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蒼き叡智の魔導書 ~エロゲの嫁キャラたちに転生した悪友どもがいる限り、俺がヒロインと結ばれるのは難しい~  作者: 二上圭@じたこよ発売中
3 二位

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30/70

29 二位

 アニメ、マンガ、ゲーム。いずれも地球で築かれた娯楽文化であることくらい知っている。


 それこそが自分の世界だと断言したカノンに、怒りや憎しみ、ついには殺意を通り越して唖然としてしまった。


「貴方はそんなものに傾倒して、変わったとでも言うの?」


「そうだ、俺の人生にして生きがいだ。君もどうだ?」


「絶対に嫌」


「なぜだ?」


「そんなの子供の娯楽でしょ? つまらない。試す価値なんてないわ」


「中身も知らず、なぜつまらないとわかる? 周りがそういうものだと言っていたから、つまらないものだと流されているだけだろ」


 言葉に詰まった。


 胸の奥にある小さなプライドが、周りに流されている、なんて扱いをされたのが傷ついた。それは違うとハッキリ声に出せないからこそ、返答を窮するのだ。


「なら、比べてみろユーリア。小耳に挟んだ世間の価値観と、黒き黎明を手にした男の価値観。どちらの価値観(せかい)が面白そうだ?」


 屈託のない笑顔を浮かべるカノンに、問いかけ以上の驚きを覚えた。


 カノンという男を知ってから、彼の笑顔は仮面であることを悟った。場に応じた模範的な笑いは、いつしか薄気味悪さを覚えたほどだ。


 そこに浮かぶは、人の営みの中で生まれる自然な笑顔。この男にそんな機能があったことに、声を失うほどの衝撃が走った。


 私の知るカノン・リーゼンフェルトは死んでしまった。


 それだけが明確な事実として、受け止めざるえなかった。


「今更……貴方のことなんて信じられるわけないじゃない」


 希望を持たせるだけ持たせて、期待を煽るだけ煽って、あっさりと前言を撤回し、一人楽しそうな世界を見出したこの男が、あまりにも憎らしかった。


「なら、また幸福が得られる幸運が降りてくるのを待つのか? そんな人間に待っているのは得てして、騙され食い物にされる未来だぞ」


「ええ、確かに騙されたわ。いい経験ね。一生恨んでやるわ」


「一生恨むほどの熱量があるのなら、もう一度騙されて……いや、俺の世界を覗いてみろ。なに、ダメで元々。降って湧いてくることに時間を浪費するくらいなら、新しい価値観を少しは試してみろ。案外、面白い世界が転がっているかも知れんぞ?」


 カノンは仮面ではない微笑みを向けた。


 なぜこんなにもしつこいのだろうか。放っておけばいい。なぜそこまでして、私の手を引っ張ろうとしてくるのか。


「もし俺の世界がつまらないと答えを出したとしても、俺の世界はあらゆる世界の入り口に繋がっている。その中でも、興味が湧いた世界を新たに試してみればいい。


 だからユーリア・ラクストレーム。一度は騙した責任を取れと言うのなら良いだろう、男らしくここは責任を取って、君がその幸福を見つけられるまで、いくらでも付き合おう。それまでは俺も、神となるのも声優との結婚もお預けだ」


 胸を張るように、カノンはそう言い切った。


 カノンという人間に思い入れはないのだけれど、人の変わりようは不安になるほどだ。


 私は、幸福を得られないなりに、怒りと哀しみは一人前の人間である。


 人任せの航海で幸福を得ようなど、愚かであるのは心の底では承知していた。なにもしないでおいて、突然行き先が変わったと告げられても、憤る権利などないのだ。


 けれど一人前の感情が、この男を憎いと叫んだ。信じてはいけないと警笛を鳴らした。


 今日カノンが口にしてきた数々は正論である。動かないのはただの怠惰であり、つまらない時間が流れるだけ。同じつまらないなら、試すだけ試した失敗も、無為に流れた時間という意味で同じである。


 ダメで元々なら、失望することはない。


 伸ばされた手を掴むのを躊躇っているのは、ユーリア・ラクストレームという女の意固地なプライドだけであった。いっそ捨ててしまえるのなら、どれだけ楽であるか。しかしそのプライドこそが、私の人格形成の多くを占めているらしい。


 真っ直ぐと見つめられている内に、いつしか私はその目を逸らしていた。


 このままでは自分の中が変わってしまう。


 それが恐ろしく、怖くて、新たな――


「渡辺」


 そんななにかが変わらんとする私を阻むように、もしくは守るように、横合いから声がもたらされた。


 声がした方角。塔屋へと目を向ける。


 煌宮蒼一がそこにはいた。


 ここには私とカノンだけ。渡辺なんて記号を持つ者はいないはずなのに、


「なんだ、佐藤……?」


 カノンが返事をする。そして煌宮蒼一をそう呼ぶことこそが正しいとばかりに、佐藤だなんて口にした。


 小さな舌打ちが聞こえた。カノンの眉間はピクピク動いており、皺を寄るのを堪えるように見えた。


「思い出したよ」


 蒼き叡智を手にした落ちこぼれが、どんな人格なのかは私は知らない。今日まで知ることもなければ、興味もなかった。


 それでも彼が出すだろう音が、本来より低かろうとはわかった。


「……蒼グリにはヒロインじゃないのに、人気投票ではサクラを抜いて二位のキャラがいたな」


 蒼一から紡がれる言葉の意味は、なにひとつわからない。


 唸るようなうめき声がした。見るとカノンの額には冷や汗が浮かんでいる。その顔は戦慄すら覚えているようだった。


「どれだけ痛くて、苦しくて、そして辛くても、おまえは道を乗り越えると言った。蒼グリの世界へ来たなら、魂の嫁に命を捧げるとまで語っていた」


 蒼き叡智を手にした男がこちらを一瞥する。


「オタクの神となり声優と結婚する? ハッ、まんまと騙されたよ。魂の嫁がいる世界で、そんな安易な道をおまえが行くわけがないっていうのにな」


 凄みながら蒼一はカノンを睨みつけた。


「ユーリア・ラクストレーム。最初からおまえは、その一点狙いだな」


 いつの間にか、蒼一の手には魔道書が顕現していた。


「離れろ、ユーリア。こいつはもう、おまえの知っているカノンじゃない。おまえの身体を貪りたいだけの、薄汚いただの気持ち悪いオタクだ!」


 煌宮蒼一は吐き捨てるようにカノンをそう評した。


 なにを一体言っているのか。この身体が未発達であるのは、自分が一番承知している。十六を迎えようという歳でありながら、短躯であり胸部も子供のそれと変わらない。とてもじゃないが男の情欲を煽れる身体ではなかった。


 女として自らの肉体に劣等感を覚えたことはない。だがリリエンタールのお姫様のような肉体と並べられたとき、男がどちらを選ぶかくらいはよく承知していた。


 カノンが私の身体を狙っているなんて言われても、鼻で笑ってしまう。


「一緒にするな処女厨が! ワンクールごとに嫁を乗り換えるにわかと違い、俺の想いは邪な気持ちだけでは断じてない! 俺は心の底から、ユーリアたんにこの愛を、そして魂を捧げている!」


 脳が掻き回されるほどの意味不明な叫声が上がった。


 ついに頭の処理が限界に達したか。目の前でなにが起きているかわからない。ただ唯一得られた感情は『ユーリアたん』という響きに気持ち悪さを覚えたくらいだ。


「おまえが過去に、どれだけ俺の邪魔をしてきたか忘れたか? 貴様のその本懐、絶対に遂げさせんぞ、渡辺!」


「次元を超え、ついに辿り着いたこの世界。その夢の前に立ちはだかり邪魔をするというか、カスが。いいだろう佐藤。鈴木には悪いが、貴様をここで葬ってくれる!」


 肌が粟立つほどのマナが轟いた。


 これがマナに直接訴えかける、黒き黎明の力か。


 蒼き叡智の魔導書が光り輝く。


 オドとも違う、マナとも違う、未知の力の奔流を感じた。彼は既に、蒼き叡智を使いこなしているとでも言うのだろうか。


 一触即発。次の瞬間には今にも殺し合わんとする二人。


「がっ!」


 いつの間にかカノンの背後を取っていたサクラが、その頭部に刀を振り下ろしてた。


 呆気なく倒れ込むカノン。出血していないことから峰打ちなのだろう。刀で自らの肩をポンポンと叩きながら、サクラは倒れたカノンの頭を踏みにじっている。


「全く……なにしているのよ、あんたたちは」


 塔屋には煌宮蒼一の代わりに、なぜかクリスティアーネが佇んでいた。かの蒼の賢者が残した聖遺物、蒼剣ブラウエーデルシュタインを手にしている。おそらくサクラのように、それで蒼一を気絶させたのかもしれない。


 煌宮蒼一がどれほどの力を持っているかはわからぬが、カノンとやりあったら周囲への被害は甚大だったろう。二人はどうやら、それを止めたようだ。


 気絶した煌宮蒼一に肩を貸すような体勢で、飛び降りてくるクリスティアーネ。私に一瞥をくれることもなく、扉から煌宮蒼一を連れて出ていってしまった。


 一方、気絶したカノンの片足をずるずると引きずるサクラ。


 ふと、思い出したようにこちらを見ると、


「庭キャン、来るの?」


「い、行かないわよ」


「そう」


 私に興味を失ったかのように屋上から去っていた。


 一人屋上へ取り残された私は、


「……なんだったの、あれ」


 とだけしか声を漏らせなかったのである。

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自殺を止めてきたオタク青年の話。そのまま隣人にオタクへ染められた話。そんな彼が死んだ話。(仮)
一巻完結ものの新作で、女子高生に蒼グリをやらせたりする話です。
某キャラも出てきますので、こちらのほうも応援頂きたく願います。
― 新着の感想 ―
[良い点] とても面白くて笑いを堪えられませんでした。
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