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62. 弟子の懺悔

 ――ダンッ!!


 ニクラウスは拳を机に叩きつけた。

 机の上の小物が落ちるのも気にせず、血走った目で目の前の緑の炎を睨みつける。


「確かに一度魔力が消えたというのに……何故だ!」


「先生……?」


 机から落ちた小物を回収するラリーは、見たこともない師の恐ろしい形相にたじろいだ。

 何事かとラリーも机越しに炎を覗き込んだ時、ガチャガチャと金属が擦れる音とともに階段を駆け上がってくる気配に気づく。

 しかも一人や二人ではない。

 

 バンッ!

 

 扉を勢いよく開けて入ってきたのは、騎士数人を引き連れたレオポルドだった。


「何事ですか? 殿下」


 訝しげに尋ねるラリーを無視して、レオポルドは炎の前で動かないニクラウスを拘束するよう騎士たちに指示した。

 武器を構えた騎士たちがぞろぞろとラリーの横を通り過ぎる。


「な、やめてください! 何をするんですか!」


 ラリーの制止を通り過ぎて、騎士の手がニクラウスに伸びようとした。

 その時、ニクラウスの周りに底が見えないほどの真っ暗な闇の沼が滲み出た。

 闇はニクラウスを捉えようとした騎士たちの足元まで伸びた。


 ドプンッ。

 

 騎士たちはその中に引き摺られるように落ちていく。

 

「うわあああっ!!」


「止まれ!」

 

 レオポルドは自身の風魔法で、騎士たちを空中に浮かせ、闇の沼がない場所まで避難させた。

 助かった騎士たちはすぐに体制を立て直し、攻勢に出る。

 一人は氷の矢を放ち、もう一人はニクラウスの後ろの壁から荊を出す。

 荊がニクラウスに届く直前で、沼から出た闇の手が荊を掴む。

 

「ふふはははは……」


 今度はニクラウス自身が闇の沼に沈んでいき、誰もいなくなった場所を氷の矢が通り過ぎる。

 

 レオポルドはラリー胸ぐらに掴みかかる。

 

「ニクラウスはどこに行った!」


 ラリーはそれ以上何もされないように、両手でレオポルドの腕を掴み、睨み返す。

 

「一体どういうことなんですか!? 先生が何をしたって言うんです。説明してください」


「ニクラウスは五年前、僕に呪いをかけた犯人だ」

 

 ラリーは信じられないように、ギョッと目を見開いた。

 

「グリーゼルが呪文にニクラウスの癖があったと教えてくれたんだ。それにニクラウスは、あの呪文を構成している闇と風の魔力を持っている」

 

 視線を落としたラリーは、レオポルドの腕を掴んでいた手を力なく落とした。

 グリーゼルが言うならば、間違いはない。

 彼女がそんな嘘を吐かないことは充分知っているし、一緒にニクラウスの呪文を見てきた仲だ。

 

「先生がどこに行ったのかは分かりません。でも先生があの闇魔法で三百メートル以上移動したところは、見たことがありません」

 

 情報をすぐに騎士に伝えて、周囲三百メートルを捜索するように指示する。騎士たちはすぐに散開して捜索を始めた。

 

 レオポルドが手を離すと、ラリーは糸が切れたように床に崩れ落ちた。

 

「……グリーゼルは呪いを解いたんですね」

 

「ああ。呪いの風で怪我をすることも厭わずにね」

 

「? 呪いは出なくなったと聞きましたけど」

 

「突然三秒ごとに呪いが発動するようになったんだ」

 

「呪いがまた書き変わったということですか!?」

 

 レオポルドは頷いた。

 グリーゼルが確かにそう言っていた。

 

「嗚呼……そういうことか」

 

 納得した様子のラリーは、絶望するように両手で顔を覆った。

 

「?」

 

「グリーゼルから呪文を改ざんしたことを聞いてから、私たちはその研究を始めたんです。暫くして、光魔法で呪文を部分的に消せることが分かりました」

 

 レオポルドはラリーの言葉の意味することが分かり、静かに耳を傾けた。

 

「先生は光の魔力が入ったピトサイト鉱石を秘密裏に入手していました。きっとそれで殿下の呪いを一部消して、書き換えたんでしょう。私も研究に参加していたので同罪です」

 

「何も知らなかった君をどうこうするつもりはないよ」

 

 ラリーは勢いよく顔を上げた。

 

「何故ですか!?」

 

「これ以上グリーゼルを悲しませたくはない。……例えグリーゼルに媚薬を持ったのが君だとしても、ね」

 

「!! ……ご存知だったんですね」

 

「理由を聞いてもいいかい?」

 

「私はグリーゼルが欲しかったんです。体を重ねてしまえば、グリーゼルならきっと私のところに来るしかないと考えると……」

 

「…………最低だね」

 

 レオポルドは呆れた。

 やはり罪を公にして捕らえるべきか、考えるほどに。

 しかしそれではグリーゼルを悲しませると、考えるのをやめた。

 

「何とでもおっしゃっていただいて結構です。貴方に分かりますか。幼い頃からずっと好きだった彼女が、やっと手に入る爵位を手にしたんです。エルガー殿下から婚約破棄された今しかないと……」

 

 ラリーは子爵だ。

 子爵では侯爵令嬢に求婚したとしても、袖にされるだけだろう。

 しかし伯爵に陞爵(しょうしゃく)が決まったと言っていた。尚且つエルガーから婚約破棄された状態なら、親しい間柄のラリーを受け入れてもおかしくはない。

 

「爵位は辞退します。もう意味もありませんから……」

 

 せめてもの罪滅ぼしだろうことは分かったが、レオポルドは何も言わなかった。

 そこに再び真っ黒な闇が地面から溢れて、水溜りのように広がった。

 まだ騎士たちからは何の連絡もない。

 

「ニクラウスか!」

 

 レオポルドは壁から蔓を伸ばし、捕まえる準備をして待ち構えた。手に出した風の攻撃魔法もいつでも飛ばせる。

 

「おや、そんなことをしていいのですか?」

 

 闇から顔を出したニクラウスが妖しく笑う。

 更に闇から上がってくると、その手には後ろ手を拘束されたグリーゼルが捕まっていた。

 蔓はピタリと止まり、レオポルドは手から風魔法を消した。


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