21話
説明回です。
それからはかなり忙しい時間を過ごした。
まずは母親がいるという場所までセオドアと私とベラの三人で転移し、さっと治癒魔法をかけた。ベラはすっかり元気を取り戻した母と泣きながら抱き合っていて、こちらまで本当に良かったなぁ……と感慨深い気持ちになった。
そんな中、何人かいる見張りが皇弟に報告しないように何とかしたいなぁと呟くと、セオドアがどこに持っていたのか吸うタイプの睡眠薬を取り出し「これで半日は起きません」と、まるで夕食の魚を捌く料理人のような淡々とした手つきで眠らせていった。確かに馬車なら一日かかる距離だからそれなら誕生祭までには知らせが来ることはないだろうけれど、何でそれを持っていたの? と聞くと、次期王配として様々な有事に対応出来るよう教育を受けていますから、と返されて遠い目になった。次期王配教育……何をやっているのか知りたいような知りたくないような。
その後は皇弟側の人間にバレないようディアークと皇城に転移し、皇帝陛下に事情を報告した。ディアークを何度も殺されそうになっているのに、首謀者である弟を証拠不十分からどうにも出来ない夫に痺れを切らしかけていた皇后陛下は、喜んでベラの母親を自分が匿うと申し出てくださった。皇帝陛下は胃痛を訴えていたけれど、心因性のそれは治癒したところで原因を取り除かない限り無意味なので、申し訳ないけれど力になれません。
そんなこんなで、ベラが皇弟を捕らえる為の味方をしてくれる事になった。万が一逆上した皇弟にやられないよう彼女が私のフリをして出席する誕生祭では、ロランドにパートナー兼護衛を任せた。
更に皇弟の指示でベラが夜に私の格好をしてグローセ・ベーアに接触する手筈のところを、情報収集の為に私が本当に行くことにした。セオドアは危ないと反対していたけれど仕方ない。離れないって約束? 30シュリット以上離れないから大丈夫、と言えば屁理屈だと拗ねられた。そんなセオドアをなんとかなだめすかして城を出て、皇弟がベラに指示したとある酒場にたどり着くと、そこで待っていたのはフィーアという青年だった。
「やぁ、そのヘンテコなベール姿は見間違えようがないね。ヌルから聞いているよ」
「貴方一人ですか? 他の方は……」
「もう城に侵入済み。俺も君に会ったら行く予定だったけど、なんなら一緒に行く?」
随分と気安い暗殺者に若干戸惑いながらも、「確かに王女が手引きをしていたという目撃証言を増やせそうですね」なんて言って一緒に戻った。その方が情報を引き出せると思ったからだ。ヌルと呼ばれる男が皇弟であることはコルの話を聞くまでもなかったが、彼のコルからなんとヌルが──つまりは皇弟がグローセ・ベーアを作ったと知った。規格外に傍迷惑な爺だ。
それからも「遅くなってすみません、作戦会議とかある予定でした? 時間大丈夫ですか?」とかなんとか言って思考を誘導し、誕生祭まで特に何も予定が無いことをコルから聞き出した。完全に互いを信頼し合っているらしい彼らが、襲撃前にリスクを犯してまで集合することはないとふんで、早速何人か捕まえる為に動くことにした。
不思議なことに──例え変装していても、コルの髪や目の色や顔立ちを元の姿から変えることは出来ない。とある心は女性で身体は男性のデザイナーのコルは女性の姿だったので、その人の思う自分の姿に多少依存するのかもしれない。
フィーアという青年も、どこかの貴族令息になりかわって入城する予定らしく黒髪の鬘を被っているが、コルはアッシュゴールドだった。勿論変える必要のない色の人間もいるだろうけれど……これを目印に侵入済みだという他の仲間を見つけなければならなかった。
変身魔法で侍女に扮し、落とし物だのディアークからの言伝だのと何かと理由をつけて部屋をまわる。ヴェルデは魔法列車でさえ一日二日では横断しきれないほど広大な国の為、前日入りしている招待客はかなり多く、それは中々骨の折れる作業だった。
セオドアのことだから仮に七人全員いても大丈夫だろうとは思ったが、私が無事でも周りの無関係な人が巻き込まれてはかなわない。狸爺を陥れる為には最低二人くらいは泳がせるとしてもせめて半分……出来れば半分以上の四人は見つけたいと思ったが、苦労の末に五人を見つけ捕らえることが出来て。まとまることなく各々貴族や使用人に扮していた為、それぞれ別の地下牢──勿論ヒンダーン石で造られている──へと捕らえ尋問を行った。
その後は客室に戻り、誘拐されるのを待った。私とセオドアの夕食に睡眠薬が仕込まれているのは給仕のコルが露骨に震えながら話していたので、しっかり食べる姿を見せておき治癒魔法でこっそりリセットしてから寝たフリをした。これまたセオドアが反対していたけれど、何かあったら貴方が助けてくれるって信頼してるから大丈夫と宥めて。
うっかり本当に寝そうになった程の深夜に侵入者がやってきて、私は拘束具をつけられた上で何か箱らしきものに入れられた。分かっていたことなので恐怖はなかったけれど、隣に寝ていたセオドアの殺気に少し震えた。
荷馬車に乗せられて、ガタゴト揺られること体感一時間。どこかに到着してたようで下ろされ、よいせよいせと地下のどこかの部屋まで移動させられると、箱のまま放置された。
「私はあの方に報告をしてくる。お前は人質をこの部屋に移しておけ」
「はいよー」
そんなやりとりの後、コルの声からして私の侍女が連れられてきて。
「命が惜しければ、ちゃんと王女様に逃げないようお願いしてくれよな」
「残念ね、殿下の足手まといになるくらいならこんな命いらないわ」
「……随分強気だなぁ。もう分かってると思うが、ここじゃ魔法は使えないんだぜ?」
「魔法が使えないからと言って、あなたみたいな弱い人を恐れる理由にはならないでしょう」
んんっ、アカルディの女性は総じて気が強くって困ってしまうわ!
なんて思いながらも反感を買うその言葉に慌てて拘束具は除いて転移し、セオドアを連れてまたその部屋へ戻った。一度行った場所は勿論、人を目標地点として転移することも出来るのだ。アカルディが建国以来例外なく長子継承出来ているのは、第一王女の転移魔法取得率が極めて高いからかもしれない。
戻った時にはやはりカッとなったらしき見張りの男が侍女に手を振り上げているところで、その腕ごとセオドアが蹴り落とす。そのまま動きを封じ込め、あっという間に気絶させてしまった。状況把握と判断が早くてありがたい限りである。
「セオドア、ありがとう。……マカレナ、巻き込んでしまってごめんなさい。怪我はありませんか?」
「ええ、私こそ捕まってしまい申し訳ございません……」
『殿下にご迷惑をかけてしまった……不甲斐ないわ……』
先程までの威勢の良さとは裏腹に、露骨に落ち込んだ様子の彼女のコル。私が連れ去られる予定であることは一部の騎士達にしか周知しておらず、事情を知らない彼女に心労をかけて申し訳ない。
誘拐されることは事前に分かっていたが、連れ去られたということにしておきたかったと説明し、その為に誕生祭が始まる頃までここに待機して欲しいと頼むと、いくらか罪悪感は薄れたようだった。
それからいざという時影武者になる手筈の女性騎士も連れてきて、これまた申し訳ないのだが代わりに箱に入っていてもらうことに。
勿論彼女達に危険がないよう、いざと言う時のために騎士を三人近くに配置した。誕生祭が始まる時間になったらヴェルデの兵が乗り込んでくることになっている。
「さて、その人にもこちら側についてもらうか、ここに様子を見に来た人全員捕らえるかだけれど……」
「ああ、それなら僕が」
セオドアはそう言って見張りの男のポケットから鍵を抜き出し彼を軽々と肩に担ぐと、
「見苦しいかと思いますので、少し待っていて下さいね」
『王配殿下からはお墨付きを頂けていたけれど、実践は久しぶりだから上手くやれるか少し心配だな……』
とどこかの部屋に移動していった。私に関わること以外は比較的まともなセオドアのコルの声だったから、恐らく事実なのだろう。父上からのお墨付き? 実践は久しぶり? と疑問に思っているうちに、何かに形容するのもはばかられるようなおぞましい断末魔が聞こえてきて。
「……君は、攫う時に彼女が第一王女殿下の影武者だと気がつかなかった。そしてその人は箱の中で目覚めた様子はなくずっと眠っている。それから、他の見張りと交代はしないこと。分かった?」
「か、かかかか、かし、かしこま、りましたっ」
「もし裏切ったら、」
「ううう裏切りません! 決して! ですからどうか!」
『あんな目にもう一度あうくらいなら皇弟殿下に殺された方がマシだ……!』
暫くして異常なほど怯えて自分の体を掻き抱くようにした男と、若干の達成感を顔に滲ませたセオドアが戻ってきた。
「お待たせしました。多分、大丈夫だと思います」
うまくいって良かったとでもいいたげな、あどけない笑顔に今度こそ天を仰いだ。父上……皇弟殿下に殺された方がマシとは一体セオドアに何を教えたんですか。
……彼とは私が必ず責任を持って結婚しよう。そう決意した瞬間だった。
その後は皇女の部屋に行き皇女の姿に変わって皇女として準備をして──。
「私はここにいますからね」
エステリーゼの姿に戻った今に至る、という訳である。