59. あなたがいない未来
辺境伯城のベッドで、レオポルド様は穏やかな顔で眠りについている。
そのお顔を覗き込むと、規則正しい寝息が聞こえてくる。
医師に診てもらったら、後は自然と魔力が戻るまで休むのが一番とのことだ。
ただ急激に魔力を使った負担は、やはり相当大きいらしい。
城に着く前にまた意識を失ってしまった。
今また呪術がかけられれば、間違いなくレオポルド様の命はない。
私はそれが恐ろしくて堪らない。
レオポルド様を失うなんて……。
眠りを妨げないよう部屋は薄暗くしてある。
私がベッドの傍に佇んでいると、静かに扉が開く音が聞こえた。
「レオポルドはまだ目を覚さないか?」
振り向くと、バートランド様だった。
泣き腫らしたあとがまだ腫れぼったくて、少し恥ずかしい。
「はい。よく眠っておいでです」
バートランド様はベッドの反対側に立ち、レオポルド様の様子を眺めた。
「うん。生きているな」
「バートランド様…………。わたくし、レオポルド様が倒れたとき、とても怖くて……」
その先を口にすることもできず、両腕を抱きしめた。
それも虚しく頭の中にはあの光景が浮かんできて、すでに腫れた目からまた雫が溢れ落ちる。
私の腕の中で崩れ落ちたレオポルド様。
私の力が足りなくて、レオポルド様を死なせてしまうと、無力感に苛まれた。
そのお身体はとても冷たくて、もう手遅れなのではと絶望した。
……もうあの優しい顔で微笑んではくれないんだと。
「わたくし、これ以上レオポルド様を好きになってはいけないと思っていたんです。でももう手遅れでした。レオポルド様がいない世界なんて想像できません」
暫く返事はなかった。
……なんてことを口走ってしまったんだろう。
焦って顔を上げると、バートランド様は天を仰いでいた。
「これはオレがどれだけ待っても、靡きそうにないな」
顔を戻したバートランド様は、苦笑いを浮かべていた。
バートランド様には、求婚をされていた。
そのバートランド様に向かって、レオポルド様を好きと言うなんて……。
恥ずかしさと申し訳なさで、どうにかなりそう。
「…………申し訳ありません」
「謝る必要はない。貴女の気持ちは伝わった」
バートランド様は眠るレオポルド様の頭をクシャッと撫でた。
「全く呑気に寝ていやがって。聞いたか? 早く元気になってグリーゼルを安心させてやれ」
バートランド様の声は、全く怒ってなんかいなくて、まるでレオポルド様のお兄様のようだ。
「グリーゼル。レオポルドの呪いを解いてくれて、ありがとうな」
それだけ言って、バートランド様は出口へ向かった。
ドアに手をかけたところで、そのすぐ横に佇むクルトを見てピタリと足を止める。
ジーッと見つめるバートランド様に、クルトが狼狽え始めた。
「な、なんですか?」
「……女性騎士か。珍しいな」
クルトは驚いた表情で、口をわなわなさせていた。
無理もない。私も暫くクルトが女性であるとは気づかなかった。他の人にも気づかれたことは、ほぼないと漏らしていたし。
「なんで、知って……!?」
「いや今気づいただけだが?」
「!?」
多くの女性を見てきたから、バートランド様には分かってしまうんだろうか。それにしてもすごい洞察力だ。しかも薄暗いこの部屋で。
声もなく驚いていたクルトは、なぜか身構えるように口を開いた。
「女が騎士なんかやってるのは変ですか」
その言い方はクルトらしくない。
いつもはもっと騎士らしく礼儀正しく振る舞っているのに。
きっとそう言われて嫌な気持ちになったことがあるんだろう。
「いや。強かな女性は嫌いじゃない」
そう言って、バートランド様はまた私の方を振り返る。
私とクルトで似ている所でもあったかしら?
バートランド様の色香に当てられたクルトは、首まで真っ赤にしていた。
しかし彼女も騎士だ。ビシッと直立して、卒倒するのを耐えた。
「それじゃあな」と今度こそバートランド様は部屋を出て行った。