後輩と二人の川辺
今日も練習が終わった。
疲れを感じながら学校の坂を降りて、そして川辺まで来ると、めっちゃ下校してる感があるなあ、と何度でも思える。
そんな川辺を、僕はいつもと反対方向へと歩いていた。
駅とも住宅街とも反対方向。
人通りは少なく、だから待ち合わせ場所の川のほとりに立つ藤棚は、誰もいないし、もうすぐ暗くなるかもしれないと思った。
丸い石の椅子に座り、僕を呼んだ人が来ないかと、川の下流を見やる。
一羽のカワセミがすごい速さで飛んでいくのを見つけ、あ、綺麗だな、と思った瞬間。
僕の隣の石の椅子に、一人の女の子が座った。
「川内先輩、こんにちは」
「こんにちは」
石の椅子は硬いし冷たい。
しかし、その椅子から腰を上げたいという気持ちは、川の下流へと流れていった。
「相談事が、あります」
「おお」
「……」
「なんか、悩み事?」
やはり、紅葉香とうまく行ってないのだろうか。
それは、二人とも涼成が好きだからなのだろうか。
「あのさ、まあ……紅葉香は……」
「紅葉香先輩とは仲良しですよ。好きな人も違ったので、恋のライバルでもありません」
「あ、そうなんだ」
心配して損したってやつじゃん。
でもなあ。それでも何か悩んでるとしたら……。
「紅葉香と右出の、プレイスタイルの違い……かな」
「すごいですね。私がためらってる間に……」
当たったようだ。
見ていればわかる。
二人はいいペアで、お互いプレイスタイルが真逆だからこそ、実力が高まっているように見える。
だけどその分、戦略を考える上で衝突することはあるだろう。
僕と涼成も、初めそうだったからわかる。
「私が、初めて部活の体験に来た時、先輩と一緒だったの覚えてますか?」
「覚えてるよ」
我が校のソフトテニス部は男子部員の方が女子部員よりも多い。
だから新入生への球出しや指導は、男子部員の暇な人が新入生の女子相手にもやるのだ。
僕はその時、初めて右出に会った。
確かあの時、質問されたよな。
「友達が言ってたんですけど、ソフトテニスって、硬式テニスよりダサい人がやるってイメージらしいんですけど」
いきなり来てその質問を先輩にするのってなんか面白いなって思って、だから僕は今でもなんて答えたか覚えている。
「まー、その友達にとっては、そうってだけなんじゃないのかな」
「……なるほど」
右出は大きくうなずいていた。
「懐かしいです。たまに、あの時の失礼な私を思い出すんです」
「失礼っていうか純粋な質問で良かったと思うけど」
「優しいですね……」
右出はこちらに笑って、そしてまた口を開いた。
「人によって考えって違いますよね。それこそ、『〜にとって』ってことですよね」
「うん、そうだな」
だからこそ、右出と紅葉香で意見が合わなかったりするんだろう。
けど、本当に、そういうことで済む話なのか。
僕はそれが、気になっていた。
僕は今日の練習の途中、少し待ち時間があったので、右出と紅葉香のペアが練習している様子を見ていた。
ちょうどゲーム形式の練習だったので、実際の試合と同じような感じ。
それを見ていて思った。
少し右出は、紅葉香に遠慮してるんじゃないかと。
「先輩、なんか見てましたよね、今日の紅葉香先輩と私の練習」
「うん、まあ。そうだな、なんというか、もしかしたらなんだけど」
「はい」
「紅葉香に気を遣いすぎた作戦を、右出は提案しているのかなって」
「……」
「そうだとしたら、そういう必要はないよって言いたいな」
「……そうですか。でもですよ。別に、この部活って強豪なわけじゃないですし、ほんの少し強くなることと、部活の人間関係を天秤にかけたら……」
「そうかもな」
僕は藤棚の隙間から、空を見上げた。
空が田んぼのように綺麗に分かれているように見える。
紅葉香と右出の現在のプレイスタイルは、紅葉香が攻撃型で、右出は徹底的に繋ぐタイプだ。
右出は、とにかく紅葉香の邪魔にならないように気をつけている感じだ。
紅葉香のミスをカバーすることにも尽くしている。
その結果、紅葉香は思い切って攻められているのはとてもいいけど。
「一番平和な作戦を取ったってことなんです。だって、そうすれば……」
「たとえ負けたとしても紅葉香のせいという空気になることはないし、な」
「……はい」
どうしてそこまで気をつかうのだろう。
紅葉香が気を遣わせる雰囲気を持っているとは思えない。
僕が見てないところではそういう雰囲気をまといながら偉そぶっている、みたいなことはないと思う。
なら、どうして右出は……