43. お茶会
今日は招かれていたお茶会の日だ。
お茶会の会場に着くと、礼装のレオポルド様が出迎えてくれた。
しかし私を見た瞬間、レオポルド様は目を見開き、固まってしまった。
(ストールの合わせ方、変だったかしら?)
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
とりあえず私は先にドレスの裾を摘んで挨拶をした。
すると我に帰った様子のレオポルド様は、嬉しそうに笑う。
「よく来てくれたね」
「レオポルド様主催のお茶会に、わたくしが来ない訳には参りませんわ」
「それにそのストール、身に付けてくれたんだ。よく似合ってるよ。……僕の色だ」
最後の言葉は呟くように小さな声だったが聞き取れた。
このストールはレオポルド様自身から送られた品だ。アシンメトリーのストールは、左肩にある傷を隠して尚美しく魅せてくれるデザイン。刺繍とブローチの宝石にはレオポルド様の髪と瞳の色と同じ、銀糸と翡翠が使われている。
「今日は表向き “療養していた” 僕を紹介して回る会だから、あんまり一緒にはいられないけど」
「平気ですわ。元々こういう場は慣れていますし、馴染みの方も何人かいらっしゃるようです」
チラッと目を向けると、何人か親しくしていた友人がいるのが見えた。
「それならよかった。今日は楽しんで行ってよ」
レオポルド様に挨拶を終えた私は、再会した友人たちと会話に花を咲かせていた。ふと隣接する丘の上が目に入る。
小高い丘の木陰には、ナーシャ嬢が一人で佇んでいた。
せっかくの友人たちとの会話だったが、ナーシャ嬢にも話したいことがあったので一言声をかけて席を立つ。
「ナーシャ様、ごきげんよう」
「……ご、ごきげんよう」
ビクリと肩を揺らして、訝しむような表情で挨拶を返してくるナーシャ嬢に、私は覗き込むようにして聞いてみる。
「何をしていたんですか?」
「ここからよく見えるのよ」
と言われてナーシャ嬢の視線の先を見てみると、少し高台にある木陰からは会場を一通り見渡すことができた。
「本当ですね。レオポルド様があちらにいらっしゃるわ。バートランド様もあちらに」
ナーシャ嬢が見ていた景色を楽しんでいた私に、冷や水を浴びせるような声がかかる。
「何しに来たの?」
明らかに私を訝しんでいるようなナーシャ嬢に、私は努めて静かに微笑んで答える。
「お礼を言いに」
「お礼?」
「えぇ。わたくしが毒で伏せっている時、光魔法で治しに来てくださったそうですね。ありがとうございました。ナーシャ様には2回も助けていただきましたわ」
温室を見学に行った時の毒の浄化と、意識を失っている時の2回だ。
「結局治せなかったけどねっ」
少しぶっきらぼうに返したナーシャ嬢は、照れたように慌て始める。
「たっ、ただゲームのグリーゼルと違ってあなたはわたしを殺そうとしてないし、死んじゃうのも可哀想かなって思っただけで……ほらわたしヒロインだし? 善意で救ってまわるのが本懐みたいな?」
「それが素?」
ナーシャ嬢の繕わない物言いに、思わずくすくす笑ってしまう。
ナーシャ嬢からもふっと笑いが溢れて、そうよと答えた。
「わたし前世ではまだ女子高生だったんだからね。あなたみたいに丁寧な言葉遣いできないし」
「私だって本当は丁寧な言葉遣いなんて面倒になる時もあるわよ?」
ふふっと笑って返せば、ナーシャ嬢は人懐っこそうな笑顔を向けてくれた。
「じゃあグリーゼルもわたしの前ではそれでいいわよ。わたしのことも様とか付けないで、呼んでよね」
「いいわ、ナーシャ。ところであなたの本命って誰なの? エルガー殿下かと思ったら、レオポルド様にもバートランド様にも目をキラキラさせてたわよね?」
仲良くなったついでに、以前から気になっていたことをズバリ聞いてみる。
するとナーシャは、ギュッと目を瞑って両手もギュッと握って溜める。
「んっ〜〜〜っもう、みんっな好きなの!!」
長ーーく溜めたあと、パッと両手を開いた。大好きな気持ちを最大限に表現した女子高生らしい可愛らしさだ。
「わたし『王子たちと奏でる夢』にめちゃめちゃハマって! 何回プレイしたか分からないくらい大っ好きなのよ! ほら見て、バート様はね……」
指差した方向を見ると、そこには着飾ったたくさんのご令嬢に囲まれたバートランド様が見える。
その一人一人に「あぁエリザベス嬢、今日もリボンが可愛いね。あまりの可愛らしさに連れて帰りたくなってしまうよ」とか「ティアリス嬢、その赤のドレスよく似合っている。俺色に染まりたいってことかな?」とか声をかけている。最早口説いて回っているようにしか見えない。
「バート様はね、タラシなの!」
(言い切った!!)
「だから会う度に、あまーーーーっいセリフを言ってくれるのよ! 毎回キュンッキュンするんだからっ! でもそれをいろんな女の子に振り撒くから焼きもきするのよね。それでも最後はちゃんとヒロイン一筋になるのよ!!」
両方の頬に手を添えて、嬉しそうに左右に顔を振っている。乙女ゲームの甘いストーリーに悶えているようだ。暫く悶えていたナーシャは、私の微妙な反応に気づいてきょとんとした。
「あれ? やってないの?」
「私はエルガー殿下のルートしかやってないわ」
「勿体ない!! バート様はね! 何といっても強くてカッコいい騎士様なのよ! 私もそこまで弱くはないんだけど、ゲームだとグリーゼルの呪いで金縛りにあったり、転んだりしてピンチになるの! その度に剣を振るうカッコいいお姿が見れるのよ〜っ!! ほんっっと眼福!!」
あまりの勢いに私は思わず仰反った。しかも私のせいでピンチになるとかサラッと言われている。でもバートランド様が温室のガラスを破って助けてくれた時は、確かに男らしくて格好良かった。抱き上げられた時も鍛えられた逞しい姿に、毒がなければ間違いなくときめいていた。それに甘い言葉も……。
「まぁわたしはバート様ルートに入ってないから、一筋にはなってくれないかもしれないんだけどねぇ」
一頻り一人で盛り上がり満足したところで、一気に冷静になる。ナーシャは半目になり、「残念」と零した。
「そ……そうなの」
あまりのテンションの上がり下がりに、私は完全に置いてけぼりだ。
「じゃあまさかレオポルド様?」
私が恐る恐る出した手の先には、レオポルド様が見える。
バートランド様に負けないくらいのご令嬢とご令息にも囲まれているけど、「ダリエ子爵令嬢、久しぶりだね。お爺さまは息災にしているかい? 大変世話になったから、是非今度話がしたいと伝えておくれ」とか「初めましてかな? あぁ、シャルダン伯爵のご令嬢か。先日は大変な騒ぎで失礼したね」とか華麗にあしらっている。
あれだけ可愛らしいご令嬢たちにも囲まれてるのに少しも甘い雰囲気になっていないところが逆にすごい。
「レオさ……レオポルド殿下はミステリアスなお兄様タイプで、普段クールなのに最後にあまーくなるのが堪らないのよねぇ」
うっとりと頬を染めて乙女ゲームのシナリオを思い出しているナーシャに、私は首を傾げる。
「レオポルド様がミステリアスでクール??」
最初にお会いした時の優しい涙や、心配してくれる時などの甘い雰囲気を思い出せば、どちらかと言えば優しい甘々タイプな気がしてくる。
「でもレオポルド様ルートは、光魔法のレベルをかなり上げないと呪いを解けないのよね。超難易度高いの。それにクールどころか、ちょっと怖いし」
ナーシャはぶるぶると震えながら肩を抱く。きっと以前レオポルド様がナーシャに向けた冷徹な物言いを思い出しているんだろう。
「じゃあやっぱりエルガー殿下?」
二人の視線の先には、ご令嬢たちが遠巻きに見守るエルガー殿下が、ご令息たちと談笑していた。
「エルガー様はねっ! 最初ツンなのに、攻略していくと見れるデレがいいのよ〜! それにね、たまに天然っぽさを発揮して、そこがまた可愛いのっ!」
興奮した様子で木の幹をバンバン叩き始めた。パラパラと葉が落ちてきて、虫とか落ちてきたらどうしようと不安になる
分かったわ。この子、ただミーハーなだけなんだ。王子様たちを攻略対象としてしか見れてないんじゃないのかしら?
そんなことを考えていると、ほんのり頬を染めたナーシャがため息と一緒に吐露する。
「でもね、エルガー様はイベント通りのセリフだけじゃなくて、ちゃんとわたし自身を見て、エルガー様の言葉で話してくれるの。わたしゲームのセリフはほとんど覚えてるけど、どのシーンにもない素のエルガー様が見れるのよ。それが死ぬほど嬉しいんだ……」
「ナーシャ……」
攻略対象者としてではなく、ちゃんと一人の男性として向き合えていることに少し安堵した。あと残すイベントは最後の婚約宣言だろうか。それまで攻略ではない、真実の愛を育んでほしいと願う。
「そういえば、グリーゼルの呪いの黒幕。あの男が唆してきたりしてないの?」
「黒幕……?」
「あれぇ? 黒幕が分かるのってトゥルーエンドだけだっけ? 攻略対象以外興味ないから、名前も思い出せないのよね」
ナーシャは首を傾げて思い出そうとしていたが、結局答えは出なかった。
私とナーシャが話し込んでいると、いつの間にかご令嬢たちを引き連れたバートランド様が坂を登ってきていた。
「こんなところで二人で内緒話か?」
「「バートランド様!」」
私は一瞬で淑女モードに切り替え、スカートを摘んで「ごきげんよう」と礼をする。口元に手を当てて、うふふとナーシャとの話を誤魔化すように笑った。バートランド様も爽やかな笑顔を向けて、私の手を取る。
「グリーゼル、今日も美しいな。いつもの装いもいいが、今日のドレス姿は花の下に舞い降りた妖精のようだ。あの返事はいつでも待ってるから、君の気が変わったらすぐに言ってくれ」
ウインクしながらそう言った、バートランド様は私の手の甲に唇を落とした。
私と周りのご令嬢たちが一斉に頬を染め、数拍おいてご令嬢たちから殺気の籠った目で睨まれた。
「なっ……あの返事ってなんのことっ!?」
「んまぁ! バートランド殿下と内緒話なんてずるいですわ!」
ナーシャも含めたご令嬢たちが私に詰め寄ってきて、ガシッと肩を掴まれる。まさしく針の筵となったこの状況に頭を抱えた。