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20話

 

 

 

 

 時は戻って──。

 

 皇女の髪を元通りにする二つの条件の話をする為、ディアークが経営しているホテルに場所を移した。帝都にタウンハウスを持たない下位貴族が主な客層のそのホテルには、密談にうってつけの防音性の高い談話室があり、私とセオドア、それからディアークと皇女に、ベラとクライスラーさんの六人で部屋に入った。本来ならヴェルデ側の護衛もいた方がいいだろうけれど、話す内容が内容であるし、セオドアの事を信頼して彼一人で充分だという判断をしてくれた。

 ベラとクライスラーさんのコルは何故私がここに……? と不安そうにしているけれど、後々話があるので待っていて欲しい。

 

「第三皇女殿下には、誕生祭を欠席して頂きたいんです」

「ハァ? 何言ってるのよ。私の誕生祭で私が欠席するくらいなら中止するわ」

 

 まず一つ目の条件を──片側が短くなってしまった髪を隠すように編み込んだ──皇女にハッキリ伝えれば、不愉快そうに睨まれた。

 

「いえ、私が貴女のフリをして出席しますから、正確には欠席というより、隠れていて欲しいのです」

「いや……あんたに私のフリなんか無理でしょう。産まれ持った華が違うし、第一その顔どうするつもり?」

 

 産まれ持った華、の所で彼女の視線が私の胸部に向いていた気がするけれど、別にそんなに変わらない……わよね? それよりも顔を隠さなければならない私が、皇女のフリが出来るのかという問いに対する答えだけれど──。

 

「変装ではなく魔法で変身しますから。大丈夫です」

 

 そう言って論より証拠とばかりに魔法でドロテーア皇女の姿に変身する。キラキラと光が舞い散る中フェイスベールを外せば、その場にいた全員が驚愕に目を見開いた。セオドアなんかそのパライバトルマリンが転がり落ちてくるんじゃないかというくらい目をまん丸にして凝視してくる。私はというと着ている服はそのままなのだが、悲しいことに僅かにドレスの胸元がキツくて遠い目になった。

 

「……お前変身魔法まで使えたのか?」

「出来ればこれは、使わずに一生を終えられるならそうしたかったの」

 

 この変身魔法についても、今までは母上と父上にしか話していなかった。知ってしまえば、目の前の人は本物じゃないかもしれないとこの先ずっと疑わせることになる。アリバイにも意味がなくなってしまう。それに転移に変身に……とあってはいよいよ暗殺者になれと言わんばかりの能力だ。

 まぁ勿論、変身魔法も完全ではない。再現できるのは人体のみで服など身につけてるものは変身前後でそのままなのだ。今回は体型がさほど変わらない皇女だからいいが、もし今例えば筋肉の塊のような父上に変身したらドレスが弾け飛んでいただろう。だからその人らしい服等用意しないといけない為、誰にでも簡単になりすませる訳では無い。

 

「それならなんで態々私に変身して誕生祭に出るのよ」

『セオドアがパートナーになるのを阻止したいだけなら、そう言えばいいだけなのに』

 

 コルと共に首を傾げた彼女の疑問も真っ当だけれど……自分が殺されそうだった事を聞くなんてショックだろう。しかもあんな狸爺とはいえ身内に。

 正直に言うべきか何も知らない方が幸せか。迷っているとディアークが口を開いた。

 

「……叔父上はお前を殺すつもりだ」

「……は? 何の話……」

「暗殺未遂の罪をエステリーゼに着せようとしてたんだろ? 叔父上はそれを未遂で終わらせるつもりはないらしい」

『叔父様が、私を……?』

 

 コルさえ黙り込んでしまうほど、呆然とする皇女。さっきのクライスラーさんだけならまだしも、身内から本気で死ぬことを願われてるなんてそう簡単に受け入れられる話ではないだろう。ディアークはもう二桁で済むか分からないほど経験して、慣れてしまったようだけれど。

 

「……俺はお前の事好きじゃねえが、死んで欲しい訳でもない。殺されるのを黙って見過ごすほど嫌いでもない」

 

 余り兄妹仲の良いとは言えない二人だけれど、ディアークがポツリと呟いたその言葉は本心で。皇女もそれが伝わったのだろう、諦めたように長いため息を吐いた。

 

「……どうせこの髪じゃ誕生祭なんか出られないわ。その条件のもうじゃないの」

「本当ですか?」

「そのかわり、くれぐれも! 私の品位を落とすようなことはしないで頂戴よ」

「はい、努力します」

 

 良かった。皇女のフリをして誕生祭に出られれば動きやすい。いざとなったらネタばらしで本当の姿を見せて煽って、逆上し私を殺そうとするところを現行犯逮捕…といきたいものだ。

 

「で、もうひとつは?」

「……クライスラーさんをどうか宥恕して頂けないでしょうか」

 

 私の発言に、クライスラーさんが息をのんだ。

 

「彼女のしたことは反逆罪よ。……下手すれば内政干渉ととられる発言ね、それは」

「承知しています」

「そもそも何でそんなことを願うわけ? 偽善者の聖女様は慈悲深くてお心も綺麗なのかしら?」

 

 若干殺気立った皇女から庇うようにセオドアが前に出る。彼は彼で皇女のバカにしたような言い方に苛立ったようだった。が、自分が無茶を言っているのは分かっているので彼の手をひき下がらせる。

 

「同情とか偽善とかではなく、単純に……私が第三皇女殿下のフリをする時に、セオドアと揃いのドレスを着たくないからです」

 

 キッパリと言い切ったその答えが意外だったようで皇女はキョトンとした後、呆れたように片手を顔に当てた。横で聞いているベラのコルさえ『そんな理由? もっとこう……崇高なことではなく?』と呆気にとられている。

 

「……中身あんたなんだからいいでしょ」

「良くありません! 第三皇女殿下とセオドアがそういう仲だって思われてしまうではありませんか……。けれど皇女殿下の誕生祭ともなれば特別なドレスでないといけませんよね? 今から急に用意も出来ませんし、その点誕生祭用に仕立てていたクライスラーさんのドレスがまだあるなら問題ないでしょう? あっクライスラーさん、急で申し訳ないのですが……一着でいいので明日の昼までに仕上げることは出来ますか?」

「え、えっと……外して売ったのは大きな宝石だけなので、寝ずにやれば間に合うと思います」

 

 急に話を振られた彼女は驚いたように肩を跳ねさせたが、コクコクとそう言って頷いてくれた。

 

 いくら自分とは言え、周りから見ればドロテーア皇女に変わりないのだ。それなのに揃いの衣装なんて耐えられない。完全に私情だ……けれど。

 クライスラーさんは皇女の誕生祭用に仕立てていたドレスを、小さい宝石まで外して売れば少しは借金も減らせた筈なのに、最後に兄と作ったドレスだから……と極力手を入れずに保管していたらしい。

 

 私情ついでに人助けもできてドレスが本来の用途で使われれば一石二鳥だろう……というのが二つ目の条件。

 

「というわけでクライスラーさんのドレスを着ていきたいんですけど……反逆罪になった方のドレスを誕生祭で着たら、それこそ品位が下がるでしょう?」

 

 ダメ押しとばかりにあざとさを意識して首を傾げる。

 

「っあああもう分かったわよ! っていうかそろそろ魔法解きなさいな! 私の姿で情けない顔しないで頂戴!」

「良かった……ありがとうございます!」

「はぁ……でも目撃者が沢山いたからそこはなんとかしなさいよ」

「ああ、目撃者については俺がどうにかするよ」

「ならいいけど……」

 

 彼女ら皇族にとって髪が凄く大事なことは分かっていたから、勝機はあったけれど……条件をのんでもらえてホッと胸を撫で下ろす。フェイスベールをつけなおして、魔法を解いた。

 

「……ってなんでセオドアはちょっと残念そうな顔してるの?」

 

 何故か私を見て眉を下げた彼に焦りながら尋ねる。まさか皇女の姿の方が良かった? 私のことを好いてくれてるとは思うけど……外見は皇女の方が好みとか?

 そんな私の考えが伝わったのか、セオドアは慌てて首を横に振った。

 

「別人の姿とはいえ、エステルの目を見たのは初めてだったので……」

「ま、まぁまた明日時間はあるから」

 

 変身していても、セオドアはその姿をも私だと思うらしい。いくらクリアな視界とはいえ、私としてもフェイスベールが肌に触れる感覚なしに人と話すことは滅多にないからなんだか急に緊張してきた。

 

 ……と、今はこんな話をしている場合ではない。

 

「それからベラ」

 

 今度はベラに声をかける。彼女は処刑台に上がる前の罪人のような顔をして一礼した。

 

『皇弟殿下の企みがバレているってことは……私のことも分かっていらっしゃるんだわ。ごめんなさい、お母さん……』

「ええと、貴女のお母様……良かったら私が治しましょうか?」

「え?」

 

 コルがまるで切り落として下さいと言わんばかりに、首を差し出すような姿勢になったので慌てて本題に入った。ベラは言葉の意味は分かるけど理解が追いつかないかのように、瞬きを繰り返す。

 

「勿論タダで、とは言いません。私達の味方をして皇弟殿下の指示であることを証言して下さるなら、今すぐにお母様を治して、皇弟殿下の手の届かないところに匿って差し上げます」

「……!」

 

 彼女は母の為ならなんでもするだけで、罪悪感がない訳ではないようだった。出来ることなら悪事に手を染めたくないけれど、母の命の前では些細な事だと。だからこそ、治癒魔法の使える私ならば寝返らせるのは簡単だと思う。

 その予想は当たっていたようで、私の話を理解したらしいベラの瞳には次第に涙が溜まり始めた。

 

『お母さんに盛られた毒は、解毒剤を飲んでも完治はしない。それどころかきっとこれからも母を人質にして私を……。でも、聖女様の治癒魔法なら──』

「お願いします……何でも協力しますから……母を助けて下さい……っ」


私に解毒されることを想定しなかった、皇弟の慢心だ。いや、そもそも心を知る魔法がなければ彼女の事情は知り得なかったことだから、仕方の無いことだけれど。


「ええ、必ず」

 

 聖女の末裔に、ひいてはアカルディに喧嘩を売ることがどういうことなのか、一度しっかり解ってもらわなければならない。



 

 

 

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