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19話

 

 

 

 

 アカルディとの戦争中に竜が襲来し、エントリヒ領のいくつもの街が火の海になったあの時から、かの国に手を出すべきではないという意識が帝国全体に根付いた。それだけでなく助けられたというエントリヒ領を中心に、竜を退治したアカルディに深く感謝し、妙な力を持った王族を崇拝する者達まで出てきたのだ。しかしそれを前皇帝の父上も黙認し、現皇帝である兄上に至ってはアカルディを友好国と認め、防衛費として多額の援助までしている始末である。

 

 それが私は気に入らなかった。何故ヴェルデがあんな小国と仲良くせねばならぬのか。確かに竜の襲来によって被害は受けたが、予想外だった為に対処できなかっただけだ。次は備えておけば良いだけの話ではないか。

 そもそも絶対君主たる皇帝を差し置いて信奉するなど、反逆罪にしてもいいくらいだ。にも関わらず彼女達は我らも信仰する神の愛した聖女の末裔だから、君主としてではなく聖女として信奉する分には問題ない、などと……。

 寧ろ聖女の固有魔法だとかいう妙な魔法をもっているからこそ問題なのではないか。人は自分にない強大な力を前にした時、大抵が恐れるか崇めるかのどちらかだ。私は恐れている。あの王族は皇帝の権威を、ひいては帝国を揺るがす危険分子だ。国は早々に支配下に置き、王族は根絶やしにするべきなのだ。

 

 次期女王を贔屓しているディアークが皇帝になれば、今後もこの関係が続いていくのは間違いないだろう。それは何としても阻止しなければならない。だからこそ、アカルディに友好的な国民感情を覆し、戦を仕掛ける大義名分が必要だった。

 我儘娘と知れ渡っているドロテーアがアカルディの人間に殺されたところで、すぐに戦争というのは受け入れられないかもしれない。しかしそうやって人を殺すような女が次の女王となることが知れ渡れば民も考えを改めるだろう。

 

 その為の計画だった。……なのになんだ、このザマは。

 

「馬鹿な……」

 

 圧倒的な力を持ったグローセ・ベーアの中でも剣術に秀でたフィーアとゼクスでさえ、憎たらしいアカルディの次期王配だとかいう小僧の前では、赤子の手をひねるような力量差だった。

 決して小僧を侮っていた訳では無い。しかしこちらには武器があって、小僧は丸腰だ。何よりドロテーアを疎ましく思っている小僧が命懸けで守るような理由は無いではないか。

 

 にも関わらず小僧は隠し持っていた短剣で弾丸を弾いたかと思えば、その短剣を銃を持つフィーアの手に投げ刺し落とし、襲いかかろうとしたゼクスから目にも止まらぬ早業で剣を奪い、あっという間に二人を戦闘不能にしてしまった。

 そもそも何故短剣を隠し持っていたのだ。当然武器の持ち込みは禁じられている。勿論着飾った相手への手荷物検査にも限界があるが……その検査で見つけられないような場所へ隠された武器は、奇襲に対応できる速さで取り出せるはずがない。つまり持ち込みの許可があったという事だ。

 

 何故? バレていたとでも言うのか? 誰かが裏切ったのか? そもそもあとの五人はどうした? 最初から全員でかかれば殺せたかもしれないというのに何をやっているのだ。

 

 疑問は尽きないが予定通り追求はせねばなるまい。残念なことにドロテーアは死ななかった為大した結果にはならないだろうが、殺そうとした事実。これだけでも多少は遺恨を残せるはずだ。信奉してる者共も目を覚ますだろう。

 

「暗殺者共め、誰を狙って来た!」

「そこの皇女サマを殺しに来たんだ」

「誰の依頼だ。吐け! 吐けば少しは罪が軽くなるやもしれぬぞ」

 

 我ながら白々しい。誰を狙って誰の依頼だったのか、知っているに決まっている。何故ならグローセ・ベーアは私が作った組織なのだから。

 帝国の影は皇帝にしか従わない為私には私の手駒が必要だった。それに完全に影としてではなく暗殺集団として名を流しておけば、誰が誰に恨みを抱いているだとかいう情報や、殺しを依頼したという弱みを握れる。金だって入る。

 

「……顔にベールを付けた女だ。そこまで言えば分かるだろう」

「何!?」

 

 グローセ・ベーアは代理人による依頼を受けない。そんな噂はしっかり真実として認識されている。だからこそゼクスのその言葉に一気に示された女へと視線が集まった。

 

「それはあの女だな?」

「……ああ。間違いない」

「なんと! 帝国の大事な姫君を殺そうとしたのがアカルディの王女とは嘆かわしい!」

 

 勿論アレはアカルディの王女ではなく、私の侍女のベラだ。父であるハンナヴァルト侯爵に疎まれ、異母兄弟には暴力を振るわれてきたこの私生児は、唯一の味方であった母親を人質にとれば何でも言うことを聞いた。

 忠誠心などそう易々と信じられるものでは無い。人々を支配するのは恐怖なのだ。

 

「ええ、確かに私が依頼しました」

「そなたはヴェルデがアカルディを支援している恩を仇で返すというのか!? なぜそんなことを!」

「それは……」

 

 本物の王女は郊外の別荘へ監禁している。ヒンダーン石で小さな部屋を作り、その中に拘束具をつけた上で睡眠薬で眠らせている。更に人質としてアカルディの使用人を捕らえているから逃げ出すことは無いだろう。

 

 さあ言うのだ、ベラ。嫉妬に駆られたのだと。恋に狂って人を殺すことも厭わぬ悪魔が次期女王なのだと知らしめるのだ。

 

 さあ──。

 

「貴方に頼まれたからです、皇弟殿下」

 

 

 

 

 

 

「……何を、」

 

 静まり返ったホールに響いた自分の声が、僅かに震えていることを自覚する。突然の裏切り。罪の意識にかられて母親を見捨てたというのか? いや、この女の母への思いはその程度ではない筈だ。だからこそこの女に任せたのだから。

 

「これは一体どういうことだ」

「あ、兄上……」

「彼女なら昨日一緒にいたから知っていますよ。ハンナヴァルト侯爵の私生児で──叔父上の侍女、ですよね。どういうことか話してくれるか?」

 

 更なる追撃がないと踏んでか、兄上にディアークまで近づいてきてしまった。こんな女は知らぬと言いたいところだが、しかしこうも堂々とフェイスベールを取り払われ、ハンナヴァルト侯爵に似た顔立ちを見せられればうまく誤魔化す言葉も見つからない。それを知ってか知らずか、ベラは話を続ける。

 

「恐れながら、皇弟殿下は私にエステリーゼ王女殿下のフリをするよう命じられました。そしてグローセ・ベーアに依頼をし、問いかけられれば罪を認めるように……と」

 

 状況が飲み込めていなかった者共が一気に理解したようでざわめき始める。薄々そう思っていた者はいただろう。私が反アカルディなのも、その為にディアークを何度も殺そうとしているのも、口にはしないが周知の事実である。ただ、その証拠が何も無いと言うだけで。

 ディアークをグローセ・ベーアに殺させなかったのは、流石に大事な駒を失う訳にはいかなかったからだ。ディアークを殺さないからこそ、グローセ・ベーアと私の繋がりを感づかれることはなかったのだから。勿論今も、ベラの言い方ではその繋がりまでは知られることは無いだろう。

 

「……クローヴィス、どういうことだ」

「……この女の妄言にございます」

 

 それで誤魔化せる兄上ではないのは分かっているが、こうなっては最終手段をとる前に残りの五人が奇襲をかけてくるのを祈るしかない。

 案の定兄上は訝しげな視線を変えぬまま、私へ問いかける。

 

「ほう。では本物のエステリーゼは何処だ? 欠席の連絡など届いていないが」

「私が知っているはずがありません」

「一介の侍女が王女をどこかに隠せると? 転移魔法を使えるあの子を?」

「ハンナヴァルト侯爵の娘ということですから、奴の仕業やもしれませぬな」

 

 まさに一介の侍女の証言ひとつで、私とグローセ・ベーアを繋げることは出来まい。ハンナヴァルトは良き理解者ではあったが、捨てても惜しくはない。いつの日かアカルディを支配下に置く為なら分かってくれよう。

 

「それにグローセ・ベーアは代理人による依頼を受けないという話ではないですか。なんにせよこの女が依頼したというのなら、私は関係ありますまい」

 

 そのままシラを切ろうとした、その時。

 

「貴方がグローセ・ベーアを作った……言わばボスなのですから関係ないわけがないでしょう」

 

 嘲笑うようにそう言ったのは……ドロテーアだった。ドロテーアには、よく依頼をする言わば上客なのだ、という話しかしていない筈だが。

 

「それだけでなくアカルディの王女を誘拐し監禁するなど……流石に皇弟殿下といえど無罪放免とはいかないでしょうね」

「……何を言っているのだドロテーア」

「何を、と言われましても貴方がしたことではありませんか。証拠は既にあがっていますからいい加減諦めて下さい」

 

 既に証拠があがっている…ということは、どうやらベラは急に裏切ったわけではなく、前々からあちらと手を組んでいたようだ。解毒薬がなければ母親は助からないというのに、何故? さては王女の治癒魔法とやらに期待してか? 魔法で治せるかも分からない、王女が見張りをつけた母親の居場所に辿り着けるかも分からない、そもそもそんな話をして受け入れられるかも分からないのに?

 ドロテーアは言葉を失っている私から視線を外し、フィーアとゼクスに向き直った。

 

「貴方もですが、そちらの──フェアドとケルビーも、あとの五人は何処にいると思って?」

 

 何故、その名を。フェアドとケルビーとはフィーアとゼクスの本名だ。その名をベラが知っているはずがない。知っているのは私とこの二人と、残りの五人…。

 その意味を理解してゼクスが激昂する。

 

「っ仲間をどうした!」

 

 そう大声を出して立ち上がろうとした瞬間、小僧によって目で追えぬ速さで地面に叩きつけられた。

 

「僕は動いていいなどと、言った覚えはありませんが」

 

 視線だけで射殺せそうな目をして、小僧は再びゼクスを拘束した。いくら何でも格が違いすぎる。これでは七人全員でかかったところで、多少時間が伸びただけで結果は同じだったかもしれぬ。ここまで力の差があると分かっていたら、ドロテーアのパートナーになどさせなかったのに。

 ギリと奥歯を噛み締める。自分が殺される筈だったことを知ったからか? 単純で扱いやすい駒、という見方しかしていなかったドロテーアの冷めた目つきに何故という疑問ばかりが浮かぶ。

 

「大人しく皇弟殿下との繋がりを白状すれば、悪いようにはしません」

「────……分かった。すまない、ヌル」

 

 ドロテーアはフィーアとゼクスに対して温度のない声でそう告げれば、観念したように二人は項垂れた。仲間意識が芽生えてしまったのを前から懸念していたが、やはりこうなってしまえば自白するのも時間の問題だろう。何より私も人の子だ。こやつらには多少の情があるから殺して黙らせることも出来ぬ。

 

「連れて行け」

「はっ」

「さてクローヴィス、お前にも聞きたいことが沢山あるが」

 

 しくじった。慢心し過ぎたか? まぁいい。

 

「……ははは! 出来ることなら、アカルディの落ち度にしたかったが……仕方ない」

 

 私は別に皇帝になりたい訳では無いのだ。ただヴェルデを絶対的な存在にしたいだけ。その為にアカルディを侵略してしまいたいだけ。

 だから別に、開戦の理由はこの際なんでも良いのだ。

 

「あの王女を殺してしまおうか」

 

 アカルディの人間が、次期女王を殺され黙っているような腑抜けでないことを願ってそう言ったのに──その次期女王に入れ込んでいる筈の小僧すら、少しの動揺も見せない。

 

「……なんだ、やはりアカルディ人は薄情だな」

 

 皮肉たっぷりにそう言ってやるも、何故かドロテーアが私の前に立って睨みつけてくる。

 

「アカルディの王女を殺すなんて、無理ですもの」

「ふん、ベラを引き入れていい気になっているみたいだが、王女を捕らえているのはまた別の人間達だ。それともなんだ? 奴らまで寝返らせたと?」

「いいえ。その必要はありませんでしたから」

「……ドロテーア。お前さっきから何なんだ」

 

 王女に恨みを持っていたのはお前も同じではないか。そこの小僧を自分の物にしたいと言っていただろう。いつのまにお前までアカルディに寝返ったのだ。

 これ以上疑問を心にとどめておくことが出来ずにそう尋ねれば、ドロテーアはニコリと笑うとベラが外したフェイスベールを受け取って──。

 

「ま、まさか……!」

「ええ」

 

 やけに慣れた手つきでフェイスベールをつけ、私がよく見知った筈の顔を隠した。これでもかと言う程目を見開けば、光の粒子が天に昇るようにして魔法が解けた。

 

「私はここにいますからね」

 

 そこに立っていたのはドロテーアではなく、離れた場所に監禁している筈の王女だった。




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