51 復讐の完成
数日にかけ、お祭り騒ぎな台覧戦は、つつがなく行われていった。
渡辺いわく、この裏では巨大な非合法組織が賭け事をしていたり、取り潰されようとしている研究会を救ったり、護衛を撒いて抜け出したお嬢様が誘拐されそうだったり、失われた秘法や盗まれた秘宝がなんちゃらや、とにかくなんちゃらなかんちゃらが目白押しらしい。
つまり、今の俺にとってどうでもいいイベントということである。
その一切に関わることなく、俺たちは順調に勝ち進んでいった。
危なげは一切なく、まさに敵なしといった感じだ。ユーリアと小太郎コンビがあまりにも強すぎて、最早作業ゲーだ。
俺は小太郎に、忍者装束を強要している。
制服からそれに着替え、試合が終われば制服へ戻る。試合の時間より、着替えの合計時間のほうがかかる始末であった。
一方、田中と渡辺は試合が始まるなり、敵チームそっちのけで争いながら、勝ち進んでいる。
勝ち進んでいるということは、つまり毎回渡辺に軍配が上がっているということだ。
家では雑魚だリョナだと田中を煽り倒し、そしてその一方で、今日も新たなヒロインを救ってきたと自慢気に語っている渡辺。このイベントをカノンの身で体験し、素晴らしかったと聞いてもないのにいつもの早口を発揮した。
とにかく渡辺が楽しそうなのである。
対して、毎回毎回執拗に腹でとどめを刺れ、渡辺の性癖を満たし続ける田中は、それはもう苦渋苦杯辛酸を舐める日々。
俺をハメるために加担したはずの今回の台覧戦だが、
「このリョナカスの首は絶対落とす」
既に田中の目的は、渡辺の首を切り落とす方向にシフトしていた。
本当に救いようのないカス共である。
だが田中も、タダでやられ続けているわけではない。
リョナり続けた恨みを晴らさんと、一試合ごとに強くなっているのだ。
一戦目より二戦目、三戦目より四戦目と、試合時間がどんどんどんどん伸びている。
ついには暇な鈴木が、敵チームとしりとりを始まる始末であった。
憧れのクリスとしりとりをできて、敵チームもこれにはニッコリ。
なお、そんな彼らに待っている未来は、田中で性癖を満たした後の、渡辺による十秒もかからない鏖殺である。彼らがここまで勝ち抜いたのは、鈴木としりとりをするためだったとも言える有様だ。
学園でもどのチームが勝ち進むかではなく、今日もカノンが勝つか、いいや今日こそサクラが勝つだろうと、注目を掻っ攫っている。
カス共のくだらぬ内ゲバが、一番派手で高度な戦いなので、盛り上がっているのだ。学園全体で、既に台覧戦の目的を見失っている。
そうして今日も、
「さあ小太郎、今日もユーリアの水牢に向かって、敵を押し出す作業へ戻るんだ!」
と二人を前線へ送り出し、準々決勝を勝ち抜いた。
俺たちのチームはこれでも優勝候補。優勝と準優勝の枠は、俺たちと渡辺たちで確定で埋まっている。
渡辺たちほどではないが、俺たちも注目は充分浴びていた。
ユーリアはかのラクストレーム家のご令嬢。
かつて中等部時代、クリスに後塵を拝させ続け、ある日を境にその名が学園で上がることはなくなった。所詮リリエンタール家と比べ落ち目の一族かと、いつしかその名を忘れられてしまっていた。
それが台覧戦を舞台に、再び脚光を浴びる日がきたのだ。
暴力的なまでの水量を扱い、敵を蹂躙するさまはまさに動く要塞。出会ったら最後、歩兵は為す術もなく飲まれていくのであった。
懐かしい名前を見たと思えば、とんでもない実力を遺憾なく発揮した。クリスより劣る存在だと思ってみればとんでもない。むしろ今や、クリスを上回っているのではと噂が蔓延っていた。
なにせ当のクリスがこの台覧戦でやったことといえば、しりとりくらいなものである。そんな噂が蔓延するのは仕方あるまい。
一方、小太郎もまた、華々しい動きこそないがその名声は高まった。
やっていることは敵を押し出すだけだが、対戦相手は口々に言う。
気配がなかった。いつの間にか後ろにいた。探知魔法に引っかからない。まさに影から湧いてきたとしか思えない。これがジャパニーズ忍者かと慄いた。
力なんてまるで見せていない。隠している真の実力は一体どれほどのものか。わかっていても簡単に背中を取る忍者。もしその手に刃物一つでもあれば、簡単に命を奪われるだろう。カノンが最強の一角と断じたのは、間違いではなかったのだ。
真の力を見せずして、ここまでシエルのエリートたちを震え上がらせた小太郎は、まさにソルと罵られてきた第二校舎の希望の星となった。
最後に煌宮蒼一。蒼き叡智を手にした落ちこぼれ。
落ちこぼれが力を手にしたところで、と蓋を開けてみれば、立っているだけでなにもしない。まさに落ちこぼれに相応しい活躍である。
索敵と念話、そして給水。全ての要となる司令塔をやっているのは誰も知らない。モニター越しなので、あの暴力的なまでの水量は、ユーリア自身が生み出したものだと思っているのだ。
別に名声を高めたいわけではない。こういうのは見くびられるくらいでいいし、ユーリアの力もハッタリがきく。
対戦相手に終わった後よく因縁をつけられるが、
「負け犬の遠吠えか、雑魚め」
と中指を立て鼻で笑うのだ。
ユーリアと小太郎任せの大将ぶりを咎められようと、
「雑魚相手など、この俺様が出るまでもない」
と煽り倒すのだ。
そんなんだから煌宮蒼一の評判は現在、地の底まで落ちている。
鈴木たちの目からも、俺が調子に乗ってイキリちらしてるだけに見えるだろう。もしかすると、イキリグリ太郎と呼ばれているかもしれない。そうでないと困る。
試合が終わり、小太郎の着替えを待つことなく、俺とユーリアは食堂へと向かった。
果たして今日は、どんな田中の死に様を見られるのかと、楽しみにしながら辿り着くと、
「おめでとうございますー」
どこか舌っ足らずな甘ったるい声。
猫みたいに愛くるしい、サブキャラみたいな顔をしたその女子生徒。腕に運営部の腕章をつけており、その後ろには背景顔をした男子生徒が付き従っていた。
腕章通り、彼女らは台覧戦の運営部。選手たちを取材する、女子アナ的なポジションについている存在だ。
映像を中空に映し出す技術が確立しているのに、彼女ら手にしているのは、よくテレビで目にするマイクとビデオカメラ。今日も世界観は安定してガバっていた。
「一回戦から始まる破竹の快進撃。今回の試合も速攻の決着でしたね。ついに次は準決勝。意気込みなどあれば、どうぞお願いしますー」
「ないな」
「ないわね」
マイクを向けられながら、俺とユーリアはそう切り捨てた。
別に相手をするのが面倒なわけでも、こういった扱いを受けるのが嫌いなわけではない。どうせ次も意気込むほどの相手ではないと、あんに答えたのだ。
「あはは……」
困ったような女子アナ生徒。
彼女も彼女で仕事だから、ここはなんとしても面白い絵を取りたいのだろう。必死に話題を探しているようだ。
「あ、そうです。ユーリアさん、次の相手はダーヴィット・ラクストレーム。まさかの兄妹対決となりますが、それについてはどういうお気持ちですか?」
「あら、お兄様ってまだ残っていたの? 相手の名前なんて一々確認してないから、知らなかったわ。ま、どうでもいいけど」
「ど、どうでも……えっと、その……お兄さんを相手にして、どう戦われていきますか……?」
「貴方、お兄様の試合は見ているかしら?」
「は、はい」
「そう。私は見てもないし興味もないわ。そして私のやることは変わらない。貴女から見て、私はやり方を変える必要に見えたのかしら?」
「あぁ……」
わざわざそんなこと言わせるな、とばかりのユーリアの態度に、女子アナ生徒も恐縮するしかない。もうダーヴィットに勝ち目がないのはわかっている。そんな顔だ。
「ま、貴女も仕事だものね。絵がほしいのでしょう。いいわ、お兄様への一言、というものでも撮らせてあげるわ」
「あ、ありがとうございます!」
それを見かねてのように、しょうがないわねとばかりにユーリアは肩を揺らす。ムチの後に飴でも与えられた子供のように、女子アナ生徒はパッと笑った。
「煌宮蒼一と賭け事を始めていたようだけど、私たちの目的はもう変わっているわ。カノンたちが登ってくる決勝まで、作業のように進むだけ。お兄様のことは路傍の石ころくらいにしか考えていないの。……ま、そんな石ころを蹴り飛ばすだけで家督が貰えるんだから、費用対効果は悪くないわね」
「家督が、貰えるですか……? ユーリアさんがですか?」
女子アナ生徒は、唖然としながらも目を見開き驚いた。
ラクストレーム家の男尊女卑は有名である。
台覧戦で才能の差を見せつけた程度で、そんな話に発展することに驚いたのだ。
「私と三井小太郎、二人だけの力で決勝まで上がったら、煌宮蒼一はユーリア・ラクストレームに隷属する。私への報酬として、そんな誓約をかけているのよ、この男は」
「隷属……誓約……えぇええええええええええええ!?」
素っ頓狂ともいえる叫び声。
驚いたのは女子アナ生徒だけではなく、耳を傾けていた者たちもざわついていた。
「聞いているかしら、お兄様。この男が私に隷属する。その意味はわかるわよね? 欲しい物でもなかったけれど、貰えると言うなら折角よ。ラクストレーム家は私が貰ってあげるわ。その暁にはお兄様たち全員放逐予定だから、腰掛ける場所は早めに見つけておきなさい」
「さらっと言いますけど、え、え。とんでもない話ですよね……?」
女子アナ生徒は驚愕しながらも、その目はもうユーリアを捉えていない。
なぜそんな大層な誓約をかけてしまったのか。
それを問いたそうにこちらに視線を送ってきた。
「全ては決勝に登ってくる、あのカス共を血祭りにあげるためだ」
「カス共……?」
一体誰のことを指しているのかと女子アナ生徒は首を傾げた。
「俺を騙し、裏切ったカス共は絶対に許さん。あのカス共は必ずこの手で血祭りにあげてやる。だがそのためには決勝まで、安全に勝ち進む必要がある。そのためなら俺はなんでもする。全てを捨て去ってもいい。ユーリアの椅子でもバター犬でも種馬でも、なんにでもなってやる。それはそれで楽しそうだ」
女子アナ生徒に手を伸ばし、そのマイクを奪い取った。
決勝へ繰り広げられるであろう脳内に思い描く光景。口角が思わず吊り上がる。
「楽しみに待っていろカス共! ユーリアと小太郎の手によって動けなくなったところを、じわじわじわじわいたぶり、血祭りにあげてくれる! そして泣き、叫び、許しを請うその姿に向かって、こう叫んでやる。『ざまぁみろ、これが俺を騙し裏切った末路だ!』ってな。それを持って我が復讐の完成とする。ハッハッハッハ!」
哄笑を高らかにあげ、奴らへの復讐を語った。
女子アナ生徒だけではない。
この場にいる全員がこの姿にドン引きするのだった。




