66. 呪いの令嬢の評判
扉を隔てた会場からは、先日の近しい人だけを集めたお茶会や謁見とは違う空気が感じられた。
入場すれば大々的に名前が呼ばれる上、集まった人の規模も桁違いだ。
しかもここはあのエルガー殿下から婚約破棄された会場。
私が断罪され、死刑になる筈だった場所だ。
入る気にもなれずナーシャと扉の前にいると、そこからエルガー殿下とレオポルド様が出てくる。
「やってくれたか。ナーシャ、では行こう」
「はいっ!」
腕を差し出したエルガー殿下に、ナーシャは手を添えて行ってしまう。扉が開かれて、ナーシャの名前が会場中に響き渡るのが聞こえる。
「ナーシャ・ペイジ男爵令嬢ーッ!!」
(あんな大きい声で呼ばれたら、間違いなく注目の的ね……)
私の心配を他所に、レオポルド様が微笑みかけてくる。
久しぶりにまみえたそのお姿に、胸が熱くなった。
それと同時に申し訳なさが込み上げてくる。
「グリーゼル、そのドレスよく似合ってるよ。とても綺麗だ」
「このドレスもレオポルド様が……?」
「そうだよ。傷跡も綺麗に消えてるね」
レオポルド様は頷くと、さっきのエルガー殿下のように腕を差し出す。
それでもやっぱりレオポルド様に迷惑はかけたくない。
「いけません。わたくしのような者を伴っては……それに」
「大丈夫。僕を信じて」
レオポルド様にそう言われると、信じてしまいたくなる。
それでもまだ躊躇う私の手を取ると、レオポルド様の腕に添えられた。そしてすぐに扉を開けるよう指示してしまう。
手を引かれ扉が開かれると、眩い光に目を細める。
キラキラと光を放つシャンデリアが、大理石のフロアに反射していた。
その上を色とりどりのドレスやタキシードが、クルクルと円を描いて踊っていた。
「グリーゼル・ツッカーベルク侯爵令嬢ーッ!!」
私の名前が会場中に響き渡ると、近くにいた人だけでなく、踊っていた人たちまでダンスを一旦止めて、一斉にこちらに目を向けた。
私は内心悲鳴が出そうだったが、これまで社交会で培ってきた経験を総動員して平静を装って歩く。
「あの方がグリーゼル様ね、温室を開発なさったとか」
「知らないのかい? 開発したのは温室だけじゃないよ」
「解呪ができる程、かなり優秀な呪術師とお聞きしたよ」
「綺麗な方ねえ。殿下とお似合いだわ」
口々に聞こえてくる話し声には、悪い噂は微塵も含まれていなかった。
それどころかなんだかむず痒いほどの褒め言葉ばかりだ。
私は思わず目をパチクリして、レオポルド様を見てしまう。
「レオポルド様、あの……これは一体」
「全てグリーゼルの功績だよ」
私の功績と話すレオポルド様は、なんだか誇らしげだった。
「以前からシスに頼んでグリーゼルの噂を流していたんだよ。でも嘘は流していないし、誇張もしてない。全部本当のことだけ」
レオポルド様はあくまで私の功績だと強調する。
私は何を臆病になっていたんだろう。
こんなに素敵な人に後押しされて、隣にいていい存在として押し上げてくださって。
今度は私からきちんと気持ちを伝えよう。
「あのっ……」
私が口を開くよりも早く、スッと手を差し出された。
「僕と踊ってくれますか?」
好きでいっぱいになった私の胸に、更に嬉しいが注がれる。
「はい」
手を取りダンスフロアへ行くと、ワルツの曲が私たちを誘う。
誘われるまま、レオポルド様は私の背中に手を回した。
そしてゆっくりとステップを踏み始める。
久しぶりに踊るワルツに、ちゃんと踊れるか心配だったけど……すごく踊りやすい。
ゆっくり踊り始めたレオポルド様も同じだったのかと思ったけれど、とても久しぶりとは思えないリードの巧さ。
「さすがだね」
「レオポルド様もですわ」
「ちょっとスピードアップしてもいいかい?」
「ええ」
楽しくなってきた私は、求めるように頷いた。
一気にスピードアップして、ダンスフロアの中央まで駆け抜ける。
これだけスピードを出してるのに、全く人とぶつかりそうにならない。
腕を組んだままくるくると回って最後に背を仰反ると、私たちのダンスに見入っている人たちが見えた。
でももう人目も気にならず、ただただ楽しい。
ちょっと難しいステップを踏んでみても、合わせてくれる。
それどころかもっと難しいステップで返ってくる。
私たちは夢中で踊り続けた。
曲がゆっくりになり始め、終わりが近いことを知らせる。
少し名残惜しく思いながら、レオポルド様の腕の中でくるくると回り、曲の終わりに合わせて最後のポーズを決めた。
弾んだ息を鎮めるように二人で礼をすると、拍手の嵐が降り注いだ。
いつの間にかダンスフロアの周りに人集りができていたみたい。
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