53.5 訝しむ弟子
レオポルドとグリーゼルが帰った室内で、師弟は呪文を書き写した紙を穴が開くほど見つめていた。グリーゼルが未知の文字で改ざんしたその呪文を。
「先生、やっぱりグリーゼルは闇魔法に関しては天才ですね……。こんな方法を思いつくなんて」
ラリーは努力家である。
今まで地道な努力によって今の地位を築いてきた。これからもその努力によって上を目指す自信もあった。
しかし時には1%のひらめきに敵わないことも知っていた。
目の前の呪文に敗北感をいだきながら、同時に感動もしていた。
それはニクラウスにも当てはまる。
脅威にすら思っていたこの呪文を前に、ニクラウスは考えを変えた。
「……これは使えますね。すぐに私たちの研究にも取り入れましょう」
――技術的な探究心。
間違いなく、その心はある。
しかしそれだけではない企みがそこには含まれていた。
ラリーには窺い知れない企みが。
「はい!」
それを知らずにラリーは好奇心を昂らせ、そして安堵する。
「いやー、よかったですね。この間まで進めてたプロジェクトは、ヴィルジール子爵が捕まったことで駄目になっちゃいましたし」
ディエゴ・ヴィルジール子爵――国王暗殺未遂、及び侯爵令嬢毒殺未遂事件の首謀者として捕まった罪人である。
ニクラウスは忌々しそうに顔を歪め、以前の取引相手に不満を垂れる。
「嗚呼、彼は貴族のくせに役立たずでしたね。彼には捕獲ではなく、始末をお願いしたのに」
「ちょっ! 先生! 誰かに聞かれたらどうするんですか! 実験動物はちゃんと始末したじゃないですか」
爵位を持たないニクラウスが、貴族相手に悪態など吐こうものなら、不興を買いかねない。そう慌てたラリーは、彼がもう捕まって貴族でも何でもないことを失念していた。
「……最近ちょっとおかしいですよ? この前の野盗襲撃の時だって、途中でどこかに行っちゃうし」
「ちょっとやり残した掃除がありましてね」
「掃除くらいなら私に言ってもらえればやりますよ。もう」
ラリーは怪しく笑う師を訝しんだ。
しかし意味が分からないまま、興味があること――呪文に目を向ければいつの間にか忘れていた。