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15話


 

 

 

 

 ブリッツェン通りのレストランで昼食をとり、次にやってきたのは活気溢れるアンファング。大聖堂や植物園等観光地が多く、流石は大帝国ヴェルデ、アカルディでは考えられない程の沢山の人で賑わっている。そして自意識過剰でも何でもなく、すれ違う人すれ違う人皆が二度見しては驚きの声をあげており、居た堪れない気持ちになった。

 

 というのも、後にアカルディを建国した聖女と勇者が魔王を倒し平和を取り戻した話は、絵本や劇など様々な形で大陸中に語り継がれており、誰もが知っていると言っても過言ではない。その聖女であり初代女王アレッサ・アカルディがフェイスベールを付けた姿で描かれている事もあって、自分で言うのもなんだがアカルディの王女という立場は物凄く知名度が高いのだ。

 

 時折子どもが私を指さし「聖女様だ!」と声を上げる。違うんです。聖女なのはアレッサ・アカルディだけで、私はただの末裔なんです。……と一々否定していく訳にも、子どもの夢を砕くわけにも行かず、曖昧なほほ笑みを浮かべて手を振った。

 

 こんな調子だから、私の目撃証言というのはとても作りやすいだろう。見ていれば確実に「そんな人見たっけ」とはならないから。それ故単純に人目があればあるほど信憑性が増す為、この辺りでグローセ・ベーアとの接触が予定されてる可能性が高い。早く、ベラを味方につけなければ。

 

 そう、心の中で私が気合いを入れた時だった。皇女が当然のようにセオドアの腕をひいて高らかに笑う。

 

「うふふふ! さぁセオドア、私とエーヴィヒの鐘を鳴らしに行きましょう!」

「ドロテーア、お前な……」

 

 エーヴィヒの鐘。聞いたことある気がするが、何だったか。呆れたように皇女を見るディアークの方をちらりと見る。

 

「植物園の中にあるちょっとしたスポットだ。なんでも恋人同士で訪れて鐘を鳴らせば一生添い遂げられる……とかいうジンクスがあるらしい」

『まぁ、眉唾物どころか、観光客を集めたいだけのでっちあげだろうが……皇太子の俺が表立って作り話だと言う訳にもいかねえ』

 

 恋人同士。一生添い遂げられる。……へぇ。

 聞き覚えは恐らくそういうジンクスや占いが好きな侍女達だろうな、とその話から推測する自分の心さえ他人事のように思える。それを聞いたセオドアが露骨に眉を顰めた──けれど、諦めたようにため息をついて私達の方を向く。

 

「2人はどうされますか?」

「どうする? エステリーゼ」

 

 どうするって……それは少なくとも皇女と別行動して、ベラを説得して味方につけてついでにベラの母親も救出しに行って、その後のことをディアークと話し合って……やる事がいっぱいあって……セオドアはそれでもいいんだとか……こんな些細な、子どものおまじない程度の事でモヤモヤしている暇はなくて……。

 そもそもセオドアは皇女と一緒に鐘を鳴らすつもりなの?

 

「私、は……」

 

 今までいっぱい我慢してきたじゃないか。セオドアが皇女のパートナーを務める事だって受け入れたのに、今更なんでこんな事が引っかかるのか。

 

「わた、」

 

 人前で泣いてはいけない。だって私は次期女王だから。誰かの死を弔う時ならまだしも、こんな私情で泣くなんてプライドが許さない。ましてや周りに私をアカルディの王女と認識する人の多い中なんて以ての外だ。

 だからってディアークにずっとついていて貰ってる意味を考えれば、今どこかに転移して逃げる事も出来なくて。

 

 どうしよう、どうしたら。どうしていつも私はろくな考えが浮かばないの。泣くほど嫌なら、最初からちゃんとセオドアに打ち明けて、こんな手段とらなければ良かったのよ。本当に馬鹿で愚劣で、どうしようもなくて、こんな自分が嫌になる──。

 

「エステル」

 

 目尻を離れた雫が頬を伝っていく感覚がした瞬間、優しい声が私の名を紡ぎ、かと思えば突然抱き上げられた。

 

「っきゃ!」

「しっかりつかまってください」

「え? え?」

 

 涙が出てしまうくらい落ち込んでいたことも一瞬で忘れ、慌てて彼の首に腕を回すと、皇女が抗議するように近寄ってきて。

 

「ちょ、ちょっとセオドア! 何をしているのよ!」

「エステル。どうか、どこか二人きりになれるところへ連れて行って下さい」

 

 しかしセオドアは全く意に介さず、そう言ってふわりと私に微笑みかける。皇女が喚き、ディアークに命じられた護衛に捕まっているのなんてまるで興味が無いというかのように、彼は真っ直ぐに私だけを見ていた。

 

「で、でも、今は、」

 

 二人きりなんて。やらなきゃいけないことが沢山あるし時間が無い。だからそんな選択をエステリーゼ・アレッサ・アカルディが選ぶべきではない。エステルの望みは、優先順位が低いのだから。

 そんな私の心の内など、セオドアにはきっとお見通しだったのだろう。

 

「……エステリーゼ王女殿下。どうか一国民の小さな望みを叶えて頂けませんか?」

「……っ」

 

 その言い方は、狡いよ。

 

 再び瞬きと共に流れていった雫が彼の服に滲んだ時には、私達は郊外にある丘の上に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 夜景が美しい事で知られるこの丘は、昼過ぎの今思った通り他に人は誰も居ないようだった。

 私はと言うと、ついにセオドアの前で泣いてしまったという羞恥心や情けなさでいっぱいで、彼の顔を見ることが出来ずその胸元に顔を埋めたままでいる。

 

「……勝手な真似をして、すみません」

「いえ、私こそ……みっともない姿を見せてしまいました」

「みっともないなどとは全く思いませんが……涙を見せる相手は僕だけにして欲しいですね」

 

 近くのベンチへとゆっくり降ろしてくれたセオドアは私の前へ跪くと、縋るような眼をして問いかけてきた。

 

「エステル。僕では、頼りになりませんか」

 

 そんなわけが無いとすぐに首を横に振る。セオドアほど頼もしい人はいない。だからこそヒンダーン石が無効化する四属性魔法が使えない状況でも、一人でグローセ・ベーアから皇女を守りきれると判断したのだから。

 けれどこうなってはもう今更隠したところで……。私は覚悟を決めて話し出す。

 

「セオドアは、第三皇女からなんと言われていますか?」

「エステルを自分の殺人未遂の犯人にされたくなければ、言うことを聞けと……」

「他になにか酷いことをされたり、言われたりはしていませんか?」

「……キスをしろと強要されましたが、あの、本当に誓ってしてないです。……いえ、正確には諦めてしそうにはなっていたのですが、その前にエステルが来てくれたので」

 

 コルはあくまでもその時の心の内を晒すもので、昔の事や今は頭にないことまで知れる訳では無い。だから知りたいことを知るためには、会話で思考を誘導する必要がある。

 今回皇女に対してそのようなことをできるタイミングがなかった為、もしかしたら私の与り知らぬところでセオドアが酷い目にあっていたり、酷いことを言われていたらと心配していたが……キス未遂くらいなら、未遂だから一旦いいとする。本当はよくないけれど。

 

「私に罪を着せる計画を彼女に持ちかけたのは皇弟なのですが、皇弟は本当に皇女を殺すつもりなんです。勿論、アカルディとの開戦のために」

『……前も同じようなことが……懲りないな、あの皇弟』

 

 何故か私に関わらない件では至って普通のセオドアのコルが納得したように頷く。ここ数日私や皇女の事で色々ありすぎて、久しぶりにまともな彼のコルの声をきいた気がした。

 

「……ベラという侍女がいたでしょう?」

「ああ、あの」

「彼女が明日の誕生祭では私に成りすますそうです」

「……では、その間エステルは?」

 

 彼に今回の話を伝えなかった大きな理由を話し始めると、すぐに察したようだ。

 

「さぁ……どうするつもりなんでしょうか。分かりませんが、あまり穏やかでないのは想像に難くないですね」

 

 私の転移は触れさえ出来れば何人でも連れて行けるし、意識的にこの人だけ、と選ぶことも出来る。どこかに磔にされて縄でぐるぐる巻にされても問題ない。

 だから考えられるとしたら……聖女の力はヒンダーン石でも無効化されない事を知らないか、脅しか人質か。

 

「皇女が殺されることが一番困るから私のことは自分で何とかするので、セオドアは予定通り彼女のパートナーを務めてその身を護ってくださいね。……と頼んで、貴方が受け入れてくれると思えませんでした」

 

 責めているつもりはなかったが、うぐっとセオドアが唸った。

 

「反論の余地もないです。貴女をこんな風に泣かせるくらいなら、なんだって我慢出来たと言おうと思っていたんですが……」

 

 それまで真っ直ぐに私を見上げていた彼が、流石に気まずげに視線をさ迷わせる。なんだかその様子がおかしくてくすりと笑った。

 

「だから、頼りにならないとかそういうことではないんです。貴方は第一王女である私を守ることが最優先だと言いつけられているでしょう」

 

 今では彼の気持ちを信じてはいるが、例えセオドアが私を好きじゃなくてもそれは次期王配である彼の役目だ。私がいくら頼もうと、両親である女王陛下や王配殿下からの命を覆すことは出来ない。だからこそ、せめて知らないままでいて欲しかった。そうすれば隠していた私の咎になるから。

 

 しかしセオドアは私のその言葉を聞くと、なんだか不服そうな顔をして。ゆっくり首を横に振ったかと思えば立ち上がって隣に腰掛け、こつりと額を合わせてきた。

 

「僕が守りたいと思って、尊み敬い、愛し、人生の全てを捧げたいと思うのは……貴女が王女だからではなく、エステルだからですよ」

 

 至近距離で私を射抜くパライバトルマリンの瞳が、その言葉に嘘偽りないことを物語っている。それでもそれが本当ならどうしてこんな私なんかを、という思いが拭えない。

 

「……でも、貴方が婚約者になったのは、私が第一王女だからではありませんか」

「それは順番が違います。僕がエステルの婚約者になりたいから、ここまで強くなったんですよ」

「え?」

 

 そんなはずはない。婚約を結んだあの日初めて会ったはずだから。それより前に会った事があっただろうかと記憶を辿るも、一度会えばこんな世界中を虜にする美形を忘れるはずがないと考え直す。

 しかしそれについてセオドアが追加情報をくれる気はないらしい。

 

「兎に角、私はセオドアにそんなに思って貰えるような人間じゃありません……」

 

 何の話をしていたんだったか。こんな卑屈なことを言うつもりじゃなかったのに。

 するとセオドアは少し身体を離すと何やら小さな箱を取り出して、開けた。

 

「エステル、これを」

「これは……」

 

 左手を取られそっと中指にはめられたのは、最初行ったジュエリーショップでいいなと思って見ていた花冠の指輪だった。確かに平均的な手指のサイズをしてると思うが、まさか一点物の指輪がこの指にピッタリだとは……そして彼の右手の中指には恐らくペアのデザインになっているのだろう、月桂樹の冠を模した指輪がはまっていて。

 

「この指輪、見てましたよね。目に止まったのが僕の思ってる理由だと嬉しいのですが」

「……そうですよ。初めて会った日のことを思い出していました」

 

 素直に答えると良かった、とセオドアが微笑む。完璧人間かと思ったセオドアが頑張って作ってくれた、お世辞にも上手とは言いがたかった花冠。私の大事な宝物。

 

「あの日エステルは、僕の作った下手くそな花冠を心から喜んでくれて、僕の努力を認めてくれました。覚えていないでしょうけれど貴女に助けられたこともあります。良き女王になる為にひたむきに努力するところも、僕のことを突き放したい癖に拒絶しきれない優しいところも、……他にも語り尽くせないくらい好きなところが沢山あって」

 

 助けたこと、あっただろうか。助けられたことは何十回とあるけれど逆は記憶にない。しかしそう語る彼の声はどこまでも優しくて、私を見つめる眼差しは力強くて、触れ合う手は温かかった。それら全てに嘘の色などあるはずも無く。

 

「それなのにエステルが好きになるに値しないというのなら、きっと世界中を探しても一生好きになれる人など現れません」

 

 惚れた欲目を抜きにしても、セオドアは世界一良い男だと思う。だから世界一どころかアカルディ一ですらない私以上の相手なんてこの世に溢れるほどいるだろう。けれど、セオドアは真剣にそう言っていて、私はそれが……嬉しくて。

 

「……僕の心は、永遠にエステルだけのものです」

 

 その言葉に、ジワジワと視界が滲んでいく。

 

 この大陸では一般的に左手の中指の指輪を贈るのは『貴方に心を捧げる』『貴方の人生の中心に自分という存在を置いて欲しい』という意味だ。その場合自分の右手の中指にも『自分の心は既に捧げてある』という意味で指輪を付ける。

 基本的には結婚式の時に贈り合って両手の中指に付けることになるものなのだが……。

 

「本当はちゃんとオーダーメイドで作った指輪をと思っていたのですが、今すぐ贈りたくなってしまって」

「……私、まだ用意していません」

「構いません。元よりそのつもりでした。どうすればエステルにこの気持ちを信じて貰えるか考えていて……」

 

 先に贈るということは、すなわち『見返りを求めない愛』という意味をも持つ。彼の気持ちは一昨日の事で既に信じられていた。それに加えてこんなの……もう疑いようもない。

 

「……ありがとう、嬉しい。大事にする。一生宝物にする」

 

 陽の光を受けてキラキラと輝く指輪に右手で触れ、祈るように手を握る。さっきとは違う意味での涙がポロポロと溢れていって止められない。

 

 こんなにも好きなのに、こんなにも好きでいてくれてるのに、婚約解消しようとしていたなんて信じられない。結婚するなら彼がいい。彼の相手は、私がいい。

 

「エステル……」

 

 そっと抱きしめられて、私は縋るように腕を彼の背中に回す。相変わらず彼のコルはぶつくさ文句を言っていたが、セオドアの言葉とぬくもりを信じた。

 






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