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ログ・ホライズン二次創作~フォーカード・バグフィックス!~  作者: mahipipa
第二章 <冒険者>としょくざいの重み
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序文:<ピックポケット>

 田中がアキバに戻ってから一週間ほどが経過した。彼の手紙やアイギール家の伝令によってもたらされる情報は、冒険者たちをいつも驚かせた。

 アキバは予想通り、統治する機関がないため大荒れだということ。

 スキルから生み出された料理はともかく、素材は味がするということ。

 シオリたちがそうしたように、スキルは宣言すれば発動し、身体が戦い方を覚えているということ――。

 何より死に瀕した彼女たちをほっとさせたのは、死亡の概念がないということだ。死ねば大神殿で蘇生する。


「良くないけど、良かったぁ……エゴがあのまま死んだらどうしようって……」


 ヴィクトールがほっと息をつく。無論、それは死んでログアウトは不可能だという事実ではあったのだが、エゴのことを思えば、彼女たちにはまずまずの吉報だった。


「PKか……無理もない。突如、別世界に放り込まれたのだ。私とて、ここにいなかったら、何をしていたか想像もつかん……」


 一方で、報告を見たレンダリルは唸っていた。シオリも、その資料を見て眉を寄せる。

 他ならぬ冒険者によって、アキバ近辺の治安が著しく悪くなっているのだ。

 飯がまずい、死ぬこともできない、帰ることだって当然できない。追い詰められた彼らの一部は享楽に走った。 

 大地人を、あるいは冒険者を殺し、金品を巻き上げる。プレイヤーキラーの登場だった。


(NPC、か)


 シオリはちらと、一緒に資料を見比べるフィセットを流し見た。だけれども、シオリにとって、フィセットとは、もはやただのNPCではなかった。

 シオリたちは、この一週間、彼女やイズミの街と接してきた。

 いざ、話してみれば驚くほど豊富なコミュニケーション能力を持っている。彼らは、定型文を返すだけの存在ではないのだ。人間として、当たり前のやりとりができる。

 ここにいるのはNPCとしてではなく、人間としての大地人だったのだ。


(フィセットたちも、『生きている』んだ)


 それを裏付ける証拠がまた一つある。死んだ大地人は生き返らない。例えばイズミに住むAという大地人がいたとして、それが何らかの原因で死んだ場合、Aは二度とスポーンしないし、代わりも発生しない。人々は葬式をして、その死を悼む。

 大地人もまた、一人一人が固有の存在である。が、冒険者のように復活はしない。そこにシオリは儚さと、本来の自分の有り様を見て、目を伏せた。

 本当なら自分だって、死んでも蘇るなんてことはないのだと。


「領主殿、そういえばもう一つ、我々に頼み事があると、以前おっしゃっていたと思うのですが」


 資料から顔を上げ、レンダリルがフィセットに視線を送る。シオリは彼女をじろじろ見ていることに気付かれたくなくて、エゴの方を見た。


「……」

「……な、何?」

「なんでも……」


 エゴは、シオリを凝視していた。だが、シオリが見ると、頬を膨らませて、そっぽを向いてしまった。何だか件の謝罪から、シオリに対しては子どもっぽさが増したようだった。


「ああ、そのことなんだが。少々、困ったことになってな」


 フィセットはばつが悪そうに、一枚の伝令からの連絡を差し出した。ヴィクトールがそれを拾い上げながら、首を捻る。


「君たちには、野党対策を頼もうと思っていたんだが……」


 資料に目を通していたヴィクトールが軽く目を見開いた。彼の横にいたレンダリルも、文言を見て、一層深刻そうな顔をする。

 彼らに紙面を裏返して貰って、内容を読んだシオリとエゴも同じような顔をした。

 野盗は冒険者に殺され、今は冒険者が野盗の居場所を乗っ取っている。

 報告書には、そのようなことが記されていた。


「これは……そうか、領主殿が対処を頼もうとしていた野盗は大地人だったのか……」

「最悪……」


 シオリは苦々しい顔で呟いた。

 つまり、『討伐対象がすげ替わった』のだ。より厄介なものに。


「彼らは近隣の大地人ばかりではなく、アキバからイズミに来る商人たちも襲っている。ゆゆしき自体だ。当然、アイギール家としては看過できない」


 フィセットのまっすぐな瞳が、シオリを見据えた。その眼光に迷いと領主の使命が一緒くたになって、揺れている。


「……」


 言い淀んだシオリは、レンダリルに視線を流した。そうすると、彼は頷いた。


「約束は約束だ。我々はここでもてなされる以上、冒険者の討伐に赴く理由がある。違うかね、諸君」


 シオリはこれが強制ではないことにすぐ気付いた。強めの意見を出して、他の皆の意見を引き出そうとしているのだ。実際に、意見のまとまっていなさそうだったヴィクトールが口を開いた。


「まあ、そりゃそうだけど、勝算あるのか……?」

「なーに、この間、レベリングと連携の訓練をしただろう? 少なくとも、君の腕前は君が思っている以上に上がっている。心配はしても、萎縮する必要はないさ」


 その言葉を聞いて、シオリは「ああ」と納得した声を出した。確かに、二人が出かけることはよくあったのだ。


「妙に二人で出かけると思ったら訓練してたのか。私たちも呼んでくれれば良かったのに」

「君だって、大地人たちの手伝いの合間合間に、エゴを連れてリハビリをしていただろう?」

「知ってたのか……」

「野菜を運んでいる時に見てしまってなあ、ふふふ」


 穏やかな声で言い返されると、シオリは言葉を詰まらせた。レンダリルは楽しそうに、笑い声を漏らした。


「ともかくだ。冒険者は死に怯まない。それは分かるだろう?」

「そうだね……大神殿で生き返るってことは『死』が抑止力にならないから。プレイヤーキラーが流行ってるのだって、多分それだろうし」


 シオリがすぐにレンダリルの意見に同意も否定も示さなかったのは、それが理由だった。容易に生き返ってしまうということは、殺すという選択肢が無意味に近い。精々、遠くへ追い返す程度の効力しか持たない手段になってしまうのだ。

 彼女は自分たちに『進言』したレンダリルをまっすぐ見た。


「いいよ。ダリルの進言、確かに受けたからね」

「そう来なくては」


 愛称で呼ばれた彼はわざとらしく悪党のように、にやりと笑って、眼鏡の位置を直した。


「月並みだが、冒険者も『しんじるこころ』と『ふみだすゆうき』だ。正義かどうかは二の次で、やれることをやろうという話だな。エゴはどう思うかね?」


 エゴは軽く首を傾けて、「うん」とも「うーん」ともつかない声を上げた。


「シオリが危険に晒されるのはって思ったけど、僕もレンダリルの案に乗る」

「ありがとう。君が軍師だと心強い」

「うん。僕は別に、殺すことには躊躇いはないし、汚れ役でも構わない」


 若干、シオリは苦い顔をした。が、エゴにしかできない判断が確かにある。現代日本のどこで、そんな知識を得たのだろうと思いはするが、今はその冷徹さも心強い。

 全員の意見はまとまった。改めて、冒険者たちはフィセットの方に顔を向けた。


「うむ。領主殿、我々の意見は、以上だ」

「ありがとう。君たちのような冒険者がいてくれて助かる」


 緊張した面持ちだったフィセットの表情が、わずかに和らぐ。しかし、彼女はそのまま、言葉を続けた。


「ただ、行動を移すまで、三日待ってほしい」

「ん? フィセットさ……あー、フィセット様、何かアイデアがあるのか?」


 ヴィクトールが素直に問いかけると、フィセットはどこか思い詰めたような顔をして、膝の上に置いていた拳をぐっと握った。


「急を要するのは承知している。だが、当初とは想定外の状況ということもあるし……わたしは行かねばならないところがある」

「とは、言ってもな――」

「待った、ヴィク」


 ここまで頼って、急に若干の距離を感じたことに、シオリは心当たりがあった。それこそ、この間の沼地の王の一件と重なった。

 タンクにはタンクの職務があり、ヒーラーにはヒーラーの職務がある。領主にも、領主の職務があるわけで、つまりフィセットはそれをこなしたいのだろう。

 思えば、フィセットは若い領主だ。下手をすると、シオリやヴィクトールより年下かもしれない。年に不相応なカリスマめいたものが彼女を取り巻いていたが、それでも彼女は『少女』と紹介されるのだ。しかも、ひとりぼっちの。


「……」


 シオリは悩んで、黒髪をがしがしと掻いた。ここでフィセットに何かあれば、イズミの街は大混乱に陥るだろう。かといって、過保護にするのも冒険者としていかがなものかという感情がある。

 年長者のレンダリルや、直感に長けたヴィクトール、あるいは合理的判断を好むエゴに進言を頼もうとも思った。だが、それも違う気がした。

 自分の口で意見する。今、それが必要だと、シオリは結論付けて顔を上げた。


「正直、領主に何かあるっていうのは本当にまずいとは思う、んだけど……『フィセット』は、私たちを助けてくれたよね。援助もそうだけど、この資料だってそうだ」


 手元の資料を束ねて、シオリは大事に持ち上げた。


「私たちは、正式な取引をしてる。それって、守る守られるじゃなくて、対等だと、思うんだ……」


 フィセット・アイギールは死すべきさだめの弱者ではなく、対等な存在としてあろうとしている。シオリは何より、それを大切にすることにしたのだ。


「だから、私は三日待つ。何をするのかは分からないけれど」


 フィセットの青い瞳を射貫くほど見つめて、シオリはまっすぐ気持ちを伝える。


「何かあったら、必ず助けに行く。それでいい?」

「ああ。ありがとう……」


 その時の、フィセットの花が咲いたような笑顔。ふみだすゆうきを出したシオリの心に、それは温かな気持ちを生み出した。


「じゃ、決まりだ」


 シオリは資料を置いて立ち上がり、側に置いたままの大太刀を持った。


「私は村の警備をしてくる。みんなもお願い」


 そうすれば、後はもう、皆決めていたように立ち上がって、準備を始めた。


「あいわかった。では、私は森の見回りをしてこよう。スケルトンの残党がいないか、念には念を入れておく」


 レンダリルは近隣の森へ。


「じゃあ、俺は街の中で困ってる人がいないか見てくる! 不安に音楽は効くってことを見せてきてやるぜ!」


 ヴィクトールは街の手伝いに。


「仕方ないね。僕は、アキバ方面の街道を見ておこうか。通り掛かった冒険者から、何か聞けるかもしれないしね」


 エゴはイズミとアキバを繋ぐ街道へ。

 めいめい立ち上がる様を見て、フィセットもまた、立ち上がる。領主の出立に、人払いをされていた兵士たちも準備を始める。

 アイギール邸は、にわかに騒々しくなり始めた。

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