48. 魔力の色
あれからシスと相談して、小型版の温室をいくつか完成させた。試しに育てる作物も、なるべく早く育つものをシスが選別してくれて、あとは待つだけである。
「ところでこの間から気になってたんだが、その窓辺のアガパンサス、なんか色がコロコロ変わってないか?」
「え?」
全く気づかなかった。
アガパンサスはバートランド様に送っていただいた花だ。いつも窓辺に飾っていたけど、色が変わる?
アガパンサスは小さな花がたくさん集まって一つの花になっている。その小さな花はそれぞれ違う色をしている。しかもよく見ていると小さな花の色が、たまに別の色に替わるのが見て取れた。
「本当だわ。どうして変わるのかしら?」
アガパンサスを観察して考え込むが、さっぱり見当もつかない。
すると護衛騎士のジョルジュが窓の外を見て気づく。
「もしかしたら魔法に反応しているのではないでしょうか?」
外では護衛騎士たち――パトリックとクルトが訓練していて、さっきから火魔法や木魔法を繰り出していた。
よく観察してみると、火魔法が出されればピンクの花が増え、木魔法が出されれば下の方の花がいくつか緑に染まる。
私はアガパンサスを部屋の中央にあるテーブルまで持ってきて、ジョルジュにお願いする。
「ジョルジュ、今水魔法を出せる?」
「はい」
ジョルジュがアガパンサスの目の前で水の球を出すと、それに合わせて小さい花がポツポツと水色に染まっていった。
「間違いないわね」
「魔力に反応して色が変わるんだな」
シスが興味深そうに顎に手を当てて、アガパンサスをまじまじと観察する。
私はポンッと手を叩いて、これよ!とアガパンサスを指差した。
「レオポルド様に魔力を感知する魔道具を依頼されていたの。このアガパンサスの性質を利用できないかしら?」
「そりゃ面白そうだ。俺にアガパンサスを調べさせてくれ」
「そうしてもらえると助かるわ」
私がジョルジュに向かって「ありがとう。よく気がついたわね」とお礼を言う。ジョルジュは「お力になれて何よりです」と優しく微笑んでくれた。
――数時間後。
「出来たぜ」
シスの手には小指の爪ほどの液体がちょっぴり入った小瓶が掲げられていた。
「まあ! さすがね。……でもとても少ないわ」
目的の物ができたことに弾んだ心は、すぐさまその少なさに冷静になる。
試しにシスに防御魔法をかけてみると、抽出した液体もオレンジ色に変わった。
しかしこんな少量では魔道具一つにさえ足りない。
「とりあえず落ちてたちっこい花で抽出してみたが、この花一輪でも小瓶一杯にも足りないだろうな」
折角バートランド様にいただいた花を、潰してしまうのは気が引ける。
でも魔力感知器にはこの花から抽出できる成分が必要だ。
それにどれくらい必要かも分からない。
きっともっと大量の花が必要だろう。
「仕方ないわ。レオポルド様に相談しましょう」
隣国に花を発注となると外交交渉が必要だし、そもそも私は発注なんてやったことがない。
私はシスと護衛騎士たちを伴って、レオポルド様の執務室に来た。
「レオポルド様、お忙しいところすみません。ご相談したいことがあるのですが」
デスクの上で山積みになった書類の間から、レオポルド様が顔を上げる。
「何だい?」
かなりお忙しそうな様子なのに、少しも嫌な顔一つせず、手を止めて笑顔を向けてくれる。
「実はアガパンサスが魔力で色が変わることが分かったんです。それを魔力感知機にできないかと考えているんですが、数が足りなくて……」
「んー……」
レオポルド様は口を引き結び、微妙な表情をしている。
苦笑いにも見えるその表情の真意が分からず、私は聞いてみた。
「レオポルド様??」
「ふふ。いや、それでアガパンサスを発注しに行きたいってことだね。それならバートに頼むのがいいだろう。僕も行くよ」
微妙な表情のわけは教えてくれず、結論まで話が及んだ。
「うぉっほん。……坊っちゃまにはご予定が」
隣にいたトールキンが咳払いをして、レオポルド様を諫める。レオポルドは文句を言いたげに眉毛をハの字にして睨んでいる。けれどトールキンは澄まし顔でそれを躱した。
「仕方ない。発注書を書くだけにしよう。トールキン、シス、王都周辺で不審な動きは?」
レオポルド様が机の引き出しから発注書を出し、二人に目を向けると、「ございません」「特にねえな」と二人で首を振る。その後、私の後ろの護衛騎士にも目を向ける。
「分かっているね」
「「ハッ」」
短い言葉で通じ合う上司と部下の関係がすごく素敵で、なんだか羨ましくなった。
それと――。
「レオポルド様、わたくしの為に方々に気を配っていただいてありがとうございます」
「当然だよ。もう二度とあんな目には合わせないから」
私が襲われてからレオポルド様は、特に移動の際は通常ではあり得ないほど気を使ってくださる。
なんだか申し訳なさと気恥ずかしさもあったが、私が目を覚ました時のような悲しいお顔をさせたくはない。改めて私も気を引き締めた。