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56. 絡みつく闇


 割れた窓から吹き込む風を前に、私は立ち尽くしていた。

 

 レオポルド様が行ってしまった……。

 きっと呪いで誰も傷付けないために。

 

 しかしなぜまた呪いが――!?

 呪いが発動する直前、闇の魔力を感じた。

 また改竄されたということ?

 でも時間を表す呪文は、もう書き込めるスペースはなかったはず。

 一体どうやって……?

 

 いや、それよりも呪いをどうにかしなければ。

 さっき調べた胸の呪文は、隙間が埋められていて、書き足すことはできそうになかった。

 ――となると、解呪するしかレオポルド様を助ける方法はない。

 解呪の呪文はまだ全てはできていない。

 闇魔法研究所で調べてもらった呪文を元に、解呪の呪文は考えているけどまだ未完成だ。

 一刻も早く完成させて、レオポルド様の呪いを解呪しなければ。

 

「何ごとでございますか!? 坊っちゃまは」


 物音を聞きつけて、トールキンとバートランド様が駆けつけてきた。

 私は顔を上げ、レオポルド様を助けるべく指示を出す。


「レオポルド様の呪いが再発しました。トールキンはナーシャとエルガー殿下に連絡を取って、ナーシャを大至急連れてきてもらってください。最後の手段ですが、光魔法で解呪が可能です。護衛騎士たちは手分けして、レオポルド様の行方を追って。私は解呪の呪文を完成させます!」

 

「「ハッ!」」

「かしこまりました」

「オレもレオポルドの捜索に加わろう」

 

 護衛騎士たち、トールキン、バートランド様がそれぞれ返事をして動き出した。

 

 一時間半後――。

 

「……できたわ!」


 もう何度も呪文を書いてきたからか、以前よりも呪文を書くスピードが上がっている気がする。

 しかし予想より早く出来上がった呪文(それ)に安堵なんてしていられない。

 残りの呪文は形すら分からないのだから。

 すでにレオポルド様の居場所を突き止め、報告してくれたパトリックに案内を頼む。

 

「パトリック、レオポルド様のところに案内して頂戴」

 

「はい。山の上は寒いので上着を」

 

 そう言いながらパトリックが私の上着を手渡ししてくれる。

 山の上はすでに雪化粧で覆われていた。

 レオポルド様が出て行った時は、ジャケットは着ていたけれど上着はなかった筈。きっと凍えているに違いない。

 

 私はレオポルド様の外套も手にして、クルトとパトリックと共に城を後にした。

 

 

 そこは城の周りを囲う切り立った山の中腹だった。

 辺りは一面の雪景色で、今も雪が降り続いている。

 舞い散る粉雪の中にレオポルド様はいた。

 いくつもの風魔法に囲まれて。

 護衛騎士たち――ヴィクトールとダニーロが一定の距離を保って説得をしてくれている。

 

「来たらダメだ! もう近づかなくても呪いの風が出る!」

 

「え……!?」

 

 ヴィクトールとダニーロは、レオポルド様から2メートル以上離れている。それなのにレオポルド様の周りにはいくつも風魔法が出ていた。見ている間にも、またヒュルルッという音と共に風魔法が出現する。ただ近づかなければ、風魔法は襲ってこないようだ。

 

「いつから!?」

 

「私たちが見つけた時にはもう」

 

 そう答えたダニーロの口からは白い息が絶えず上がり、額には汗が浮かんでいる。ついさっきまで風魔法と対峙していたことが分かる。

 もし城から出た時から三秒ごとに呪いの風が出ているのであれば、もうかなりの魔力を失っている。

 このまま放置すれば風の魔力が枯渇して命を失いかねない。

 

「今すぐ解呪します。レオポルド様、そこから動かないでください」

 

「解呪!? いけない。その前に何度君を傷つけるか……!」

 

 レオポルド様は城から出た時のように、風魔法で飛び立とうとした。

 

「あ! お待ちください!」

 

 私はレオポルド様の足下から闇魔法の糸を出して、レオポルド様の足を地面に縫いとめた。

 

「なっ……これはなに!?」

 

 レオポルド様は何がなんだか分からない様子で、足元の黒い糸と私を交互に見ている。

 

「闇魔法ですわ。わたくしもまさかこんな形で使うことになるとは思いませんでしたけど」


 苦笑いで説明した後、私は護衛騎士たちを振り返る。

 

「わたくしはレオポルド様の呪いを解呪します! みんな力を貸して」

 

「「ハッ!」」

 

 私は風魔法に当たるのも構わず、レオポルド様に近づいた。

 ここからは時間との勝負。怖気付いていては駄目だ。

 クルトとパトリックが私に当たる前に、風魔法を剣で蹴散らしていく。


「グリーゼル……やめてくれ」

 

 レオポルド様は後退ろうとするが、足に絡みつく闇の糸がそれを阻む。

 私は足を止めずにレオポルド様の前まで近寄り、ふわりと外套をかけた。

 手に触れた頬はすでに冷え切っていた。

 

「レオポルド様、必ずお助けします」

 

 両手で温めるようにレオポルド様の頬を覆った。

 もう逃げることをやめたレオポルド様は、ギュッと私を抱きしめた。

 

「君に頼ってばかりですまない」

 

「いいえ、レオポルド様はわたくしを何度も助けてくださいました。今度はわたくしの番です」

 

 レオポルド様は抱きしめる手を緩めたが、離そうとはしなかった。

 

 胸の呪文は分かっている。

 目の呪文も闇魔法研究所で調べてもらったが、近づかなくても発生するということは、これも変わっている可能性がある。

 頬に触れた手を目元まで伸ばし、呪文を調べる。

 

「目の呪文も距離が2キロに伸ばされています……」

 

 2キロでは例え私たちがその外に移動したとしても、住民など誰かしら範囲に入ってしまう。

 

「残りの呪文も探さなくては……」

 

「グリーゼル、きっと肩だ。さっき風が出る前に、嫌な感じが肩からした」

 

「! 分かりましたわ」

 

 レオポルド様が手を離して、肩をこちらに向けてくれる。

 私が少し動いてその肩に手を伸ばした瞬間、至近距離に風が発生する。この至近距離では剣で蹴散らすことはできない。

 

「危ない!」


 咄嗟にレオポルド様が私を抱きしめ、風魔法がレオポルド様を切り裂く。防御魔法が壊れ、こめかみから一筋の赤い血が流れ落ちた。

 

「レオポルド様!」

 

「大丈夫。重ね掛けをしてなかっただけだから。気にせず続けて」


 そう言いながら、レオポルド様がまた防御魔法をかけ直す。

 

「……はい」

 

 私は泣きそうになりそうなのをグッと堪えて、呪文に集中した。

 今は一刻も早く解呪することを考えなければ……。

 

 残りの呪文は完全に未知だ。ただ他の呪文と違って、ただ風を出すだけの呪文は単純なので、きっと解呪も簡単なはず。私は再びレオポルド様の右肩に手を当て、呪文を探った。

 

「ありました!」

 

 二の腕の真ん中より上。注射を打つ位置に呪文が張られている。


 これなら解呪の呪文もすぐにできそうだわ。

 

 私は一番の不安要素がなくなったことで、息を一つ吐いた。


 でもまだこれからよ!

 

 右肩に呪文があって、一つということはないだろう。

 反対の左肩も調べてみると、予想通り風を出す呪文が張られていた。

 

 これで呪文は四つ。

 胸と瞳と両肩だ。

 

 胸と瞳は解呪の呪文がほぼできている。

 微妙に変わっている部分も合わせて、呪文を書き換えながら解呪ができそう。


「レオポルド様、最初の呪文を解呪します。でも残りの呪文を抑える時間がありません。今よりもっと風魔法が出るかもしれませんが、お覚悟を」


 レオポルド様が無言で頷く。

 後ろを振り返り、護衛騎士たちにも声をかけると、短く返事が返ってきた。

 

 レオポルド様に向き直り、ふーっと一息ついてから深く集中する。

 胸に手を当てて、闇の魔力を練った。

 

 胸の呪文は風が出るまでの時間を表している。

 これを解呪すれば、インターバルなしで風魔法が出てくるだろう。そこからは時間との勝負だ。

 魔力を込めた指を滑らせると、完成した呪文がレオポルド様の胸に吸い込まれていく。一拍置いて、闇の魔力がスーッと抜けていくのを感じた。

 

 ――これで一つ解呪できたわ!

 

 闇の魔力の残滓が消え去ると、さっきよりも頻繁に風魔法が出現しはじめた。

 一つまた一つと風魔法がヒュルル、ヒュルル、と畝り出す。

 しかし私はそれに気を取られるわけにはいかない。

 レオポルド様の風の魔力が尽きる前に何としても全ての呪文を解呪しなければいけないのだから。


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