45. 新たな課題
僕とグリーゼルは辺境伯領に帰る馬車に揺られていた。
窓の外で草原に揺れる細い木が現れては消えていくのを眺めながら、先日のパーティーでのことを思い出す。
グリーゼルの飲み物に媚……薬を入れられる人物を特定することはできなかった。
ラリーが一番怪しいが、ウェイターに指示すれば複数の容疑者が上がる。
それにしても毒じゃなく、何故媚薬なんだ……。
もしかしてラリーがグリーゼルのことを……?
「グリーゼル、ラリーとは親しいのかい?」
「はい。ニクラウス先生に闇魔法を教わっていた時に、一緒に教えてくれたのがラリーなんです」
長い時間教えてもらいながら一緒に過ごしたなら、グリーゼルとの親しさにも納得できる。
「彼はどんな人物なの?」
「ラリーは優秀な闇魔法使いで、五年前に王国呪術師に抜擢されたんです。今は子爵なんですけど、功績を上げて伯爵に取り立てられることになったそうなんですよ」
嬉しそうに身内話を語るグリーゼルに軽い嫉妬を覚えながら、僕は全く別のことを考えていた。五年前といえば、ちょうど僕が呪いをかけられた時だ。それまでラリーなんて見たこともなかった。
僕に呪いをかけることに成功したから、重用されるようになった……というのは考えすぎだろうか。
僕が表に出たことで、自分がかけた呪いが無効化されたことを知ったと考えれば、あの殺気の籠った眼差しも理解できる。
少し調べる必要がありそうだ。
――数時間後。
切り立った山々の間に聳え立つ、要塞のような城を見上げ、僕は胸を撫で下ろした。
やっと辺境伯領に戻ってきた。やはり長年住んでいる馴染みの城は落ち着く。
この城であれば出入りは限られてるし、無駄に広く王侯貴族の出入りが激しい王城より余程安全だ。それに辺境伯領をずっと放っておくことはできないしね。
久しぶりの執務室の椅子に腰掛けると、束の間の休息に穏やかな気持ちになれた。
「レオポルド様、グリーゼル様、おかえりなさいませ!」
「ただいま。ニーナの紅茶を飲むと帰ってきたって感じがするわね」
僕もただいまと返した。侍女との再会を喜ぶグリーゼル、可愛いな。
とはいえ呪いの風が出ていた時とは違って、来客の対応もトールキンに任せっぱなしというわけにもいかない。
当然領の管理と合わせて僕が対応するようになるので、今までより忙しくなるだろう。
グリーゼルと一緒に魔道具を作ったりできないことが、少し寂しいがそれでもこうして近くで彼女を見ていられるだけで幸せだ。
グリーゼルとのお茶を楽しんでいると、ノックと共にトールキンの声がかかる。
「殿下、国王陛下から使者がいらしております」
若干の嫌な予感を感じつつ、「どうぞ」と入室を促す。
入ってきた使者は、ゾロゾロと護衛を引き連れ、慇懃な礼をして書状を差し出す。
「国王陛下は毒で療養中の御身であるため、公務を一部殿下にお任せしたいとの御下命です」
「は…………??」
開いた口が塞がらない。グリーゼルがもう完全に回復しているというのに、ほぼ同時期に解毒薬を飲んだ父上がまだ療養中なワケがないだろう。
最後にお会いした時だって元気そうだった。
……また何か企んでるな。
「陛下は他に何か言っていたかい?」
「いいえ、何も」
澄ました顔で首を振る使者は、本当に知らないのだろう。
「エルガーはどうしている?」
「エルガー殿下は逆に公務を少しずつ控えられておられます」
なるほど、ね。
「確かに承ったと伝えてくれるかい」
「かしこまりました」
使者はまた慇懃な礼をして出て行った。
それを見送ってからハァと短くため息をつく僕に、グリーゼルが心配そうな顔を向けてくる。
「また陛下からの課題でしょうか?」
「かもしれないね。でも単純に公務に慣れさせようとしてるんじゃないかな」
「慣れさせる……ですか?」
不思議そうにするグリーゼルに、僕は一つ頷いた。
「僕はまだ若いうちから辺境に引き篭もっていたからね。公務の経験が足りないんだよ。陛下が毒で伏せっている時、その穴を埋める為に公務にも参加したけど、まだまだ力不足を感じたよ」
本来王子であれば、王城で公務に携わり長い時間をかけて覚えるものだ。王太子であろうとなかろうと、経験がなければエルガーに何かあった時、誰も代わりがいなくなってしまう。だが僕は五年もの長い間呪いでそれができなかった。書類でできるようなことはやっていたが、それも一部だ。
「王位継承権を得たんですものね。きっと陛下からの期待の現れですわ。温室のことはわたくしに任せていただいて、レオポルド様はご公務に集中なさってください」
「ありがとう。そうさせてもらうけど、困ったことがあったらすぐに言ってね」