52. 研究所への招待
公務もひと段落して落ち着いてきた頃、僕とグリーゼルがいる執務室には客が来ていた。
グリーゼルの闇魔法の師匠ニクラウスだ。
「こんな辺鄙な所までよく来てくれたね」
ニクラウスは王国筆頭闇魔法使いとして、僕の呪いを調べてもらったこともある優秀な闇魔法使いだ。
「先日のお茶会では殿下とは少ししかお話できませんでしたしね。それにグリーゼルとも久しぶりに話をしたいと思いまして」
旧知の仲である師ニクラウスが訪ねてきて、グリーゼルも嬉しそうだ。
「わたくしも先生とまたお会いできて、嬉しいですわ」
上品な笑みを浮かべるグリーゼルに、ニクラウスも目を細める。
「噂は予々伺っていますよ。レオポルド殿下のもとで呪術を使って魔道具を開発してるとか」
「ええ、先生に教えていただいたお陰で、レオポルド様のお役に立つことができますわ」
「いやいやご謙遜を。それは貴女の才能ですよ」
グリーゼルは褒められて嬉しそうにはにかむ。
師の前で素直な姿を見せるグリーゼルは、目を輝かせて師を仰ぎ見た。
「ありがとうございます。今度ぜひ先生方と呪術の話をさせていただきたいですわ」
グリーゼルは闇魔法のことになると、目が変わるところがある。きっと闇魔法の権威であるニクラウスに、研究の話を聞くのが楽しいんだろうな。
その言葉にニクラウスはワザとらしく目を見開いた。
「……いや驚きました。小さい頃はあんなに必死になって魔法を覚えていたお嬢様が立派になって」
ニクラウスは袖で顔を隠して分かりやすい泣き真似をして見せた。剽軽な所もあるようだ。グリーゼルも可笑しそうに口元を手で覆って、うふふと上品に笑う。
「魔法を覚えたての頃はそれは教えるのに苦労したというのに。特に土魔法はひどいもので、頭上に岩を出現させたことがありましてね……」
人差し指を立てて、昔話を語るニクラウスはイタズラっぽくグリーゼルの失態を吐露しようとする。
「せ、先生っ!」
グリーゼルが慌ててニクラウスの言葉を遮ると、ニクラウスは楽しそうに笑って躱す。本当に仲が良さそうだ。
「それが誰にも手がつけられなかった殿下の呪いをなんとかするのですから大したものです」
僕の呪いが発動した時には、何もしなかったわけではない。その頃から王国筆頭闇魔法使いだったのはニクラウスだ。彼に僕の呪いを調べてもらったが、そもそも彼は解呪を得意としていない。結果、あまりに複雑で解呪は難しいという結論だった。その時は呪いの調査は継続すると話していたが、あれから五年は経過している。
ニクラウスはそれまでのふざけた雰囲気は消え、スッと目を細めて僕とグリーゼルを見据えた。
「今日はその話をしに来たんですよ。グリーゼル、我が闇魔法研究所に遊びに来ませんか? 是非殿下も。呪いの状態を研究所の設備で詳しく調べましょう」
「それはいいですね! 是非お願いします」
グリーゼルの顔がパァと明るくなった。
五年も何もできなかった罪滅ぼしか、それともグリーゼルの魔法への好奇心からか。それとも……。
僕は警戒心を強めて、自身の腕を見下ろす。
そこには先日グリーゼルが作ってくれた魔力感知器があった。
ニクラウスには見えないように、魔力感知器をかざす。するとじわぁと闇色に染まる中に、光るような薄緑の点が浮かび上がった。