54. 正々堂々
「レオポルド様、宜しかったんですか? せっかく全ての呪文を調べるチャンスでしたのに」
「うん……」
僕は言いようもない不安に襲われて、研究所を出た。
グリーゼルには申し訳ないけど、彼女の先生と兄弟子を疑っているなんて言えるはずがない。
「呪文が分かれば早く解呪できるかもしれませんのに……」
グリーゼルにとっては、早く呪いを解いてバートの求婚を受けたいのかもしれない。もともと僕の呪いを解くまでの約束で、僕のもとにいてくれているだけだ。考え始めると、そうとしか思えず気持ちが沈んでいく。
「随分と浮かない顔だな?」
その声にギクリと心臓が震えた。
「バート……」
顔を上げるとバートだけでなく、グリーゼルまで僕を心配そうに見ている。
……情けない。この程度で取り乱してどうする。
すぐに取り繕い、なんでもないように笑顔を作った。
「なんでもないよ。ところでどうしてここに?」
「グリーゼルが王城に来ていると聞いてきたんだ。一緒に菓子でもどうだ?」
バートは手に持っていた菓子の袋を掲げた。
「せっかくですが、もう帰るところなので……」
グリーゼルは僕をチラッと見た。
きっと僕の顔色が悪いのを心配して、早く帰ろうとしてくれたのかな。
「そうか、オレももう国に帰るし、一緒に行こう」
(え……)
「なんだ。不満か?」
「いや」
バートの国――マクスタットは王都から辺境の国境を越えた先にある。つまり帰り道はずっと一緒ということだ。
予告通り、帰り支度をすでに終えていたバートは僕たちに同行した。マクスタットで用意した馬車もあるが、そちらには乗らずに僕たちと同じ馬車に同乗している。
手提げ袋からお菓子を取り出したバートは、まずはグリーゼルに差し出す。
「レディファーストだ」
「ありがとうございます」
その後に僕にも差し出す。色とりどりのパステルカラーで、一口サイズの可愛らしいお菓子。女性が好みそうなこの選択は、さすがはバートだなと感心した。
「可愛い! マカロンですわね」
「ああ、よく知っているな。ご令嬢たちに王都で流行ってる菓子を教えてもらってな」
嬉しそうにマカロンをひと口齧るグリーゼルを見て、僕まで幸せな気持ちになる。
「グリーゼルに喜んでもらえてよかった」
バートも同じ気持ちらしい。
切長の目を優しげに細めて、グリーゼルを眺めていた。
それからバートは積極的にグリーゼルをエスコートした。馬車の中では楽しい話題を振り、道中泊まった宿では手を取ってエスコート。見事な王子様っぷりだ。
途中物資補給のため、街に立ち寄った。
王都に次ぐ大きい街で、大通りには貴族向けの店も立ち並ぶ商業の街だ。
「ちょっと寄りたい店があるんだが、いいか?」
「いいよ。急いでるわけじゃないし」
バートはグリーゼルをエスコートして、宝飾店に立ち寄った。護衛の都合もあるので、僕も一緒だ。
店の主人が静かにいらっしゃいませとお辞儀をして、奥の展示室に案内される。そこには入ってすぐの展示室より、高級な品が並んでいた。暫くグリーゼルをエスコートしたまま、展示された宝石を見ていたバートが、一つのネックレスの前で止まった。
「グリーゼル、見てくれ。このネックレス、貴方にピッタリだ。オレにプレゼントさせてくれないか」
バートが選んだのは、交差するチェーンに五つのルビーが光るデザインだ。さすがバートはセンスがいい。存在感があるルビーはきっとグリーゼルの黒い髪に映えるだろう。ただ――。
「恐れ多くていただけませんわ。それにわたくし、このネックレスを着けられるドレスを着ることができないのです」
グリーゼルは胸元が開いたドレスを着ることができない。左肩から胸にかけて大きな傷跡があるからだ。今もハイネックのドレスを着ている。僕の呪いのせいで付いてしまった傷に、ズキリと胸が痛んだ。
辺境伯城に着き、執務室の片付けをしていると、バートが訪ねてきた。
「レオポルド。グリーゼルのネックレスのこと、何か知っているんじゃないのか?」
「隠すつもりはなかったんだけど。僕の呪いのせいで胸に傷を付けてしまったんだ……」
「そうなのか……」
「すまない」
「お前が謝る必要はない」
「やっぱりグリーゼルを傷を付けてしまう僕より、バートの方が余程相応しいね」
「何を言っている……? お前はグリーゼルが好きなんじゃないのか?」
気付いているだろうとは思っていたけど、このまでずばり言われたのは初めてだ。僕は苦笑いしながら、正直に話す。
「好きだよ。どうしようもないくらい。でも伝えてはいない」
「なんだと……!?」
珍しくバートの語気が強まった。どうして怒るのか分からずに顔を上げた瞬間、バートが苛立たしげに僕の肩を掴んだ。
「――っ!?」
「なぜ言わない! オレは正々堂々と、お前とグリーゼルを取り合うつもりでいたのに!」
「言えるわけないだろ! 僕は呪いの王子だ! こんな僕に見染められるなんて、グリーゼルにとっては悲劇だよ!」
「馬鹿野郎! グリーゼルがそんなこと気にするとでも思っているのか!」
僕はバートの言葉に、目を見開いた。怒鳴りつけたバートの方が余程辛そうな顔をしていた。
グリーゼルが呪いがあるかどうかなんて、気にするような女性じゃないことは僕が一番よく分かっていた筈だ。
呪いで傷が付いた時だって、僕のことを責めることすらしなかった。
ただ僕がちゃんとした王子として求婚したかっただけなんだ。
そんなの自己満足じゃないか――。
「バート、ありがとう」
「うるさい。早く言ってこい」
「うん」
僕は振り返らずに部屋を後にした。