46. 守られる者
葉が少なくなってきた木から落ち葉が落ち、冷たくなってきた空気が肌を撫でる。辺境伯城の庭に、鉄同士がぶつかる甲高い音が響く。
訓練であっても護衛騎士たちの動きは洗練されていて、戦闘経験がない私でも彼らが強いことが分かる。
彼らに騎士団を退団させてしまったことが、本当に悔やまれる。
私の護衛をしてくれているのは、今はヴィクトールとダニーロだ。平時は二人が護衛してくれ、その間ほかの護衛騎士たちは訓練している。
私は魔道具開発の休憩がてら、その訓練の様子を見学していた。
ただ休憩というのは口実で、本題は別にある。
「戦い方を教えてほしい、ですか!?」
片眉を上げて頭を掻いているのは、護衛騎士のリーダーであるヴィクトールだ。
「ええ、いざという時に守られるだけじゃなくて、わたくしも戦えるようになりたいの」
慣れない仕草で可愛くお願いしてみるが、ヴィクトールは手も首もぶんぶん横に振って拒否する。
「とんでもありません! 宜しいですか、お嬢様」
ヴィクトールは私の肩を掴み、真剣な眼差しで諭す。すごい眼力だ。
「お嬢様は守られるお立場です。レオポルド様にも、絶対に危険な目に遭わせるなと言われています。お嬢様が戦うなんてことがあれば、必ず狙われます。絶対にそのようなことなさいませんように」
「はい……。ごめんなさい」
私は肩を落とし、消え入るような声で謝罪した。私の後ろで護衛してくれていたダニーロが、その様子を見かねて声をかける。
「ヴィック。まずお嬢様に気安く触れるな。手を離せ」
ヴィクトールはパッと手を離して、「申し訳ありませんッ」と素早く頭を下げてくれる。いいわ、と許すとダニーロが今度は私に提案する。
「ではお嬢様。戦い方ではなく、護衛しやすい振る舞いから知ってみるのは如何でしょう?」
ダニーロの提案にヴィクトールも「それがいい!」と同意した。確かに私の軽率な行動がなければ、護衛騎士たちにこれ以上迷惑をかけずに済むかもしれない。さすが気遣いができるダニーロだ。私もすぐに頷いた。
「いいわね。教えてくれるかしら?」
ダニーロはにっこり笑って、一つずつ丁寧に教えてくれる。
「ではまず重要なのは、護衛対象は出来るだけ動かないことです」
「ぐ……」
私は捕まるまえに動き回り、騎士たちに防御魔法をかけて回っていたことを思い出す。いきなりタブーを犯していたことに、先制パンチを食らった気分だった。
「護衛対象が動いてしまうと、我々はその動きに合わせて陣形を立て直さなければなりません。それに常に護衛対象の動きを注視する必要があります」
ダニーロの言葉がボディブローのように効いてくる。私は「はい」と小さく返事をして、ダニーロの話を心に刻み込むことにした。
「次に建物の中にいられるなら、その中にいた方がいいでしょう。馬車のような小さい空間があればベストです」
「う゛……」
あの時私は真っ先に馬車からも飛び出してしまっていた。本当に最悪の行動をしていたんだと、頭を抱えたくなる。
「建物の中であれば大掛かりな魔法攻撃はしにくくなります。馬車のような小さい空間であれば、侵入して害される心配もありません」
右フックを喰らったように、私の口から呻き声が洩れた。
「うぅ……気をつけます」
「最後に護衛対象は無力であると見せることです」
これには流石に顔を上げて、何故?と聞き返した。
「護衛対象がバンバン魔法を打ってくれば、相手にとって脅威になります。まず先に排除しようとするかもしれません。無力であれば相手も油断しますし、我々護衛さえ倒せばいいと考え、我々に向かってきてくれるので倒しやすいんです」
最後はにっこり笑って自分の胸に手を当てる。私の愚かさが見透かされたようで、とても恥ずかしい気持ちになってきた。それでも優しいダニーロは、私にも分かるように丁寧に説明してくれたんだなと考えると本当にありがたい。ヴィクトールはうんうんと腕を組みながら頷いて聞いている。
項垂れる私に一つ苦笑いをして、ダニーロは続ける。
「しかしお嬢様がかけてくださった防御魔法には、助けられました。我々は傷つくことを厭いません。ですが怯めばそれだけスキが生まれます。傷ができれば動きも鈍ります。お嬢様が我々の身体まで案じてくださったことは、本当に感謝しています」
自分の失態に対する申し訳なさはまだジリジリと効いていたけど、ダニーロに認めてもらえたことは唯一の救いだ。
「ありがとう。皆には本当に申し訳ないと思っているけど、わたくしは皆の力にもレオポルド様の力にもなりたいの」
「では遠距離からの防御魔法を習得なさるのは如何ですか?」
「お……おい」
ダニーロの妥協に、ヴィクトールが抗議の声を上げた。
「お嬢様のような率先して動こうとされるお方を、枠にはめてしまうのは逆に危険だ。防御魔法であれば動き回ることもないし、攻撃魔法より狙われる危険性は減る」
ダニーロのきめ細かい気配りが利いた反論に、ヴィクトールは押し黙る。暫くうーむと腕を組んでいたが、しぶしぶといった様子で了承してくれた。
「ありがとう! 皆の助けになれるように頑張るわね」
嬉しそうに胸の前で手を合わせた私も、護衛騎士たちも、窓辺でくるくると色が変わるアガパンサスには気付けないでいた。