60. お願い
目を覚ますと、見慣れた天蓋が見えた。
ここは僕の寝室のベッドだ。
そういえばグリーゼルがここで目を覚ました時も、このベッドの天蓋を見て慌ててたなとぼんやり思い出す。
おかしくなってクスッと笑いながら体を起こすと、その当人がベッドに突っ伏してスヤスヤと眠っていた。
その愛おしい髪をふわりと撫でて、ふと疑問を口にする。
「なんでこんなところで寝ているんだい?」
側に控えていた護衛騎士たちなら、部屋で休むように言いそうだけれど。
するとジョルジュが申し訳なさそうに頬を掻きながら教えてくれた。
「レオポルド様の魔力が戻るまで、呪いをかけられたらすぐに解けるようにと、お側を離れようとしませんでした」
僕たちの声で目を覚ましたんだろう。顔を上げたグリーゼルは、僕の顔を見るとクシャッと相好を崩す。
「レオポルド様、本当によくご無事で」
「君のお陰だよ。君が僕の城に来るまでは死にたいとさえ思っていたというのに……今はこんなに生きていることが嬉しい」
グリーゼルの頬には、涙の跡がこびりついていて、目も赤くに腫れていた。
休まずにずっとここにいたんだろう。
一目で疲労が色濃く分かるその姿に心が痛む。
「そろそろ部屋で休んだ方がいい。今度はグリーゼルが倒れてしまうよ」
「いいえ、まだレオポルド様のお側にいますわ。もしまた呪いがかけられたら」
「可愛いことを言ってくれるのは嬉しいけど……。それじゃあここで寝るかい?」
布団の端を少しめくり、意地悪く笑って言う。
僕はそれでもいいけれど、きっとグリーゼルがそうはしないだろうと分かった上で。
予想通り、グリーゼルの顔は一瞬で茹で上がり、両手で頬を隠して立ち上がった。
「けけ結構ですわ! 分かりました。もう休みます」
僕のお願いを聞いてくれる様子のグリーゼルは、何度もこちらを顧みながら扉に手をかける。
「ナーシャを呼びますけど、呪術の気配があったらすぐに起こしてくださいね」
最後に捨て台詞のようなものを吐いて、部屋を出て行った。
なんでナーシャ嬢? ああ、光魔法で解呪できるからか。無理矢理だけど。でもちょうどいい。
暫くすると予告通りナーシャ嬢が現れた。
僕はベッドの上から一言断る。
「こんな格好ですまないね」
「いえ、グリーゼルの頼みですし。それよりレオポルド殿下はもう大丈夫なんですか?」
ナーシャ嬢の言い方から、意外とグリーゼルと親しくなっていたことに驚く。
「ああ、もう大丈夫じゃないかな。魔力も戻ってきてるみたいだし」
もう呪いも解呪してもらったからか、すこぶる調子がいい。
手を開いたり閉じたりしながら魔力を確認して、軽く答えた。
「そうですか。良かった。一時はどうなることかと」
ほっと息をつくナーシャ嬢に、僕は以前から考えていたお願いをする。
「ところでお願いがあるんだけど――――」
ナーシャ嬢は顎に手を当てて、考えるポーズをする。
難しいお願いをしているのは分かっているけれど、他にも頼める人も知らない。
「できなくはないと思いますけど、完全には難しいと思いますよ」
できないと言われなかったことに、ホッと胸を撫で下ろす。
何せ光の魔力を持つ者は珍しい。
「それでもいいんだ。頼むよ」
「分かりました」