表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/32

17話

3話くらいサブキャラ視点が続きます

 

 

 

 

 

 宝石でもドレスでも、欲しいものはなんだって手に入った。何故なら私はこのヴェルデの皇女だから。とある令嬢が大事にしていた形見のネックレスだって、とある令息が大事にしていた幼馴染みのメイドだって、一言欲しいと言うだけで全てが簡単に叶えられた。

 

 だからお兄様の誕生祭で、今まで出会った誰よりも美しい彼を初めて見た時も当然そう願ったの。

 

「ねぇお父様、私あの方が欲しいわ」

「あの方? ああ、セオドア・キエザか」

「セオドア様というのね。お名前も素敵 」

「……すまんが彼はダメだ」

「え?」

「彼はアカルディの次期女王の婚約者だからな」

 

 初めてだった。初めて私の願いが叶わなかった。手に入らないと言われれば余計にどうしても欲しくなって、未練がましくセオドア様を目で追った。

 綺麗なプラチナブロンドに透き通るようなターコイズブルーの瞳と、当時14歳だったそのまだ幼さの残る中性的なかんばせは、天使が迷い込んだと言われても簡単に信じられただろう。そんな彼が時折花が咲くように笑って隣の少女に話しかける様は、最早神聖ささえも感じられた。

 しかしその少女だが、お兄様と一緒にいるところを何度か見かけたことがある気がする。

 

「……あの子が婚約者ってこと?」

 

 圧倒的な美しさを誇るセオドア様の隣に立つには相応しくない、いつも黒いベールで顔を隠した珍妙な少女。有名な勇者と聖女の話でそう言えば聖女があんなの付けてたかも……とは思い出すが、それでも変な格好の女という印象は全く覆されない。

 似合わない。全然似合わない。それにアカルディってあの細長くて小さくて、魔物と戦ってばかりの野蛮な国でしょう?

 

 どうせ政略結婚なのだろうし、私が救って差し上げるわ。……万が一相思相愛なら、天使の笑顔を曇らせるのは不本意だからそっとしておくけれど、なんて。なぜだか私らしくないことを考えながらもそっと二人に近づいた。いきなりは話しかけず、少し離れたところから耳をそばだてる。

 

「熱気が凄いですね……エステル、暑くはありませんか?」

「そうですね……少しバルコニーに出て風に当たってきます」

「僕も一緒に、」

「一人で行けますから。セオドアは気にせず楽しんで下さい。」

 

 ……なんだあの女。天使のような彼に気を遣ってもらいながら邪険にして。護衛がどうとか食い下がるセオドア様を言いくるめて、その少女は一人外へと歩いて行った。その背を悲しそうな目で見つめる彼の横顔を見た時、私は必ずこの人を自分のものにすると決めたの。

 

 だって私ならあんな顔させないわ。天使のような彼には、当然笑顔の方が似合うのだから。

 

 

 

 


 

 なのに、何で今更……愛してるだなんて。イライラしながらも、叔父様に教えて貰ったグローセ・ベーアの拠点へ向かう。短期間で変わる上莫大なお金をかけなければ知ることの出来ない彼らの居場所を、叔父様はお得意様だからと常に最新の情報を貰えるらしい。今の時間なら、アンファングの3番通りにある古本屋の地下。

 

「ついて来ないで!」

「そういう訳には参りません!危険ですからどうか、」

 

 アカルディの第一王女を殺して──。そう依頼するつもりなんだから、護衛についてこられてはかなわない。なんとか撒くことが出来ないかと高いヒールの靴を履いてきたことを後悔しながら早足で歩く。

 

 と。

 

 ────パァンッッ……!!

「きゃあああああ!!」

 

 突然鳴り響いた銃声に、咄嗟に屈んだ私だけでなく周囲の人々も悲鳴を上げる。

 

 一体何が、起こっているの。

 

 顔のすぐ側を火属性の弾丸が通り抜けた感覚に、恐怖に囚われ指先や眼球すらも動かせなくなっていると。

 

「黒、黒……見つけた! セオドア! あそこの全身黒服の女性を捕縛して!」

「仰せのままに」

 

 突如目の前にフッと現れたベール女とセオドア。ベール女が指差す先には、活気溢れるアンファングには相応しくない、まるで喪服のような格好をした女がいた。

 

「どうして分かっ──」

「失礼。手荒な事はしたくないので、出来れば大人しくして頂けると、助かるのですが……」

「離してよ! 離せ! やっと皇女を殺せるところだったんだから!」

 

 セオドアがトンッと軽く地面を蹴ったかと思えば、軽々と人混みを飛び越えて──恐らく風魔法の応用だろう──その喪服女の所へ辿り着き、あっという間に押さえつけた。

 ほんのわずかな時間であまりにも色々なことが起こりすぎて、脳が追いつかない。今分かるのは、私はあの女に殺されかけたってことだけ。

 

「おいっ、ドロテーア! 大丈夫か!」

「お兄様……」

「お前、髪が……」

 

 駆け寄ってきたお兄様の指摘に、嫌な予感がして弾丸が掠めた方に手をやると。──右側の髪が首の辺りで焼け切れ、縮れている。

 

「あ……ああ……私の髪……っ!!」

 

 ヴェルデにおいて、髪の長さは地位の高さを表す。豊かでなければこんなに美しく艶やかに保てはしない為、平民は大体伸ばしても肩までであり、貴族でさえ皇族よりも長く伸ばすことはタブーとされている。

 貴族や皇族が髪を切るのは、罪を犯した時に、罰として。従って短髪は即ち罪人の証なのである。

 

「許さない……あの女!」

 

 怒りのままに周りの制止も聞かす、喪服女の方へ早足で向かえば。

 

「……どきなさいよ」

「いいえ」

 

 喪服女の前に転移してきて立ち塞がるベール女。いつもいつも邪魔しかしないその王女をキッと睨みつけてやるも、そのベールのせいでどんな表情をしているかは全く分からない。

 

「その女は不敬にも私の髪を燃やしたのよ!? 罰さないと気が済まないわ!」

 

 こんな髪では出歩くことさえ出来ないじゃないの。そう怒鳴る私にベール女は何かを言おうと口を開きかけたが──。

 

「髪がなんだっていうの! あんたのせいで兄さんは死んだのに!!」

「……は? あんたの兄なんか知らないわよ」

 

 今度は喪服女が訳の分からないことを喚き出した。そもそも口の利き方のなっていない見るからに平民のこの女の家族のことを、皇女であるこの私が知るはずが無い……と思ったのだけれど。

 

「ベルトラム・クライスラーと言えば、分かるでしょう」

「……ああ、あのドレスの」

 

 その名には聞き覚えがあった。今日ドレスを買いに立ち寄ろうとしたショップの、店主でありデザイナーのベルトラム・クライスラー。公爵家に嫁いで公爵夫人になった1番上のお姉様が、夜会で彼のドレスを着てから一躍流行して大人気になったのよね。クライスラーのドレスを持っていないのは遅れてるって言われる程。けれど確か……侍女が先月経営破綻で閉店したって言ってたかしら。

 喪服女──つまりはベルトラム・クライスラーの妹が陰険な目つきで私を睨んで来た。

 

「そうよ。あんたが誕生祭に着るって、無駄に豪勢なドレスを3着も作らせたくせに、完成間近でやっぱりいらないって1マルクも払わなかったじゃない! そのせいで皇女に認められなかったんだって言われて他の注文もどんどんキャンセルされて……今まで稼いだお金全部使っても人件費と材料費を払うことは出来なくて……経営破綻して……」

「そういえば、そんなこともあったわね」

 

 注文したのは叔父様にセオドアを手に入れる提案をしてもらう前で、セオドアと揃いの衣装にしたくなったんだもの。クライスラーはメンズは作らないって言うし、注文していたものはセオドアの隣に立つのに相応しいデザインではなかった。

 

「仕方ないじゃない。要らないものに払うお金はないわ。だって税金の無駄遣いでしょう?」

「な……っ、そのせいで兄さんは自殺したのに……良くもそんなことが言えるわね!!」

「そんなの知らないわよ。材料費くらい事前に請求してなかったのが悪いんじゃない。それより貴女さっきから口の利き方がなっていないわ。誰に向かって話しているかわかっているの?」

「っ絶対に殺してやる! 離して! 離しなさいよ!」

 

 今にも飛びかかってきそうな勢いでクライスラーの妹──良く考えれば妹もクライスラーね──が喚いているが、セオドアがおさえているだけあってビクともしない。セオドアはというと困ったような表情でベール女の指示を待っていた。

 

「邪魔をしてしまって、本当にごめんなさいね」

「貴女は……聖女様……?」

 

 ベール女が振り返ってクライスラーの前に屈む。それまでギャーギャー喚いていたのが嘘のように静かになったので、耳が不快になっていた私は一旦口を挟まず見守ることにした。

 

「何ですか……説教たれに来たんですか? いくら聖女様のお言葉でも……」

「……綺麗事をいうつもりはありません。けれど第三皇女殿下は水魔法の優れた使い手であり護衛も大勢いますから、復讐を遂げることは難しいでしょう。復讐も叶わず反逆罪で処刑されたら、お兄様が悲しむのは分かりますよね」

 

 それはそうだ。さっきは私が護衛を撒こうとしていて距離があったから一発目を許したけれど、本来ならかすり傷1つ付けることは出来ない。復讐しようと思うだけ無駄ね。

 

「そんなの……分かってます。でも、じゃあこの憎しみはどうしたら……っ!」

「お兄様が喜ぶ方法で復讐したほうが、余程建設的ですよ」

「喜ぶ方法……?」

 

 な、何言ってるのよ。聖女の末裔の癖に、それも私の目の前で復讐を推奨するなんておぞましい女!思わず眉を顰めてしまう。セオドアったら本当にこの女で良いわけ?聖女の固有魔法とやらで洗脳でもされてるのかしら?

 

「ええ。お二人にとって……失ったら死を選んでしまうくらい大事なお店だったのでしょう? でしたら貴女一人でも、またクライスラーのドレスを持っている数がステータスだと言われるくらいの人気店に建て直して、その時に皇女殿下にだけは売らないんです。」

「はぁ? 私に恥をかかせるつもりなの!? そんな事絶対に許すわけないでしょ!」

 

 どうするつもりか知っておけば事前に防げると思って黙って聞いていたけれど、余りにも不敬だから思わず口を挟んでしまった。ベール女は一度私を見上げるように振り返ってから、私の怒りなんてまるで気にしてないかのように平然と言う。

 

「……ね? こういう方にとって名誉やプライドって命と同じくらい大事なんですよ。勿論殺すよりはぬるい復讐になってしまいますが……お店が戻る方が、お兄様もお喜びになると思いませんか?」

 

 恐ろしい話だが、クライスラーはその言葉になんと納得がいったらしい。そうですね……と小さくこぼして目を伏せた。

 

「ですが……そんなお金、ありません」

「それは私に任せて下さい。ねえ、ディアーク」

「ん? なんだ?」

 

 後方で見守っていたらしいお兄様が、突然呼ばれて首を傾げる。

 

「ドレスが欲しいんだけど……迷惑料ってことで、三着くらい買ってくれない?」

「はは、いいぜ。そこまで色は付けらんねえけど、まぁまた出店くらいは出来るだろ」

「という訳だから、売って貰えないかしら。……ね、とってあるんでしょう、例のドレス」

「どうしてそれを……」

 

 まさか私がクライスラーに注文したドレスを買わせるつもり? あれは美しく華やかな私にこそ似合うものであって、珍妙で貧相なベール女に似合う筈がないんだけれど。宝の持ち腐れよ。そもそも経営破綻する程お金が無いなら売りなさいよねって思ったけれど、私以外に似合わないから売れないのね。それは仕方ないわ。私用に作らせたドレスを、私以外が着こなせるはずが無いもの。

 

「ですが、あのドレスは清麗な聖女様のイメージとは合いません……。それに細かな宝石以外は外して売ってしまいました」

「それは心配しないでください。用途はもう決まっているので」

 

 何を企んでるのかしら。まさか本当に私を殺す気? ……殺すといえば。

 

「……未遂とはいえ反逆罪を犯したことには変わりません……」

「そうよ。その女は私のことを殺そうとしたのよ!? 簡単に許したら皇室の権威を揺るがすわ」

 

 皇女であるこの私に楯突くなんて……一度許せば次が出る。だから徹底的に罰さなければならない。未遂だから即死刑は無理かもしれないけれど、この女は終身刑にして一生を牢の中で終えるべきだわ。何があっても許さない。何があっても──。

 

「そのことなんですけれど……条件二つをのんで下さるなら私がその髪、元に戻して差し上げますよ。髪にも治癒魔法が使えますから」

「……え?」

 

 そう言われて思わず首元に手をやる。そうだ、頭から抜けていたけれど……私の髪、短くされてしまったんだ。やっぱりクライスラーを許すべきではない。……が、反逆罪を見逃すことにより揺るがされる権威と私の髪が示す権威を天秤にかけた結果、とにかく今は元の長い黒髪を取り戻したいと思った。

 

 ベール女のいうことをきくなんて癪だけど……背に腹はかえられないわ。こんな髪では常に手錠を付けて歩くようなものなのだから。

 

「────とりあえず聞こうじゃないの、その条件とやらを」

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ