58. 魔力の残滓
左肩の呪文を解き終わって顔を上げると、レオポルド様が護衛騎士に防御魔法を掛けたところだった。
解呪に集中していたから、全く気が付かなかった。
何度も護衛騎士たちに防御魔法を掛けてフォローしてくれていたみたい。
魔力は一種類でも枯渇すると死に至る。
今枯渇しそうなのは風の魔力。だから土の魔力を使う防御魔法であれば大丈夫だけど、どうしても心配になる。
風の魔法が意思とは関係なく出続けているんだ。辛くない筈がない。顔色もどんどん悪くなってきている。
隠そうとしているけど、それもままならないくらい青白くなっている。
それでも多くの風魔法と対峙してくれている護衛騎士への防御魔法は必須だ。
――でも、それもこれも私が呪いを解けば、全て終わる!
「あとは最後の一つだけですわ」
右肩に手を当てて、解呪し始めるとそんなに時間は掛からなかった。
「最後は単純な呪文なので、すぐ終わりますよ」
魔力を込めて、解呪の呪文をかける。すると今までで一番早く解呪が成功した。スーッと闇の魔力が抜けていき、風の攻撃魔法が止む。
「これでもう大丈夫ですわ」
フーッと力が抜けたように、膝から崩れ落ちそうになるところを、レオポルド様が抱きとめてくれる。
涙を溜めてお礼を言おうとした時――
またヒュルルッと風魔法が出現した。
「なん、で……?」
再び発生した風魔法に愕然とする。
護衛騎士たちが出た風を消し去っていくが、もうそれも限界が近い。膝に手をついて肩で息をしている者もいる。
残りの呪文を探さなくては……!
もう……レオポルド様の風の魔力が、消えそうなほどしか感じられない。
消えては駄目!!
どこ!? 呪文は……
「グリーゼル……ありがとう。君はこれ以上ないほど、手を尽くしてくれた」
そんな……もう終わりみたいなこと……。
レオポルド様の指が私の頬に流れる雫を拭う。
「君は充分やってくれた。気に病まないでおくれ。……愛しているよ」
レオポルド様の冷たい唇が、そっと私の唇に触れた。
まるでこれが最後のように、優しく。
そして唇が離れると…………レオポルド様は崩れ落ちた。
「レオポルド様ぁぁ!!」
倒れるレオポルド様を両手で支え、胸に抱き寄せる。
きっと最後であろう風魔法がまたヒュルルと出現する。
「殿下! お嬢様!!」
護衛騎士たちの声が白い雪原に響き渡る。
もう雪は止んでいた。
レオポルド様は何度も私を助けてくださったのに……。
私は何もお返しできていない。
初めてお会いした時だって、解呪の本を探している私に本を渡してくださった。
呪いで傷を負った時だって、レオポルド様のせいじゃないのに、私のために泣いてくださった。
私がエルガー殿下から逃げた時も、優しく抱きしめて慰めてくださった。
毒だって、レオポルド様が治してくれなければ……私は!!
ギュッとレオポルド様の頭を抱き寄せた時……首の後ろにかすかな闇の魔力を感じた。
「ここだわ!」
間に合って! 間に合って!!
夢中で呪文を見て、どの呪文よりも早く解呪した。
すぐに闇の魔力がスーッと抜けていくのを感じる。
「レオポルド様……目を開けてください!」
溢れる涙も構わず、レオポルド様に呼びかける。
しかしもうその手はピクリとも動かず、涙を拭ってはくれなかった。
風魔法がなくなった護衛騎士たちが、集まってくるのが横目で見えたが、私も彼らも何も言葉は出なかった。
ただ私の慟哭だけが響いては消えた。
もうかじかんだ手の感覚さえ、なくなってきた頃。
「お嬢様、もう……」
ダニーロが見かねて声をかけてくれる。
でも私はそれ以上聞きたくなくて、首を振って拒否した。
ふとダニーロが視界に入ると、その後ろに近づいてくる人影が見えた。
トールキンに連れられたナーシャだ。
「レオポルド殿下!?!? なんで倒れてるの!? ねえ! グリーゼル!!」
「ごめんなさい……ごめんなさ……」
謝ることしかできず、また涙が溢れる。
顔が見られず目を伏せると、ナーシャのスカートが風に揺れて、手に光る淡い緑色が見えた。
「それは……?」
薄緑色のピトサイト鉱石だ。
「これはグリーゼルの机に置いてあったから、適当に持ってきたの。そんなことより、もうレオポルド殿下を救うことはできないの?」
「それを貸して!」
私の形相に驚いたナーシャが慌てて渡してくれる。
ピトサイト鉱石の中にある風の魔力を操り、レオポルド様に注ぐ。
魔力を注ぎ終わって、ピトサイト鉱石が透明に変わった頃、ピクリとレオポルド様の指が動いた。
「レオポルド様!!」
スローモーションのようにゆっくり目を開けたレオポルド様は、私の涙をその指で拭い、優しく笑った。
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