18話
皆様御機嫌よう。私はヴェルデ帝国四大公爵家の一つ、ヴァンデルフェラー家のゾフィーと申します。今日はドロテーア皇女殿下の誕生祭で帝城に来ているのですが……何やらよからぬ噂を聞いてしまいました。
なんでも、私の最強推しカプであるエステリーゼ様とセオドア様が、ドロテーア皇女殿下によってその仲を引き裂かれているのだとか。先程ディアークにお会いした際伺ったら、心配するようなことはないと仰られましたが……。
「エステリーゼ・アレッサ・アカルディ王女殿下並びにロランド・オベルティ公爵令息のご入場です」
誰ですの!? いえ存じておりますけれども!
入場してきたエステリーゼ様のパートナーは当然セオドア様だと思っておりましたのに別の方で、私は持っていた扇がミシリと音を立てるくらい握りしめてしまいます。私、下町風に言うところのカプ固定過激派ですの! ……勿論おふたりの様子はどこかよそよそしく、急に決まった代理であろう事は遠目に見ても分かりますわ。
とはいえセオドア様もいらしていると伺っていますから、何故代理の方なのでしょう。彼に限って体調不良等は有り得ないと思われますから、つまり……嫌な予感がしますね。まさかセオドア様は……。
緊張と不安でドキドキしながら主役の登場を待ちます。そして音楽が変わり、ラッパが高らかに鳴り響き──いよいよその時がやって来ました。
「ドロテーア皇女殿下並びにセオドア・キエザ伯爵令息のご入場です!」
んもおおおおおお! 信じられませんわあの女! 何が心配するようなことはない、ですのディアーク!? 私寝とられは本当に地雷ですのよ! 扇は真っ二つに折れましたわ! 淑女教育の敗北ですわね!
それにセオドア様はきっと脅されて無理やりパートナーを務めているのだろうと思っていたのに、何故かエステリーゼ様だけに向ける筈の蕩けるような笑顔を浮かべています。いくらどなたにでもお優しいセオドア様とはいえ、寧ろドロテーア皇女殿下に苦手意識を持っておられたように見受けられましたのに……それは解釈違いですわ! 解釈違いですわーーー!!!
……ところでドロテーア皇女殿下が着ている、あの色鮮やかなボタニカルフラワーが印象的なドレスは、もしかしてクライスラーのドレスでしょうか。彼女が完成間近で気に入らずにキャンセルしたと聞いていましたが……。
一方セオドア様は黒地に金の飾りの正装を纏っています。エステリーゼ様のフェイスベールと揃いの色とも言えますが……ドロテーア皇女の髪や瞳の色とも言えますわね。ドロテーア皇女殿下と対になるような衣装ではなかっただけまだマシでしょうか。
それにしたってセオドア様はエステリーゼ様一筋だと思っていましたのに……ショックで数ヶ月は寝込みそうですわ……。
エステリーゼ様はと言うと身の置き所がなさそうにしておられます。それもそうでしょう。私もディアークと婚約していることを諸事情から公にしていないので、彼が他の女性のパートナーを務める姿を黙って見ていなければならない事があります。その時の苛立ちやモヤモヤといったら、筆舌に尽くしがたいほどですから。
皇帝陛下や皇女殿下のお言葉が終わり次第、彼女の元へご挨拶しに行こうと決めました。
「本日は私の為にお集まり下さってありがとうございます」
将来の義妹という事実を受け入れ難い問題児でも、さすがは皇族と言うべきでしょうか。たいして声を張っている訳でもないのに、広い会場にその凛とした声がよく響きます。私の誕生日を祝えるなんて光栄に思いなさい! くらい言うかと思いきや、案外無難な挨拶を終えたドロテーア皇女殿下が一歩下がると、今度は皇帝陛下のお言葉です。わがまま娘で申し訳ないけれどこれからもよろしく的な内容でしたが、親が責任を持ってなんとかして欲しいですわ。
「では、乾杯!」
陛下の掛け声と共にグラスを掲げると。
──パァン!
という銃声が突如会場を駆け抜けて。
──バン!バン!
それに爆音が続きました。
「……え?」
一瞬の静寂。その間にそれぞれが今の音が何かを理解して──今度はパニックで悲鳴があがり始めました。
「きゃああああ!!」
「ぐ、グローセ・ベーアだ……!」
「逃げろ!!!」
ヒンダーン石によってこの会場では四属性魔法は使えませんから、今のは魔法銃ではありません。そしてヴェルデでは魔法を使わない火薬式の銃の製造及び所持、他国からの持ち込みを固く禁止しています。勿論魔法を使用しない爆弾の類も同様です。
その銃や爆弾を違法所持していると言われているのが、グローセ・ベーアです。人目の多いパーティー中に暗殺なんてリスクの高いことを、一体いくらお金を積まれたのでしょうか。
逃げ惑う人達を横目にそもそも誰が狙われたのかと辺りを見回していると、なんとセオドア様がドロテーア皇女殿下を庇いながら怪しい人物と剣を交わしているではありませんか!
「危険ですからお下がりください、ゾフィー」
前のめりになってハラハラと見ていると、近衛騎士団所属であり従兄弟のジルベスターが私を後ろに下がらせるように立ちました。彼はディアークからの依頼で、つい先程私のパートナーを務めることになったのです。急な話で驚いたのですが、もしかしてディアークはグローセ・ベーアの襲撃を知っていたのかしら……? だから護衛としてジルベスターを……?
はっ!もしかしてドロテーア皇女殿下のパートナーをセオドア様が務めていらしたのも護衛のためでしょうか。つまり寝とられではないということですよね? それなら胸のつかえがとれるのですが。繰り返すようですが私寝とられは地雷ですの。
「私の事はいいですから、セオドア卿に加勢されたらどうなのです?」
「私程度のレベルでは、かえって足手まといになりますから。」
それは凄いことですわ。ジルベスターは弱冠25歳にして団長になるのも時間の問題とまで言われている程の実力者なのに、そんな彼が足手まといにしかならないなんて。
「足手まといは流石に謙遜ではなくて?」
「まさか。ヴェルデのトップでもアカルディでは雑兵ですよ。グローセ・ベーアが今まで無事だったのは、アカルディに喧嘩を売ったことがなかったからでしょう。彼らは生粋の戦闘民族ですからね」
こちらのトップがあちらでは雑兵とは嘆かわしいことです。……けれど確かにここ30年は大きな戦争もなく戦いとは縁遠いヴェルデの兵士とは違って、アカルディでは常に魔物の侵攻を阻止するため戦っていますからね。はるか昔に人類を滅ぼさんとする魔王は勇者と聖女が倒したとはいえ、魔物全てを完全に絶滅させることは難しいのだそうです。畑を荒らす害獣は何とかできても、害虫全てをどうにかするのは難しいのと似ていますね。
因みに先々代の皇帝が数十年前アカルディに戦を仕掛けたせいで、どさくさに紛れるように飛んできた一匹の竜はヴェルデの街をいくつも火の海にしました。その後結局はアカルディに泣きつき討伐して貰ったそうです。そんな過去があるからこそ今の皇帝陛下がアカルディと友好関係を築き、決して少なくは無い防衛費を支援しているのも頷ける話です。
思考が逸れましたわ。つまるところ。
「セオドア卿やオベルティ卿がいらっしゃるので、安心してよさそうですわね」
「ええ。とはいえ貴女に何かあれば私の首が飛ぶので、どうか私の後ろに」
「……仕方ありません」
私が見ていたところで戦況に変化を与えられる訳では無いので、大人しく彼の背に隠れます。勿論エステリーゼ様が応援なされば、セオドア様は愛の力で100倍強くなると思うのですが……今そばに居るのはドロテーア皇女殿下ですものね。
それでも特に危なげなくセオドア様はグローセ・ベーアの二人を行動不能にしてしまいました。……二人?
「少なくはありませんか……?」
「そうですね……どんなに簡単な依頼でも全員で行動すると聞いたことがあるのですが……」
グローセ・ベーアは七人。一人でも充分だろう依頼でさえ、七人全員でかかる慎重さだからこそ彼らは失敗しないし捕まらないのです。ましてや皇女殿下の誕生祭など、全員で来ないはずがありません。
つまりまだあと五人何処かに潜んでいるのでしょうか。その考えがジルベスターにも浮かんだのでしょう。私の手を取り壁際の方へと連れていきます。壁際には帯剣した騎士も居ますし、外に出てある程度離れれば魔法が使えますからね。
……逆に、外にいる可能性もありますが。
セオドア様がグローセ・ベーアの一人の喉元に刃を突き付け勝利を宣言したその時、殿方の怒声が響き渡りました。
「暗殺者共め、誰を狙って来た!」
その声の主は皇弟殿下でした。顔を真っ赤にして怒っていらっしゃいますが、この方はディアークを何度も殺そうとしているので、どうせこれも貴方の仕業なのではありませんか? と思ってしまいます。私がディアークとの婚約を表に出せないのも主にこの人のせいです。ハッキリ言って大嫌いです。が、勿論私よりもずっと地位の高い皇弟殿下にそんなことを言える筈も無く、すっと細めた視線を向けるに留めました。
「そこの皇女サマを殺しに来たんだ」
「誰の依頼だ。吐け! 吐けば少しは罪が軽くなるやもしれぬぞ」
まさかドロテーア皇女殿下が狙いだったとは……。悲しいかな、この国では命の価値は平等では無いのです。平民を殺すのと皇族を殺すのでは罪の重さが違います。それは暗殺者にとってもそうで、皇族を殺すとなるとかなりのお金がかかるはずです。
なぜ知っているかですって? 調べて貰った事があるんですのよ、グローセ・ベーアに頼んでディアークを殺すのにいくらかかるのか。……いえ、決して不穏な話ではなくてですね。それ以上のお金を渡しておけば、依頼を受けないでいて貰えるのではないかと思いまして。けれどまぁびっくりするくらい高かったんですの。とても私が払える額ではなかったのは勿論のこと、恐らく皇弟殿下でもそれだけの大金を使えば用途を疑われる程には高かったんですのよ。皇太子を殺すなど国を揺るがす事ですし、何よりそうなれば難航しているグローセ・ベーアの解体任務を、何としてでも成し遂げようとするでしょうからね。それこそアカルディに協力を頼んででも。
そういう訳ですから、流石に皇太子と第三皇女では報酬に差があるでしょうけれど、それでも依頼者が高位貴族であることは間違いなさそうだと推測しましたら。
「……顔にベールを付けた女だ。そこまで言えば分かるだろう」
「何!?」
エステリーゼ様だというのですか? 有り得ませんわ! 解釈違いも甚だしいです。けれどグローセ・ベーアは本人からしか依頼を受けないというのも存じております。果たしてどうやって本人と代理人を判別しているのかは知りませんが……。
グローセ・ベーアの発言のせいでエステリーゼ様に視線が集まります。まさか、とか何故とかいう呟きがあちらこちらからあがりながらも、皇弟殿下へ道を空けるようにエステリーゼ様との間の人達が避けていきます。
「それはあの女だな?」
「……ああ。間違いない」
「なんと! 帝国の大事な姫君を殺そうとしたのがアカルディの王女とは嘆かわしい!」
私はエステリーゼ様を信じています。推しカプでファンだからというのもありますが、気さくに見えて実は人間不信のディアークが信頼しているからです。
でも、芝居がかった口調の皇弟殿下は兎も角、捕らえられて悔しそうに唇を噛むグローセ・ベーアの男が嘘をついているようには見えません。一体どういうことなのでしょう……と思わずその男とエステリーゼ様を交互に見ていると。
「ええ、確かに私が依頼しました」
エステリーゼ様は姿勢を正し、なんと皇弟殿下の言葉に是と返しました。そんな……と私の口から思わずこぼれます。
「そなたはヴェルデがアカルディを支援している恩を仇で返すというのか!? なぜそんなことを!」
「それは……」
ざわめく人々が次の言葉を待つ中。エステリーゼ様がふいにフェイスベールに手をかけたかと思うと、それを取り払って──。
「貴方に頼まれたからです、皇弟殿下」
蛇足な説明
数では圧倒的にヴェルデに分があるのですが、経験値がものをいう世界(しかもその経験値が子にかなり継承される)なのでアカルディの方が個人の力は断然上、という感じです。
エステリーゼが昔ロランドのことをボコボコに殴った時の力は、あの条件で選ばれている王配譲りなのでとても強くて痛い。