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53. 闇魔法研究所

「研究所、楽しみですわね」

 

 僕にエスコートされて歩くグリーゼルの足取りは、いつもより軽い。

 赤い絨毯の上を滑るその足は、僕より前に出てしまいそうなほどだ。気が急いているんだろう。

 

 僕とグリーゼルは王城に来ていた。

 陛下に温室などの魔道具を献上する為だ。

 小型化したイヤリングタイプのフーワは、すぐに騎士団に配備されることが決まっている。僕が野盗のアジトに乗り込む時に使用した実績があるからだ。それを知らないグリーゼルは、「いつの間に?」と首を傾げていた。

 温室も試験運用の後、量産体制に入るらしい。もうすぐ冬になる。その前に栽培を始めなければ、餓死者が出かねない。死者が出る前に手を打てるのは、間に合わせてくれたグリーゼルの功績だ。

 

 

 ただグリーゼルが待ち望んでいたのは、陛下に謁見することでも、功績を褒められることでもない。


「お待ちしていました」


 謁見を終え城を出ると、声をかけてきたのはニクラウスだ。

 彼は今日この後、闇魔法研究所を案内してくれる約束をしていた。

 そこにパタパタと足音をさせて、ラリーが走ってくる。

 こめかみから汗を滑らせ、肩を上下するほど息を乱している。


「先生、置いて、いかないで、くださいよ〜」


「おや、私は着いてきなさい、と言ったはずですが」


 先日にも見せたイタズラっぽい笑みを浮かべるニクラウスに、ラリーは額の汗を拭いながら抗議する。


「先生みたいに闇魔法の穴を通って移動できるわけじゃないんですから、着いていける訳ないじゃないですか!」


 ニクラウスは細い目を更に糸のようにして、無言で弟子を嗜めた。それに気づいたラリーは、思わずアッと声を漏らした。それからすぐに僕たちに向かって頭を下げる。


「し、失礼しました! お見苦しいところを」


 僕はそれを片手で許して、そろそろ行きましょうと促す。

 ニクラウスが先導して、研究所へ歩き始めたところでラリーが寄ってくる。


「グリーゼルは研究所久しぶりだよね」


「ええ、とっても楽しみにしていたのよ」


 グリーゼルの笑顔に気を良くした様子のラリーは、僕にも挨拶を投げる。


「殿下、先日はどうもありがとうございました。グリーゼルを休ませて(・・・・)くださって」


 まるで身内のように語るラリーの目は、全く笑っていない。僕はカマをかけてみることにした。


「ああ、あの後結構大変だったよ。症状(・・)が……ね」


 ――症状を抑える薬を飲んだだけだけど。

 グリーゼルが思い出して、かあっと顔を赤らめた。ダシに使ってちょっと申し訳なく思うが、ラリーの真意が知りたい。

 ラリーはというと、昼間だというのに絶望に堕ちたような顔をしていた。それを見て僕は彼が薬の正体を知っていると確信する。


「そ……そう、ですか。お手間を……」


 彼が薬を盛ったとしても、証拠がない今捕らえることはできない。ただそれが事実であれば、グリーゼルを手込めにしようとしたということだ。

 そう考えたとき、思わずブワッと鳥肌が立ち、殺意が湧いた。しかしそれを悟られないように、瞬時に引っ込める。

 もし彼の目的が、地位や情報であれば、ただ一つの作戦が失敗しただけだ。ここまで絶望はしない。

 きっと彼は媚薬が効いてるグリーゼルに僕が何かしたと思ってるんだろう。こんな顔をするってことは、グリーゼルが好きか、僕とグリーゼルがくっつくと困るかだ。恐らく前者だろう。


 そんな思案をしていると、いつの間にか研究所まで到着していた。ニクラウスに案内され、不気味な装飾が沢山ある薄暗い部屋まで来た。


「この炎で殿下の呪いを調べます」


 部屋に入る前から燃え続けている緑の炎を前に、ニクラウスが怪しく笑った。

 促されるまま椅子に腰掛けると、呪術師三人が並んで緑の炎を囲む。


「胸の呪文は分かっているので、その奥のを知りたいですわ」


 それを聞いたニクラウスが、ピタリと言い当てる。


「胸の呪文は時間かな?」


「おっしゃる通りです。さすが先生ですわ」


 さっきまでこの世の終わりのような顔をしていたラリーは、得意分野(呪術)を前に真剣さを取り戻していた。


「じゃあ次は発動するタイミングの呪文かな」


「とすると耳・瞳辺りでしょうか。そうじゃないとどこだか全く検討もつきませんが、一先ず顔から調べますね」


 そう言ったニクラウスは緑の炎に手を翳して、僕の顔を見つめる。


「ありました。場所は目ですね」


 かなりアッサリ見つかった呪文を、しばらく緑の炎の中で読み取り、サラサラと紙に書き移していく。

 それを覗き込んだラリーが感嘆の声を上げる。


「すごくキレイな呪文ですね。これをかけたのはかなり高名な方なのでは?」


 それにグリーゼルも重ねるように、呪文の出来を褒める。


「胸の呪文も先生みたいにキレイでしたわ」


「グリーゼル、それだと私が捕まってしまいます」


 ニクラウスは口端をヒクヒク言わせて、グリーゼルの言葉を嗜めた。

 師匠の顔にグリーゼルとラリーは顔を見合わせて笑う。

 弟子たちの様子に、コホンと咳払いをしたニクラウスは好奇心で居た堪れなさを打ち消す。

 

「胸の呪文も見てみたいんですが、調べてみていいですか?」


「はい」

 

 再び緑の炎に手を翳し、呪文を読み取ったニクラウスは、その細い瞳を見開く。ラリーも前のめりに覗き込み、初めて見るそれを食い入るように見つめていた。


「ここだけ見たことない文字が使われていますね」


「遠い異国の文字なんです」


「この部分はグリーゼルが書いたということ? そんなの聞いたことないよ」


 目をパチクリして聞き返すラリーに、グリーゼルは何でもないことのように新事実を伝える。


「呪文の隙間に書き足すことができるみたいなんです」


 それを聞いたニクラウスとラリーが信じられないと言った表情で、顔を見合わせた。


「先生、これは……」


「ええ、これが本当であればすごい発見ですよ」


 グリーゼルは呪文の改ざんを大したことないことだと思っている節がある。しかし見るものが見ればこの反応だ。

 ニクラウスの呪文を見る目が蛇のようになり、僕はゾクリと悪寒を感じた。

 同時に先日の魔力感知器の結果を思い出し、拭いきれない嫌な予感がどろっと溢れ出した。


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