62 ポッ
俺は震えていた。
リョナられ続けること幾星霜。
ついに田中は渡辺の首を断ち切ったのだ。
まさに歴史に残る戦いであった。きっと学園中がこの結果に沸いているだろう。
だが、俺が震えているのはそんな戦いを見届けたからではない。
「ついに離の境地へと到ったようだな、サクラ」
ジジイが屋上にポッと湧いてきたからだ。
屋上の入り口はたった一つ。小太郎がそれに背中を預けている。
誰にも気づかれずに出入りなど不可能だ。
小太郎も忍びであり、その誇りもある。どこからともなく現れるジジイに、今度こそは出し抜かれまいとする意気込みもあった。
登ってくる気配があったら、すぐに合図を出すよう頼んでいた。
それなのにジジイは今、この屋上にポッと湧いてきた。
塔屋の上に湧いてきたのなら、まだわからないことでもない。
だがそんな甘い湧き方をしたわけではないのだ。
中空に映し出されるその試合中継。
見上げるように観戦し、ついに決着がついたと息を飲んで、下ろした視界の先にジジイが湧いていた。それこそ最初から儂はここにいたとばかりに、手すり際で一人語りを始めたのだ。
「あのおまえが、切らねばならぬものをついに見つけたということか」
小太郎は今にも、嘘だろ、と叫ばんばかりに仰天している。
あのユーリアも目を見開き、ジジイの湧きに狼狽していた。
「あの自分に無頓着なサクラのことだ。それを見つけたのはきっと、自分のためではあるまい。……あのサクラが誰かのために、か。ふっ、一体、誰のためなのやら」
横顔を見せてくるジジイ。決してこちらを見ているわけではないが、なにを意識しているのかは伝わってくる。
その顔は、儂には全部わかっているぞ、とばかりに得意げだった。
「今のサクラは全てを断ち切る刀と成った」
ジジイがこちらを振り返る。
その節穴は誰の姿を捉えることなく、真っ直ぐと出入り口へと歩みを進めた。
「どれほどの力を隠しているか知らぬが、今のサクラに切れぬものはない」
俺と横並んだとき、ちらっとこちらを見る気配。
かくしてジジイは、語りたいことを一方的に語り尽くし、この屋上から去っていったのだ。
「ローゼンハイムの御老公に、随分と気に入られているようね、佐藤」
「美少女ならともかく、あんなジジイに粘着されても嬉しくねぇよ。一方的に語りたいことを語りに湧いてくるとか、完全に渡辺の上位互換だろ」
あのジジイ、マジでどうなっているのか。
カメラワークを切り替えた瞬間ポッと湧く。
ホラー映画の悪霊や化け物並に、湧き方が理不尽すぎる。
「それとして蒼一。昨日までならともかく、今のサクラちゃんを動けなくしろとか、流石の俺もきついぞ。膝をつかせるどころか、一歩間違えたらこっちの首が飛ぶ」
気を取り直した小太郎は、決勝の話を取り上げた。忍びの誇りの観点からも、あれの湧き方を考えるのは無駄だと悟ったのかもしれない。
それはそれとして、小太郎にここまで言わせる田中の活躍、そして成長。
「クソッ、ネカマの分際で無駄な力に覚醒しやがって。戦いの中で成長していく系の主人公かおまえは……!」
小太郎に小突かせ膝を着いたところでいたぶるつもりだったが、どうやらそれも難しそうだ。
モニターに時折映る鈴木は、敵チームの奴らと手拍子を繰り返していた。おそらくしりとりに飽きて、山手線ゲームでも始めたのだろう。
どうやらあのチームの穴は、今や鈴木だけとなった。
決勝戦、どうしたものかと頭を抱えたい気分だ。
だが、
「ま、でも。正直あのサクラちゃんを相手にするのは、それはそれで楽しみだ。忍びと剣豪。その頂上決戦ってやつだな。そこに男も女も関係ない。絶対に負けるつもりはないぞ」
「安心なさい佐藤。私のやる気も十分あるわよ。人の恥部を暴露したあの男は、必ず八つ裂きにしてやるわ」
あれだけの激闘を見た後にも関わらず、二人はやる気満々のようだ。
戦意は充分以上。
ユーリアも小太郎も、間違いなくあの二人に負けない器がある。その気概があるなら、俺もいつまでも頭を抱えているわけにはいかない。
「ああ。人をハメたカス共には、決勝で鉄槌を下してやる。あいつらカス共を、絶対に血祭りにあげてるぞ!」
拳を握りしめ、そう熱く誓った。
ここまできたら意地である。
興味もない台覧戦の栄光だったが、カス共相手には負けられないという闘志を、俺たちは今燃やしていた。
「あの、ソーイチ……」
そこにおずおずと、申し訳無さそうにソフィアは声を挟んできた。
「ん、どうしたソフィア?」
「やる気になっているところを水を差しちゃうけど……」
なんでも言ってみろとばかりに、優しく微笑んでみせた。
そして俺たち三人は、ソフィアよりすっかり忘れていた事実をもたらされた。
「今の試合、サクラさんが勝っちゃったから……カノン様チームは準決勝落ち、だよ?」
「「「あ……」」」




