47. 温室
私は自分の執務室で、ピトサイト鉱石と温室の模型を前に、うんうん唸っていた。
王城で温室を見学させてもらって、大体の構造は分かったし、それを元に模型も組み立ててみた。しかし肝心の育てる作物がない。それに本格的な冬まで時間もないので、できれば何パターンか作って実際に育つか試してみたい。
でも作物を育てた経験がない私は本を片手に睨めっこを続けている。側にいる護衛騎士たちに聞いてみても、木属性の魔力を持っているクルトでさえ、作物の育て方については知らないようだ。
そこにコンコンッと軽いノックの音が聞こえた。
「グリーゼル、ちょっといいかい?」
「はい。どうぞ」
入ってきたのはレオポルド様と、こないだの薬師シスだ。
「温室の進み具合はどうだい?」
「それが……わたくしは作物を育てた経験がないので、苦戦していました」
任せてと言ったのにいきなり躓いている私は、申し訳なさに肩をすくめた。
それを咎めることもなくレオポルド様は、ニコッと笑って後ろにいたシスを指し示す。
「ちょうどよかった。改めて紹介するよ。彼は薬師のシス。木属性の魔力を持っていて、アコーニタムを育てていたのも彼なんだ。きっと力になってくれると思うよ」
――ああ、なんて………。
私が悩むことが分かっていたかのようなタイミング。
予めシスを呼んでくださっていたのね。
ご自身の公務もお忙しいはずなのに、私のことまで考えてくださるなんて。
「レオポルド様、ありがとうございます。シス、宜しくお願いしますね」
満足気に微笑んだレオポルド様は、「じゃあ僕はもう行くね」と部屋を後にする。本当に仕事の合間に来てくださったんだわ。去り際にシスに向かって一言釘を刺す。
「グリーゼルにだけはちょっかい出さないでね」
「そんなアンタに殺されるようなマネしねえよ」
レオポルド様がいなくなったところで、私は改めてシスに挨拶する。
「シス。先日は助けてくれて、ありがとうございました」
「嗚呼、アンタも災難だったな。もう平気か?」
一瞬媚薬のことを思い出して、頭が沸騰しかけたがなんとか抑えて、「え、ええ」と返す。
後ろに控えてくれている護衛騎士のクルトとジョルジュが首を傾げていたが、こんなこと言えるはずがない。
「それで今どんな状態なんですかい?」
突然敬語になったシスに、苦笑いを一つして平語を許す。
「敬語はいいわ。レオポルド様にも使っていないでしょう?」
「そりゃありがたい。敬語は苦手でね」
「今温室のサンプルを作っていたんだけど、もう少しパターンを試したくて。王城の温室は火魔法で風を温めて、風魔法で循環されるものだったわ。他に作物を育てる方法はあるかしら?」
うーんと考えたシスは腕を組んだまま、模型を覗き込む。
「この温室はどうやって水をやるんだ? 手でやるのか?」
言われてから私は初めて気付く。王城の温室や貴族たちの温室はお抱えの魔法使いが交代で管理している。当然水も彼らが撒くはずだ。でもそこも自動化できれば、手間がかなり減らせる。農民は冬支度の片手間に温室の管理をしなければいけないのだから、手間を減らせるに越したことはない。
私は前世でのスプリンクラーのようなものを頭に浮かべる。
「王城の温室では魔法で撒くと思うけど、こう水を広範囲に発射するような装置はどうかしら?」
私は両手の掌を広げて、水を発射する様を表現する。それに眉間に皺を寄せて考え込んだシスは、いんやと反論する。
「それでもいいが、温めた水を地中で循環させるだけで充分じゃねえか?」
「循環?」
「嗚呼。水を発射するとなると、力加減が必要だ。強すぎると葉を傷つけるし、弱すぎると範囲が狭くなる。でも地中で温めた水を循環させて、穴を開けとけば勝手に水撒きしてくれるし、土も温めてくれる」
「すごいわ、シス! それで行きましょう! 魔力も水と火だけで良さそうだし、コスパも良さそう! 循環させる管は何がいいかしら? 塩化ビニールパイプみたいなのはないし、鉄?」
興奮気味にうっかり前世の知識まで漏らし始める私に、シスは動じず返答してくれる。
「パイプ? 鉄は錆びるし、土を固めて作った物もあるが作る手間がなあ。木魔法で空洞の茎を出してやろうか」
「お願いできるかしら? 木魔法使いならこの国に一番多くいるし、製造に雇用も産み出せそうね」
夢中になって温室の構造を考えていた私を、いつの間にかシスがまじまじと見ていた。それに気づいた私は居住まいを正す。
「ち……ちょっと夢中になり過ぎたかしら?」
「ふ……いや、アンタの考え方そっくりだな、と」
意図が分からず「誰に?」と聞き返す。
「誰って殿下にだよ。妃にピッタリなんじゃねえか?」
ふはっと笑って返すシスに、私は一気に顔の熱が上がる。
「わたくしはレオポルド様には相応しくありません!!」
護衛騎士たちが気遣わし気な声をかけてくれて、この話はおしまいになったが、シスはニヤニヤしながら、なるほどねと呟いた。