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11話

 

 

 

 

 人の気配にセオドアが気づかない筈がない。彼は恐る恐ると言った具合にこちらを見て、酷く傷ついたような顔をしていた。

 

「エステル……」

「あら、お早いお戻りね」

『あとちょっとでキスして貰えたのに、本当邪魔しかしないわねこの女』

 

 私は大体の状況を把握している。ベッドインしていた時の事を考えていたので、キスすらまだ未遂なのだと知り安心した。けれどセオドアからすれば言い合いをした後にこんなシーンを見られては不安だろう。しかし何か言いたげな彼を皇女が視線で制す。

 

『セオドア……分かってるわよね? 何か言えばこの女に罪を着せること。まぁ言わなくても着せるけど。ふふ』

 

 うん、しっかり脅しているらしい。前までは、セオドアの方が身分は下だが憧れの意味を込めてかセオドア様と様付けしていたのに、ちゃっかり呼び捨てにしていることに気づいて舌打ちしたくなるのを堪えた。

 

「……お引き取り願います」

「ふふ、残念。そうだわ!誕生祭の日だけれど……ね?」

「……エステル、申し訳ありませんが、僕は皇女のパートナーを……」

「そういうことだから、宜しくね」

 

 するりと腕をセオドアのそれに絡めてニヤリと笑う皇女に苛立ちながらも、小さくため息をつく。

 

「そうですか。……話はそれで終いですか? 私はもう寝ますから、早く行ってください」

「はぁい。じゃあね、セオドア。明日衣装の手直しをするから採寸にいらっしゃい」

『既成事実は無理だったけど、揃いの衣装を着て誕生祭に出れば誰もが彼は私のものだと思うでしょう』

 

 揃いの衣装とは……もしかしたら無駄になったかもしれないのに、よく用意したものだ。嬉しそうにクルクルと踊り回る皇女のコルを横目に見ながら、寝室へと歩き出す。セオドアの壊れたコルは気にするだけ無駄だろう。

 

 外套を脱いでポールハンガーに投げかける。躊躇いがちにセオドアがついてくる足音が聞こえていたけれど、なんと声をかけたらいいのか分からないのはお互い様のようで沈黙が続いた。

 私は本当の事を話すか決めあぐねているし、セオドアは脅されているから迂闊に喋れないだろう。もしかしたら皇女の間諜が聞き耳を立てているかもしれないし。

 

 これはディアークに協力を要請する際にもだが、何故そんなことがわかるかというのは予知魔法だということにするつもりだ。元々もし心の声を読めるのだとバレそうな時や、協力を得るために説明が必要な時にはそうする手筈になっている。

 具体的には「誕生祭の時に第三皇女がグローセ・ベーアによって殺害され、偽物の私が依頼人は自分だと自供し、皇弟が開戦を煽る予知夢を見た」と話すことになるだろう。ディアークならそれだけでも手を貸してくれる……と思う。ただセオドアは、それだけでは私がキスシーン未遂を見ても驚いたり怒らなかったことを納得しないだろう。皇女に脅されている予知まで見たというのは不自然だろうか。ううん。

 

 セオドアに本当の事を話したいと思うそれは、誤解されたくない私のエゴかもしれない。セオドアに皇女を守らせ、ひいては開戦を防ぐ……その為には今の気まずい空気のままの方が都合が良いのだから。転移で自分の身はある程度守れるし、最悪大怪我しても治癒魔法でどうにでもなる私と違って、四属性魔法の使えないホールで開催される誕生祭において、皇女は丸腰も同然だ。勿論セオドアはそんな場所でも私を守れるよう武術も極めている。

 

 セオドアには悪いけれど仕方ない、彼が大事にしてくれているエステリーゼ・アレッサ・アカルディは国あっての人間だから。それに、元々はロランドに代理を頼む予定だったのだ。万が一のことも考え、ロランドも護衛の1人として来て貰っていてよかった。彼なら強さも申し分ないし、私の傍についてもらうことにする。セオドアには全て終わってから話すことにしよう。


 そう思ってシーツに潜り込んだ私の傍に、セオドアがやってきた。月明かりを前髪が遮り、いつも真っ直ぐに私を見つめる宝石のような瞳は今はよく見えない。

 

「エステル……弁明させて頂けませんか……?」

 

 彼も間諜の存在を疑っているのだろう。私にしか聞こえぬよう顔を耳元に近づけたかと思えば、悲しげに掠れた声が擽る。この人と本当の本当に両思いなんだなぁと思うと、何度も経験した距離感なのにやたらと心臓がドキドキとうるさかった。しかしあくまでも冷静に……見えるように呼吸を整える。

 

「……必要ありません」

「────わかりました。おやすみなさい」

 

 耐えるような、声だった。なるべく離れたところに丸まるように横になる彼が可哀想で心が痛い。

 本当は目の前にあった首筋に噛み付いて、キスマークをつけて、この人は私のものだって所有印を残したかった。けれどそんなことをして皇女の不興を買い、彼の身に何かあったら。

 セオドアは強い、それは間違いない。けれど純粋な強さが権力をも凌ぐとは限らないのだ。セオドア相手に力づくでも既成事実なんかつくれっこないなんて思っていたけれど、結局脅されてキスまでしようとしていた彼を見て改めて思う。だから私が彼を守らなければならない。

 

 それに、こんな態度今までずっとしてきたことではないか。また元に戻るだけ。例えセオドアに誤解され──それでもし、彼の心が……離れてしまうとしても。

 

 

 

 


 

 次の日、セオドアは朝から突撃してきた皇女によって半ば無理やり連れて行かれた。私の侍女2人に付き添わせる事を条件としたので滅多なことはないと思うが……。

 

「エステリーゼ、本当に悪いな。バカだとは思っていたがあれほどとは……」

「いえ、構わない……訳では無いけど。悪いのは貴方じゃないわ」

 

 私達の滞在中ドロテーアの監視を皇帝陛下より頼まれているディアークも、その情報を得たらしく朝から謝罪に来た。

 

「寧ろこちらこそごめんなさい。ディアークだって忙しいでしょうに」

「迷惑かけてるのはこっちだから当然だろ。ま、お前らがいる間俺の仕事は父上がやってるから大丈夫だ。」

「徹底してるわね。……時間があるなら、話したいことがあるんだけど」

 

 あまり聞かれたくない話なので彼の隣に座り直してそう言うと、それまでソファにドカッと座り背もたれに肘を置いて天を仰いでいたディアークが前のめりになった。部屋にいるのはディアークや私の関係者のみとはいえ、他の人に口の動きを見られないよう扇を開いて隠し、彼だけに聞こえる程度の小声で話す。

 

「実は公にしてないんだけど、私、予知魔法が使えるの。この間貴方がお酒を飲まされそうになった所を阻止したでしょう? あれも予知のお陰」

「へえ、お前転移といい治癒といい結構便利な魔法ばっかり持ってるよな」

「それは分からないけれど、まぁ信じて貰えたならそれでいいわ。で、ここから本題」

「俺に予知能力はないが、嫌な予感しかしねえ」

 

 表情を引き攣らせるディアークに、追い打ちをかけるように事情を話す。口を挟まず聞いていた彼だったが、最終的には項垂れるように顔を覆った。

 

「あのバカが一人で暴走してるだけかと思っていたが……叔父上も諦めが悪い」

『アカルディがあんな変わった制度の独立した国だからこそ、魔物の侵攻を防げているのだと何故理解してくれないのか。大体エステリーゼを簡単に捕まえられると思ってる時点で馬鹿だな。……いや、ヒンダーン石の部屋でも聖女の能力を使えることを知らないのか?』

 

 ヒンダーン石というのが四属性魔法を使用不可にするものである。そうか、ヒンダーン石の部屋に閉じ込めるつもりだったのだろうか。

 

「それで昨晩皇弟に会って、城下に行く時に彼の侍女が付いてくることになったの。だから恐らくそこでグローセ・ベーアとの接触があるんじゃないかと思うんだけど」

「お前の婚約者さえ許してくれれば、証人になれるようずっと傍にいることは出来るが、そもそも話したのか?」

「……いえ、セオドアにはそのままパートナーとして参加して、皇女を守ってもらった方がいいと判断したから、何も言ってはいないわ。だから今は実質喧嘩中といった感じかしらね」

「おいおい。……とはいえ、叔父上に怪しまれないようにドロテーアの護衛を増やすのは難しいな。今回の計画を阻止するだけなら気づかれてもいいが、また同じことを繰り返すだけだろう」

 

 やはりそうだろうな、と思った。いくら皇女とはいえ自国かつ自分が主役の誕生祭で何人も護衛をつけるなど、来賓を信用していないと言っているようなものだし、何か起こると宣言するに等しい。それを怪しまれずに行うなどほぼ不可能だ。そしてあの狸爺はかなりしつこい。

 

「私もそう思うわ。だからそろそろ決定的な証拠を掴んで終わらせたいの」

「俺としてもそろそろ隠居して欲しいと思っていたんだ。セオドア卿なら、余程のことが無い限り一人でもドロテーアを守りきれるだろう……だが、なぁ。お前はそれでいいのか?」

 

 彼の金色の瞳が私を見つめる。嘘など直ぐに見抜かれてしまうであろう、真っ直ぐな目だ。

 

「貴方なら分かるでしょ。私の私情はどうだっていいのよ」

「馬鹿だなお前。分かるからこそ俺くらいは大事にしたいと思うんだろ」

 

 その言葉に口が止まる。ディアークは私の守るべき国民ではないし、仕えるべき王でもない。……だから。

 

「そう……ね、うん。良くはないわ」

 

 小さな弱音が溢れて落ちた。次期女王にあるまじき、貧弱な音。けれどディアークはそれを咎めない。

 

「でも私は私を守ってくれる人達のことを守る責務があるから。……だから、本当は嫌だってこと、貴方が知っててくれるだけでも救われるから大丈夫」

「そうか──お前は偉いよ」

 

 その一言に、私は鼻を啜った。

 





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