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13話

 

 

 

 

 

「おやすみなさい、エステル」

 

 朝からセオドアは皇女に捕まり、私はアリバイ作りの為ずっとディアークと行動を共にしていたからろくな会話もなかった今日。そう言ってベッドに潜り込んだセオドアの顔はなんだか少しスッキリとしていた。

 

 ……もしかして、見限られてしまったのだろうか。そう思うと少し泣きたくなるが、この状況を作ったのは自分で、つまりは自業自得な訳で。

 

 他にもっといいやり方が思いつかない、愚劣な自分が嫌になる。

 

 

 

 

 

 

 ついにやってきてしまった城下町散策の日の朝。起きた時には既にセオドアは居なかった。

 

 フェイスベールを付けるためどうやったって目立ってしまうのだが、それでもなるべく人目を引かないよう控えめな格好にする。ヴェルデの伝統文様が襟周りや袖口を縁取る、ホワイトリリーのミモレ丈のワンピースに、編み上げブーツ。通常は黒地に金の刺繍だが、一般市民に威圧感を与えないようベビーブルーのフェイスベールにして、アクセサリーもシンプルなものにした。


 憂鬱ながらも準備を終えて部屋を出れば、そこで待っていたのはセオドア──ではなく、ディアークで。それは予想に難くなかったのだが。

 

「よぉ。あの2人は先に馬車に向かったみたいだぜ」

「そう。……ってなんでちょっと色味合わせて来てるのよ」

「お前がそのベール付けてくるのは分かってたからな」

「そういうことじゃなくて」

 

 彼は私のフェイスベールと同じベビーブルーの髪紐でその艶やかで長い黒髪を結い、グレーのシャツに白いベストとスラックス、という見方によっては私とペアルックのような格好で。

 ジトッとした目でそんな姿のディアークを見れば、彼は内緒話でもするかのように顔を寄せてくる。

 

「これは昔っからそうなんだが……俺とお前が仲良くしてるとな、いつもセオドア卿が嫉妬心ダダ漏れの目で睨んでくるんだ」

 

 ディアークといるとセオドアがじっと見てくる……というのには流石に私も気づいていた。けれど私にとってそれは常に『いい雰囲気だな、そのまま皇太子と結ばれれば僕は解放されるのに』というコルの声がセットであったから、まさか嫉妬から来るものだとは思いもしなかったのだ。

 

「そんなセオドア卿をずっと見せられたらドロテーアは確実に苛々するだろうから、焦ってなんかやらかすかもしんねーし。やらかさなくてもまぁ、こんな面倒事起こしといてアイツだけ楽しい思いさせるつもりはねぇよ」

「まぁ……妹に対して手厳しいわね」

「両親には悪いが、俺にとってはお前の方が余程妹みたいに大事に思ってるからな」

 

 それは全くコルの話すことと同じで、素直に嬉しく思う。私にとっても彼はほっとけない弟のような存在だった。お互い自分が上だと思っているあたり、似たもの同士である。

 

「そーゆー訳だから、今日は一段と仲良くしようぜ」

「分かったわ」

 

 ここからは聞かれても構わないとばかりに一歩距離を空けて、ニカッと笑ったディアークに微笑んで了承する。彼が目を離した隙にグローセ・ベーアと接触したのではと言われない為にも、元々一瞬たりとも彼のそばを離れるつもりはない。ただ、皇女を煽ることで何かセオドアに飛び火しなければ良いが……。

 

 そんなことを思いながらも馬車のある所に辿り着く。馬車、と言っても昔馬を使っていた名残でそうよんでいるだけで、今は馬はおらず運転手の魔法──どの属性でもいいのだそう──を回転運動へと変換して動いている。

 今回用意して貰った馬車は目的が城下町の散策の為、装飾も少なく比較的シンプルだが、皇族専用だけあって華美でないのに素材や細かなデザインから豪華さを感じる。

 

「……あら、お兄様まで来たの?」

「来ちゃ悪いかよ」

「いえ、でもお忙しいかと思って」

『お兄様が来るなんて聞いてないわ! 邪魔されなければいいけれど……』

 

 そこで待っていた皇女とセオドアもペアルックかもな、なんて思っていたのに意外や意外。

 皇女はそれで街を歩くのですか……? と問いたくなるフリルと宝石がふんだんにあしらわれたワインレッドの豪華なワンピース……いやドレスを身にまとい、大きな屋敷が買えそうな宝飾品で飾り立てている。まぁそれ自体は想定の範囲内だが、セオドアは他のアカルディの護衛と同じ軍服姿だった。

 絶対にセオドアの事も、見せつけるように飾り立てて来る、なんならペアルックで来ると思っていたのだが……と少し気になって彼女のコルの話に耳を傾ける。

 

『ずっとセオドアのこと、私だけの騎士にしたいと思ってたのよね〜。本当麗しくて素敵だわ。ヴェルデの騎士服を着て頂きたかったけれど……それは婚約してからのお楽しみね』

 

 そうウキウキとそう話すコルに対してアクションを起こすべきではない。にも関わらず、私だけの騎士というフレーズにこれまでで一番頭にきてしまい、せっかくのワンピースをシワが着くくらい握りしめてしまう。

 口元にもそれが出てしまったのだろう、ディアークに横から小突かれた。

 

「こえー顔してるぞ」

「……ごめんなさい」

 

 これまでも皇女が我が物顔でセオドアに絡んでくることはあった。けれどセオドアのコルが私よりも皇女の方がまだいいと言っていたから、それを強く咎めたことはない。結局いつもセオドアがなんとか不敬にあたらないようにしながら振りほどいて逃れていた。

 ただ、皇女に脅されてる今はさせるがままになる訳で……。とセオドアをちらりと見れば、彼は彼で何かを堪えるように手をグッと握りしめ、その形の良い眉を寄せてこちらを見つめていた。

 

「もう出発するわよ!」

 

 急かすようにそう言うとセオドアの手を借りて馬車に乗り込む。ディアークの予想通り、皇女は嫉妬心を隠そうともしないセオドアを見て苛立ったようだ。

 ……セオドアには悪いが、ちょっとだけ胸のすく思いがした。

 

「って、何してるの!? お兄様達は後ろの馬車に乗ってくださいませ! 狭いわ!」

「狭いのはお前の服がゴテゴテしてるからだろ。これは元々四人乗りだ」

 

 なんてやり取りをしつつも結局一つの馬車に四人で乗り込み、最初の目的地であるブリッツェン通りに向かう。ブリッツェン通りは高級店が建ち並ぶまさに貴族向けの商業地区だが、皇女ともなれば買いたいものがあれば呼びつければいいわけで、普段態々店に出向くことも無いだろう。それなのに何を案内するのか……と思うが、この様子ではグローセ・ベーアと接触させるのはついでで、単純にデート気分を味わいたいだけのようだ。

 一方的に話しかける皇女にはいとかそうですかとか、義務的な短い返事をするセオドア。彼は本来紳士的で親しみやすく、誰に対しても優しい。アンジェリカが好きだという「冷たく無口で無表情の男が自分にだけ優しく笑顔を見せてくれる」タイプではない。だからこんな風に適当にあしらうような対応をする彼は珍しく……つまるところ相当嫌っているようで。もし仮に見限られていたとしても、皇女と結ばれるつもりなのか? という心配はしなくて良さそうだ。

 

 と、そんな彼らを苦笑いで見ながら、私とディアークはどんな店があって何を見たいかなど無難な会話を交わしていた。

 

 

 

 


 

 目的地に到着すると、当然のようにセオドアの手を借りて馬車を降りた皇女。セオドアはそのまま皇女をエスコートするのか、と思いきや一旦彼女から離れ、私にも手を差し出してきた。

 

 事情がどうあれ挨拶を除けば最後にしたまともな会話は、弁明を必要ないと拒絶したものだから、その手を取るか一瞬迷って。

 

「……貴方は第三皇女殿下のお相手をつとめるのでしょう。私のことはいいですから」

 

 意識して冷淡な声でそう答え、自分で降りる。行き場を失った彼の手がおろされ息を飲む音が聞こえた。

 

「出過ぎた真似を、失礼しました」

 

 彼がどんな顔をしているのか見るのが嫌で、そのまま早足で横を通り過ぎた。傷つけてるのは私なのに、傷つくなんて筋違いにも程があるというのに。

 

 彼の心の内を知ったと思ったあの日から、ついこの間までずっと同じようなことをしてきた。素っ気なく突き放して、なるべく関わらないように動いて。だから今回も出来るって思っていたけれど……それは間違いだった。

 今までそんな態度がとれたのは、彼に嫌われていると本気で思っていて、そうすることが結果的に彼の為にもなると思ったからだ。でも今は、セオドアが私を好いてくれてると知ってしまった。にも関わらずこんな──。

 

「大丈夫か? 無理するな。なんだったら今すぐ帰ってもいい。それでも問題ないだろう」

「確かに……そうね」

 

 心配そうな顔をしたディアークがすぐそばに来てそう提案してくれる。確かに彼の言う通り、帰っても問題は無い……どころか、変な言いがかりをつける隙を無くすことが出来るだろう。

 予定を急にキャンセルすれば外聞が悪いが、一応これで実績は出来た。到着したばかりでなんだがもう体調不良を理由に帰ってしまおうか、と思った時。

 

「僭越ながら王女殿下、私が案内役を務めさせて頂きます」

「あ……ベラさん、だったわね」

「皇弟殿下より言いつけられておりますので、どうかお供させて下さいませ」

 

 周囲には聞こえない声量、かつ念の為アカルディ語で喋っていたのだが、皇弟の侍女であるベラが引き止めるように声をかけてきた。流石に私に扮する役目を負ってるだけあり、アカルディ語も嗜んでいるらしい。

 彼女の出自は知らないが、本来なら身分の下のものから声をかけるのは無礼にあたる行為である。なりふり構っていられない、ということだろう。

 

『帰られては困るわ。失敗したらどんな仕置きが待っているか……。いえ、私が鞭打たれるくらいならいい。でも人質に取られてる母に何かあったら……』

 

 そう言って肩を抱き震えるベラのコルを見ては、帰るつもりだったなど到底言い出せそうもなかった。とはいえ素直に誘導される訳にもいかない。

 

『グローセ・ベーアとの接触は夜にでも私が変装すれば出来るわ。けれど、仕草や話し方の癖を覚えられるのは今しか……』

 

 困った。なんでそんな単純なことに気が付かなかったんだろう。夜までディアークと共にいる訳にもいかないし、だからって何処か人目に付くところに一晩中いるというのも不可能だ。セオドアと二人でいる客室ではアリバイ作りも難しい。……これは何か違う策を考える必要がある。

 ベラを夜行動出来ないようにするか、あるいは味方に出来れば……。その為には人質に取られてるという母について知る必要がある。

 

「……是非、お願いしますね」

 

 やはり私情を優先する暇は、ないみたいだ。







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