65. 傷跡
屋敷に着くなり、私はお父様に言い放った。
「お父様、わたくしがもう呪いをかけられないように閉じ込めてくださいまし!」
「は……?」
部屋に籠る心積りの私は部屋を見回して、愕然とした。
そこかしこに呪術の本があるからだ。
狂ったようにそれらを集め始める私に、ダニーロが躊躇いがちに声をかける。
「お嬢様、いかがなさったんですか?」
「わたくしが周りからなんて思われているかは知っているわ。だから呪いを……遠ざけたいの」
泣きそうになって言う私に、護衛騎士たちは力を貸してくれた。
すでに倉庫と化している地下の呪い部屋に、集めた呪術の本を押し込めた。
それからは屋敷どころか部屋からもあまり出ずに過ごした。
あれから何度かレオポルド様が訪ねてきてくれたと聞いたけれど、レオポルド様にだけは会う勇気が出なかった。
殺風景になった部屋には、一目惚れして買った可愛らしい小物入れと、王妃教育のための本くらいしかない。
閑散とした本棚から一冊の本を無意識に取り出した。
「近隣諸国の情報はもう古いわね」
相変わらず何度も訪ねてきてくださるレオポルド様に申し訳なく思いながら、面会をお断りした。私の役目が終わってしまったのは事実なので、何を話していいのかも分からない。
今日開かれるという式典にも、参加しないつもりだ。
静かに本を読んでいると、扉がバンッと無遠慮に開かれた。
そこには何故かナーシャが腰に手を当てて立っていた。
「ちょっと何引き篭もってるの? キモいんですけど」
(ヒ、ヒドイ)
ナーシャの後ろからはひょこっとミーナが顔を出した。
しかもミーナは何故かドレスを抱えている。
「久しぶり〜」
ミーナがひらひら手を振るのも無視して、ナーシャがズカズカと入ってくる。
「さあ、式典に行くわよ!」
「え?? ちょっと待って。わたくし、式典には行かないってお父様に……」
今日式典があることは聞いていた。
しかし大勢の前で呪いの令嬢として糾弾された私が、式典になんか出ればどうなるのか。考えただけで身震いする。
しかも私がレオポルド様のお側にいては、また何て言われるか。レオポルド様の評判まで落としかねない。
「ぐだぐた言ってないで、準備する!」
ナーシャに強引に立たされて、ミーナが私をドレスアップしていく。
しかしどう見ても胸が開いたドレスからは、大きな傷跡が醜く晒されていた。
「いくらなんでもこんな姿で人前には出られないわ」
ナーシャは傷跡を睨んで、当たり前とばかりに頷いた。
「そうね」
「そうねって……」
ナーシャの反応に困惑するしかできない。
ミーナにもこの傷が見えているでしょうに、鼻歌混じりで髪をセットしている。
「さあ、最後の仕上げをするわよ。まずは手を出して」
そう言ったナーシャは私の前に来て、両腕の傷跡を確認する。
「いつもは手袋をしてるんだけど」
その傷跡に当てたナーシャの手から白い光が溢れる。
光魔法だ。
すると光に合わせて傷跡が細くなり、最後には跡形もなく消えて無くなった。
「え!?」
「次は胸よ」
今度は胸に手を当てて、また光魔法で傷跡を消していく。
肩から胸の谷間に向けてある深い傷跡がどんどん浅くなり、短くなっていく。
ナーシャの額には薄らと汗が滲んでいた。
最後に胸の谷間に月のような跡を残して、傷跡は綺麗に消えた。
「これが限界よ」
ナーシャは大きく息を吐き、隣のソファにもたれかかった。
「では残った傷はファンデーションで隠しましょう」
ミーナが楽しそうに提案して、傷跡を隠していく。
ミーナとナーシャのお陰で完璧に整えられ、式典に出ても遜色ない姿に生まれ変わった。
「はーっ、魔力ほとんど使い切ったわ。レオポルド殿下に感謝しなさいよ」
手でパタパタ顔を仰ぎながら、ナーシャは依頼主の名を挙げる。
「え、じゃあナーシャはレオポルド様に言われて……?」
「そうよ。あの呪いで死にかけた後にお願いされたの。グリーゼルの傷跡を消してほしいって」
(レオポルド様はずっと気にしていらしたんだ……)
綺麗になった胸元に手を当て、レオポルド様の優しさに焦がれた。
本当は会いたい……。
でも……。
「さあ、行くわよ!」
「えっ」
ナーシャは嫌がる私を強引に馬車に乗せ、王城まで連れてきた。