界の中でも心配そうな顔をしているのが分かって。

 皇弟もいなくなったし、何よりセオドアの腕の中なら何も心配することはないだろう。……少しだけ、眠ってもいいだろうか。

 

 私は張り詰めていた緊張の糸を切るように、プツリと意識を手放した。

 


 

 

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