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14話

 

 

 

 

 

 

 特に行きたい所が浮かばず、ベラの勧めで新進気鋭で若い令嬢達に人気だというジュエリーショップに入った。何処に行きたいか問われたセオドアが「エステルが行く所」と言い切ったので、皇女もイライラしながら付いてきている。なおベラのコル曰く、グローセ・ベーアとの接触の予定はブリッツェン通りではないらしい。

 

 重厚な雰囲気の高級店が建ち並ぶこの通りではあまり見ない暖かみのある内装で、一見ジュエリーショップというよりは雑貨屋のようにも思える。が、並べられている宝飾品はデザイン質共にどれも見事なまでの品々だった。

 

「どれも凄く素敵ですね。人気だというのも納得できます」

「お気に召したなら良かったです」

 

 特に目を引いたのは花冠のようなデザインの指輪。繊細で華やかで、花の中心に使われている宝石も小さいのにキラキラと力強く輝いている。一点物のようで、ビックリするような値段がつけてあった。

 

「なんだ、欲しいものがあるなら買ってやろうか?迷惑料ってことで」

 

 立ち止まってじっくり見つめていたからか、後ろから覗き込んできたディアークにそう声をかけられた。

 

「……って指輪か。流石に人の婚約者に贈るもんじゃねえな。こっちのイヤーカフなんかどうだ? お前、多分目の色こんなだろ」

『ライモンドより薄くてアンジェリカより黄色いっつってたもんな。』

「ペリドット? ……確かに近いかも」

 

 彼が指し示したのはこの店にしてはかなりシンプルなイヤーカフだった。それこそ私が今着てるワンピースと同じ文様を丁寧に形作った白銀の金属部分に、小ぶりな宝石が揺れるように付けられている。ペリドットだけでなく、同じデザインでルビーやらダイヤモンド、サファイヤにトパーズ等いくつも種類があった。

 

「いいわねこれ、派手じゃないし……でも自分で買うわよ。貴方は私じゃなくて──あとは言わなくても分かるわよね?」

「はいはい、ちゃんと選びますよ」

 

 流石に人目の多く狭い店内で彼と少し離れても難癖は付けられないだろうと、愛しのご令嬢に買ってあげるよう言外に匂わせれば、手をヒラヒラと振りながら物色に行った。ヴェルデの皇族にしか現れないという金の瞳を持つ彼らは正体もバレバレで、商魂逞しい店員がディアークを追いかけていくのが見えた。

 これまたフェイスベールのせいで正体がバレバレな私はというと、聖女の末裔としてよその国ではよく言えば神聖視……有り体に言えば珍獣扱いをされることが多く、遠巻きに見られている。

 

 チラリとセオドアの姿を探せば、皇女が試着を繰り返す様を無の表情で見ている。可哀想に思いつつもそんな彼の瞳の色が、やはりパライバトルマリンに似ていて──。

 

「……すみません」

 

 気づけば店員に声をかけていた。



 

 

 

 

 ディアークは無事彼女の好みに合いそうなネックレスを見つけたらしい。彼のコルが満足そうにそのネックレスをぶん回しているが、心の内とはいえ大事にして欲しいものだ。

 まだ皇女の買い物が終わらず、セオドアは出てきていない。話すなら、今か。

 

「ごめんなさい、ベラ。少し彼と話があるのであちらで待っていて貰ってもいいですか?」

「……畏まりました」

『話……? なんだろう。まさか何か気づかれた?』

 

 何かどころかほぼ全てである。焦るコルの姿とは違いにこやかに了解して頭を下げたベラが道の向かい側に立つ。それを見届けてから扇を開いて口を隠した。

 

「未来が少し変わったからかしら、新しい予知が見えたんだけど」

「おい、便利だな本当に。アカルディが小国なの逆に奇跡だろ」

『こんな奴に喧嘩売るなんて叔父上も馬鹿だよ』

「国を広げるつもりは無いから安心して」

 

 感心を通り越してやや引いているようなディアーク。正直、我ながら中々な魔法を持っていると思う。中でも転移はやろうと思えば何処へでも忍び込み放題だし、とある他の魔法も相まって、自分が暗殺稼業の人間でなくて良かったなぁなどと考えるほどだ。

 まぁ、私はアカルディを守りたいだけの一王女なので、この力を悪用するつもりは無いが。

 

「ベラが夜遅くに私の姿に変装をしてグローセ・ベーアと接触していたわ。場所はハッキリと分からなかったけれど……」

「どうにかして城から出るなりするのを阻止しなきゃならねーのか」

「そうね、もしくは味方にするか」

「それは難しいと思うけどな。叔父上が簡単に裏切るようなやつを使うとは考えられない」

 

 苦い顔をする彼に私もため息をつく。今まで何度も暗殺者を仕向けられてきたディアークには、それが体験として身に染みているのだろう。この間アカルディで捕えた皇弟の駒も、終ぞ皇弟の関わりを示す証言を吐かなかったという。

 

「ええ、そうね。でも彼女の場合それは忠誠心とかではないと思うの。なんていうかその……恐れが見えたから」

「セオドア卿を除けばそういうの外さないもんな、お前。だからこそなんでセオドア卿の好意だけ頑なに信じないのか理解出来なかったが……さてはなんか変な予知でも見てたのか?」

 

 心の内を知る魔法を予知として伝えていることを鑑みれば、それはもうほぼ正解だ。

 

「……まぁそんなところね」

『成程。長年の疑問だったが、魔法が根拠ならそれも頷ける』

 

 遂に納得がいったらしい。彼のコルがスッキリした顔をしてウンウンと頷いている。……話が逸れてしまったので軌道修正しようと口を開いた。

 

「多分何か弱みを握られているのだと思うの。だからそれを取り除いてあげれば……」

「間に合うか? 事故を装ってあの女を行動不能にした方が早い」

『出来れば穏便にすませたいがな……エステリーゼが関わってくるなら手段を選んでる場合じゃない』

 

 口では物騒な事を言っているが、それが私への気遣いによるものだと知り、大丈夫だと落ち着かせるように彼の肩をポンポンと叩く。

 

「間に合わせるわ。他の人を用意されても面倒でしょ? その後は──」

「エステル」

 

 ふいにセオドアの声がしたかと思えば腕をひかれて一瞬よろめく。けれどすぐに彼の腕の中に抱きとめられて、私は恐る恐る顔を上げた。

 

「僕が言えた話では無いのは分かっています。……でも、あまり他の男に近づきすぎないで」

 

 セオドアはどこか怪我でもしたのかと言いたくなるくらい苦しそうな顔をしていて、私はグッと押し黙る。嫉妬しているってことは……どうやら私のことを見限ったりはしていないらしい。

 確かに他人に聞かれたくない話だったので、かなり顔を寄せていた自覚はある。こんなことなら昔ディアークに「俺達だけの言語を作ろうぜ」と言われた時、面倒くさがらず作っておけばよかった。

 

「……本当に、貴方が言えた話ではありませんね」

 

 出来ることなら言う通りにして、安心させてあげたい気持ちがあるものの今は諸事情が多すぎる。ベラをなんとか懐柔し作戦変更できれば……。

 すると彼は一度ギュッと抱きしめる腕を強くしたかと思うと、ゆっくり私を離した。

 

「今は、こう思っていることを知って貰えただけで、我慢します」

 

 こんなに酷いことばかり言っているのに、どうしてそこまで想ってくれるのだろうか。私はセオドアにこんなに好いて貰えるような、優れた人間ではないのに。

 

「セオドア……」

「ちょっとセオドア、何してるの! 次はドレスを見に行くわよ」

 

 少し遅れて店から出てきた皇女に捕まり、セオドアは引っ張られていく。伸ばしたくなる手をグッと握り、引き止める言葉が漏れそうな唇を閉じた。

 

『あの女は叔父様の侍女だったわね』

「ベラといったかしら。貴女クライスラーの店の場所は知っていて?」

 

 一応は自分が案内する、と宣言していたはずの皇女は全くと言っていいほどどこに何があるか分かっていないらしい。偉そうに腕を組んでそう問いかけている。

 

「恐れながら、クライスラーの店でしたら先月閉店いたしました。なんでも経営破綻したとか……」

「あらそうなの? 残念ね。じゃあラフィニールトは?」

「そちらでしたらご案内致します。……お2人は如何なされますか?」

 

 ベラは私達と離れたくないのだろう。そう尋ねてきたが、セオドアとの邪魔をされたくないらしい皇女はベラを睨みつけた。

 

『ちょっと! この女私の味方じゃないわけ? 余計なことしないでよ!』

『警戒されてるのか王女に全然近づけない。なんとかしなきゃ……』

 

 どうする? と問いかけるような視線を送ってきたディアークに委ねられ、確かドレスブランドの名だったと記憶するラフィニールトに興味はないものの、私はベラを味方につけるべくついて行くことにした。

 

「ご一緒しようかしら。いい?」

「そうだな」

 

 次の目的地までそう離れていないということで、馬車は使わずに歩いていく。私はそれとなくベラに近づき話しかけた。

 

「城下が出身だと言っていたけれど、どの辺りなの?」

「私は……とある貴族のタウンハウスの住込みメイドをしていた母と、そこの主人のお手つきで産まれた私生児なのです」

「お前の父親……確かハンナヴァルト侯爵だったか?」

「よく、ご存知で……」

『ハンナヴァルト侯爵は確か皇弟派だったな』

 

 皇弟程の人物が私生児を侍女にとは……と思ったが、利用する為にはちゃんとした身分のある令嬢では無い方が良かったのかもしれない。

 

「政略結婚であった為ハンナヴァルト夫妻の間に愛はなく、産まれた私が後継問題を起こすことの無い女であったことから奥様のお許しもあり、そのままタウンハウスに住まわせて頂くことになったのです」

「そうなのね。お母様は今も侯爵家で働いているの?」

 

 人質にとられているという彼女の母親。自然な話の流れで尋ねることが出来た。

 

「……いえ、一ヶ月前に身体を壊し今は田舎で療養しております」

『皇弟殿下に毒を盛られ、解毒剤が欲しければ言うことを聞けと人質にされてしまった。逃げないよう御丁寧に見張りまでつけて。……なんで母がと思っていたけれど、私が少し王女に似ていたからだったのね』

 

 ……あくまでも悪いのは屑の皇弟で私のせいではないんだけど。自分を責めるように項垂れるベラのコルを見ていると、なんだか罪悪感が押し寄せてくる。

 

 しかし一ヶ月前か。私の治癒魔法の難易度は対象の状態になった期間に依存する。例えば一分前に両腕を切り落とされた人と、一週間前のかすり傷では前者の方が必要魔力は少ない。それは私の治癒魔法が、治す(・・)ではなく戻す(・・)魔法だからだ。

 小さな頃は子ども二人の、しかも出来たばかりの怪我を治しただけで魔力切れを起こしたことがある。けれどその頃より魔法自体も魔力量も成長した今なら、おそらく何とかなるだろう。

 

「心配ね。すぐに会いに行ける距離なのかしら?」

「お気遣いありがとうございます。馬車で一日あれば会いに行けますので、休暇の時には」

 

 馬車で一日の距離なら二人連れて往復転移もできるだろう。あとの問題は助けた母親を匿う場所だが……そこはディアークに任せよう。

 このブリッツェン通りの散策が終わり次の目的地に移った時に、皇女をセオドアに任せて行くか。主にベラの説得が上手く行けば、怪しまれる事無くすぐに戻ってこれる筈だ。

 

「皆様、ラフィニールトに到着致しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

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