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49. 求める花

 何事もなく王城まで着いた私は、バートランド様へ取り次ぎをお願いした。するととても丁寧な侍女が案内してくれる。彼女の後を付いていくと、見覚えのある建物まで来た。私も療養時に利用していた来客用のアパルトメントである。

 私がもしやと思った時には既に遅かった。奥の部屋に着いた侍女は軽くノックをして、部屋の主に声をかける。


「待っていたよ」


 部屋からは自ら扉を開けたバートランド様が顔を出し、私を自室へ迎え入れた。しかし他国の城に泊まっているとはいえ、ここは王子様の自室。私が入るのは憚られ、戸惑いを返す。


「あの、今からでも別室を……」


「貴女なら構わないよ。さあ、どうぞ」


 後ろには既に紅茶を用意した侍女が待っていて、有無を言わさない顔でバートランド様が招いている。

 私は視線を彷徨わせた後、観念して招きに応じる。

 「失礼致します」と部屋に入ると、ワインレッドの革製の長椅子を薦められた。

 促されるまま長椅子に腰掛けると、バートランド様も隣に座る。


「あの……もう一つソファがあるようなんですけど……」


 テーブルを挟んだ向かい側にはもう一つ一人掛けのソファがある。

 てっきり部屋の主が座るソファはあちらだと思っていた。

 躊躇いがちに私が聞くと、長椅子の背もたれに片腕を預けて色気を孕んだ笑みを返される。


「貴女の隣がいいんだ。それでオレにおねだりとはなにかな?」


(おねだり!?)


 いや間違いじゃないけれど、どうしてそんな伝わり方をしたんだろう。おねだりと言われると、私がバートランド様に我儘を言うように聞こえないかしら。嗚呼、だから公の応接間ではなく、自室に招かれたということ!?


「おねだり……という訳ではないのですが、アガパンサスをいただきたくて」


 商談に来たつもりだったのに、一気に言い辛くなってしまった依頼を何とか伝える。しかしそれを聞いたバートランド様はとびきり嬉しそうな笑みを浮かべて快諾してくれた。


「可愛いことを言ってくれるじゃないか。貴女の為なら持てないくらいでもお渡ししよう」


 意図が伝わったことに安堵して、私は商談を進めるべく発注書を出し、詳しく話し始めた。


「ありがとうございます! まず初めに研究のために、これだけいただきたいんです」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。研究??」


 あら? さっきは承諾してくれそうな雰囲気だったのに、やはり多かったかしら?


「はい。 アガパンサスが魔道具に使えそうなことが分かりまして……」


 そこで私はハッと気づく。

 アガパンサスはバートランド様から求婚する時に送られた花だ。そんな思い出深い素敵な花を研究に使おうだなんて、雰囲気ぶち壊しどころか、もはや不敬だ。バートランド様が慌てた意味が分かり、私はサーッと青ざめていった。先日のレオポルド様の微妙な表情の意図も今ならはっきりと分かる。


「ぷっ……あはははは!」


 しかしバートランド様が突然、額に手を当てて笑い出した。あんまりおかしかったのか、私からは顔を逸らし、肩を震わせて笑い続けている。時折「やられた」と溢すがなかなか笑い止まない。


「あの……」


 恐る恐る謝ろうと声をかけると、バートランド様はやっと笑いが収まった様子で、涙目を拭って言った。


「やはり貴女は面白いな! 常に予想の上を行く! いいだろう! 必要な分を我が国で手配しよう」


「ありがとうございます。 ……あの、折角の素敵な花をこんな風に扱ってしまって、その、申し訳ありません」


 私は申し訳ない気持ちでいっぱいで、それでも笑って許してくださるバートランド様に深々と頭を下げた。


「いや、いいんだ。その強かさ、ますます好きになった!」



*****



 バートランド様との商談は順調に進んだ。足りない分は我が国から温室を割安でお売りすることで増やしてもらう契約にした。無理に買い占めるでもなく、こちらが提供した温室を使って増やしてもらうのだ。我が国の商品の宣伝にもなるし、お互いの国の親交も深められる。


 バートランド様におねだりだと思われたことは、今思い出しても顔から火が出るほど恥ずかしいけど、商談自体は上手くいったと言っていいんじゃないかしら。


 商談を終えた私は城内の帰り道を歩いている。

 温室の試作が気になるので早く帰りたいが、侯爵令嬢として早足で歩くことはできない。

 あくまで優雅に柱を曲がろうとした時、柱の向こうから声が聞こえる。


「以前と同じでいいんだ」


「殿下、すみませんがもう貴方には協力できないんです」


 声の主のうち一人は酷く聞き覚えのある声で、私の足はピタリと止まる。

 もう一人からは話が終わったとばかりに、早足に離れていく足音が聞こえた。

 きっと残る一人は会いたくない人物である。私は足が貼り付いたように動けないでいると、輝くような金髪が柱の向こうから現れる。


「グリーゼル……」


「エルガー殿下」


 嗚呼、やはりエルガー殿下の声だった。

 この後更なる事態に巻き込まれることを、私は予想もできずにいた。


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