68 佐藤はカス
最終話です。
かくして鈴木は喚き散らす代わりに、泣き始めたのだった。
ダダをこねる子供みたいに、その場でへたれこみ、顔を覆って泣きわめく。佐藤が悪いの、佐藤が悪いの、と泣き言を漏らしながら、もう会話は成立しなくなってしまった。
人の愛情とは、こうも独りよがりに狂いに狂って、歪みに歪むものなのか。
まさか渡辺の愛が純粋なものだと思える日が来ようとは。
この四人グループに出会ってから、初めてだらけの毎日だ。いい意味以上に、悪い意味を知る機会が多すぎる。
そんな無様な姿な鈴木を見て、男二人も呆れているようだ。
「俺たちもただ鈴木への恩だけで肩入れしていたわけでないんだ。鈴木とくっつくことこそが、佐藤の一番の幸せだと思いやっていた」
「だけどとうの鈴木はこの始末。鈴木の想いを佐藤に伝えるのが、一番円満なのはわかっていたけど……わたしたちも鈴木の恨みだけは買いたくなかった」
今日まで鈴木を野放しにするどころか、手先にすらなっていた二人。
佐藤を女からシャットアウトするためにやってきたその悪行。それを一番側で見てきたのだから、この男たちが恐れ慄くのも当然か。
私が許そう。貴方たち二人は悪くない、と。
「今思えば、佐藤とやることをやったら、かつての女神に戻って許してくれたはずなのにな。一時は恨まれても、佐藤にそのことを伝え背中を押すべきだった」
「わたしたちが今更実はこうだったと言っても、またハメる気かと言われてもう無理。鈴木から頭を下げて誠心誠意謝り、ようやく五分五分。でも本人は折れたくないという始末。意固地になって引くに引けなくなった。素直になれば簡単に幸せになれたはずなのに、今となっては後の祭り」
「典型的な逆切れ負け犬ヒロインムーブだな。やっていることが悪役令嬢キャラそのものだ」
「鈴木の病気はもう手遅れ。狂気を孕んだヤンデレそのもの。それに振り回されて、あの聖人も女をキープする処女厨にまで堕落し、品性を堕としてしまった」
今日まで私は、我がお父様と遜色のない人間性として、佐藤をカスだと評してきた。こうして全ての真実が明かされた今、少しは彼の見る目は変わった。
例えどうであれ、彼は自らの意思でソフィアをキープしている。それは間違いなくカスだ。それでも佐藤には佐藤になりの、女をキープする男に堕ちるまでの原因があった。
悪魔に取り憑かれていたのだ。
そういう意味では佐藤は被害者かもしれないし、ソフィアもまたそんな悪魔の被害者の一人だろう。
もしかすると渡辺と田中がいたから、被害はこの程度なのでは、と思えすらしてきた。彼らこそが唯一の、愛に狂った女の良心なのかもしれない。
「今回台覧戦でハメたのは、そんな鈴木のガス抜きのためだったんだ」
「ガス抜き?」
不意に、そんなことを渡辺が言い出した。
「佐藤が学園で毎日のようにしているソフィアへのセクハラ。あれを血の涙が出そうなほどに羨み妬んでいる。それこそソフィアを手にかけるんじゃないかって剣幕だ」
そういえばそうであった。
あの男は毎日のように、それこそ恋人のようにソフィアに触れ合っている。ソフィアに期待させるだけ期待させてキープする、実にカスのような所業であった。
田中風に言うのなら、ソフィアを性的搾取しているといったところか。
「だからしばらく佐藤を家で大人しくさせれば、少しは鈴木の気も収まるだろうってな」
「ああ、そういうことだったの。でも、いくら鈴木のガス抜きとはいえ、学園追放はやりすぎじゃないの?」
佐藤は学園を満喫し楽しんでいるように見えた。
いくら鈴木のガス抜きとはいえ、それを全て取り上げるのは酷である。佐藤のことを大切な友人だと思っているのならなおさらだ。
「流石の俺も、佐藤をそこまで陥れるほど人非人じゃない。誓約には穴がある。いつでも学園復帰はできるように手は打っていた」
と思えば、渡辺がとんでもないことをさらっと口にした。
「誓約の穴? 佐藤が交わした誓約を見させてもらったけど、抜け穴になるような文言なんて見つからなかったわよ」
誓約。一度発動したら最後、決して放棄の適わぬ契約魔法。
今回の台覧戦で賭けられたエステルの身。泣きをみないためにも、お兄様はそれこそ穴が空くまで読み込んだはずだ。
どこかに抜け穴になるような文言がないか、と。
そしてあれにはなかったと確信して言い切れる。
「確かに、一見不備がないように見える。だがどれだけの誓約を立てようと、それに当てはまることがなければ、誓約が執行されることはない。それを踏まえて、もう一度あの誓約を思い出してくれ」
なのにこの世界の生き字引は、抜け穴があると言い出すのだ。
一体どんな抜け穴なのかと文言を思い出す。
「えっと……自分、煌宮蒼一はもし台覧戦で――待って、それってありなの?」
すぐにそれに思い至った。
でも信じられなかった。
そんなの本当にありなのか、と。
「ありだ。なにも知らん鈴木と田中にも試したが、誓約は無効だった」
「まさか自分は煌宮蒼一じゃなくて佐藤だから、その誓約は無効だなんてね……」
まさしく、この男たちにだけ許されたインチキだ。
「なにせ煌宮蒼一の名は、佐藤にとって魂や精神に根付いた名前じゃないからな。誓約でなにより大事なのは自認であり自己だ。煌宮蒼一に化けた小太郎が『自分、煌宮蒼一は』と誓約を交わすのとなにも変わらない。実際、ゲーム内でも小太郎が他人に化けて同じことをやっていた」
「呆れたわ……誓約にそんな抜け穴があったなんてね」
つくづく、この男には呆れるし驚かされた。
勝っても負けても佐藤には失うものはない。こんなペテンにかけられたお兄様に同情……いや、それはない。あれは渡辺の道具として切り捨てられても、可哀想でもなんでもない男だ。むしろ利用価値を見いだされたことで、少しは人間レベルが上がったのではないか。
そして今更思い出した。この男は本当に私のことが大好きなことを。
「それによく考えたら貴方が、私を佐藤と心中させるわけなかったわね」
「当然だ」
得意げにメガネを正す渡辺。
誓約が執行されたら、最大限の自助努力を持って、佐藤は私に同じことを遂行させようとする。そんなことはこの男が許すわけがない。
そういう意味では、私もまた渡辺に一杯食わされた。
まあ、このくらいの食わされ方はなんともなく、次から次へと新しい玩具を見せられるようで、それはそれで愉快である。
「さて、全部はご破産になってしまったけど、鈴木は放っておいて大丈夫なの? ソフィアに手をかけるとか言っていなかった?」
「あくまで今回の目的はガス抜き。生前なら手を汚したかもしれないけど……この世界では、絶対敵に回してはいけない男がいる。第四とはいえソフィアは嫁キャラ。流石の鈴木も、そこまで愚かじゃない」
「それもそうね」
田中より視線を逸らし、再び渡辺の顔を見る。
この世界を誰よりも愛してきた男。
全てを知り抜き、その頂点へ至る力と身体も手にしている。その気になれば、カノンよりも効率的に世界を終わらせられるに違いない。
いくら愛の狂気に飲まれているとはいえ、渡辺を敵に回すような真似などしまい。そういう意味で渡辺は、一種の秩序とすらなっている。
「狂気にはより強大な狂気、毒にはをより強力な毒。常軌を逸した愛対決、どちらに軍配が上がるのはわかりきっている。やはり人間、一度は死んでみるもの。まさか渡辺のクソゲー愛が、鈴木の狂気を抑え人間性を繋ぎ止める日が来る――ぐほっ!」
「まさか俺も、貴様に新たな性癖を目覚めさせられ、それを満たして貰える日が来るとは思わなかったな」
世界を侮辱することを許さぬ秩序の鉄槌は、今日も田中の腹部を貫いた。その様はまるで、昼間突き刺せなかった神剣の代わりみたいだ。
――ああ、本当に。
ここに広がる景色は、今日も滑稽で笑えてくる。
◆
買い出しから戻ったら、庭に広がっていたその光景。
縁側で鈴木が子供みたいに大泣きし、
腹を抱えて田中はリョナ顔を浮かべ、
頭を踏みにじってる渡辺は恍惚とし、
そんなカス共を肴にユーリアがおかしそうに一杯やっている。
この地獄絵図、一体今度はなにが起きたのか。
田中と渡辺はいつものことだが、なぜ鈴木があんなにも大泣きしているのか。どうせカス共のことだから、原因がろくでもないのはよくわかっている。
しょうがないから礼儀として、
「なにやってんだおまえら」
とだけ聞いてやる。
そうして俺の帰宅に気づいたカス共からもたらされたのは、
「貴方がカスになるのを止められず、ごめんなさい佐藤」
「正直、貴様がカスになってしまった罪悪感はある。すまんな佐藤」
「ま、過去はどうあれ、私にとっては初めから貴方はカスだったわよ、佐藤」
罵声であった。
帰ってきて早々、なぜ罵られなければならないのか。
心当たりがなさすぎて、大義を持ってこれにはブチ切れても許されるだろう。
「おい、カス共! 買い出しの大役を終えた俺を、いきなりカス呼ばわりとかどういうことだ!?」
「うるさい!」
そして鈴木は、ただただいつものごとく、理不尽にこう叫ぶのだ。
「全部あんたが悪いのよ、この佐藤!」
これにて当作品は完結となります。
最期まで当作品にお付き合い頂き、誠にありがとうございました。
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