41.後ろ髪
この章で全編完結予定です。
どうぞまたお付き合いくださいませ。
今日も僕はグリーゼルのお見舞いにきていた。
このところ毎日来ているけど、今日はバートがいないかつい確認してしまう。部屋に入るとグリーゼルのはにかむ顔が見えて、僕も顔を綻ばせた。
「そろそろツッカーベルク侯爵邸に戻るんだって?」
「はい。もう随分お世話になりましたし、体調も良くなってきましたので」
グリーゼルの姿勢良く立つ姿が、もう大分回復していることを物語っていた。その姿にはグリーゼルらしい気品が感じられる。一時は医師から見放されるほどだったのだから、ここまで回復してくれて本当によかった。
あれからグリーゼルを診る医療体制は、父上と同じくらいにした。僕がいなかった時のように、グリーゼルを蔑ろになど絶対にさせない。
そのお陰か、はたまたグリーゼルの回復力のお陰か、体調は思ったより良さそうだ。
もう馬車に乗って自宅に帰ることもできるだろう。だが――
「もっとゆっくりしていてもいいんだよ。まだ万全ではないだろう?」
「いいえ、そんなに長くお世話になるわけには参りませんわ。お父様ももう屋敷に帰るそうですし」
グリーゼルの父上――ツッカーベルク侯爵は陛下暗殺未遂事件からずっと王城で勤めてくれていた。グリーゼルが療養で王城にいるからというのもあったし、陛下が不在の間の公務も手伝ってくれている。
「護衛騎士のことは侯爵に話をしておいたよ。初めは渋っていたけど、話したら納得してくれたようだった」
「ありがとうございます。彼らを雇ってくださったことは本当に感謝してもしきれませんわ」
グリーゼルの護衛騎士たちは野盗に捕まり、グリーゼルを奪われてしまった。その責を感じて騎士団を退団してしまったが、僕が雇うことで再びグリーゼルの護衛に付いている。ツッカーベルク侯爵は失敗した護衛を再び付けることを渋っていたけど、元々精鋭であることと、彼らの忠誠心を説くと分かってくれた。
ふと窓辺に目を向けると、アガパンサスが活けてあるのが見えた。先日バートから熱烈な求婚と一緒に送られた花だ。
グリーゼルはバートの求婚を受けるんだろうか?
グリーゼルにとっては、僕よりバートの方が余程いい相手と言える。
呪いもなければ、婚約破棄されたエルガーの近くにいる必要もない。
隣国は近いとは言え、嫁いでしまっては滅多に会うことはできないだろう。いや、僕以外の男の妃になっている彼女を見るくらいなら、その方がいいのかもしれない。
できることならこのままこの城に引き留めて、僕のものにしてしまいたいくらいだ。
でもそれではグリーゼルは幸せではないだろう。
「レオポルド様?」
グリーゼルが首を傾げて顔を覗いてくる。
いつの間にか考え込んでしまっていたみたいだ。視線を上げれば、答えを持つ人物が目の前にいる。僕は思い切って聞いてみることにした。
「バートのところに行くのかい?」
グリーゼルはパッと顔を赤らめた。バートからのプロポーズを思い出しているようだ。そんな可愛い顔、僕がさせたかったなと思わず苦笑いが浮かんだ。
聞かれてから思案し始めた様子のグリーゼルは、まだ決めかねているようだ。
「バートランド殿下にはもっと綺麗で相応しい方がいらっしゃると思います」
その言い方からバートが嫌なわけじゃなさそうなことに、チクリと胸が痛む。
それでもグリーゼルが自分を卑下していることの方が気になった。そういえば僕の城に来たばかりの頃ももう嫁げないとか言っていたなとを思い出す。
きっとエルガーのせいで、自信を失ってしまっているんだろう。エルガーには「婚約者に相応しくない」と婚約破棄されたようだし、バートも同じ王子だ。
僕の気持ちはまだ伝えられなくても、せめてこれくらいは言ってもいいかな。
「グリーゼルは綺麗だよ」
真っ直ぐグリーゼルを見据えて、僕の正直な気持ちを伝える。グリーゼルが僕の城に来たあの日から抱いている気持ちを。
「え……」
バートの言葉で自身の欲を隠して。ただグリーゼルの自信を取り戻すために。
「容姿だけじゃなく、誰かを助けようとする君は気高くて……」
(僕の呪いにすら怯まず向かってくる君は)
「強かで……」
(真剣に呪いと向き合ってくれた君は)
「美しいよ……」
嗚呼、困らせてしまったね……。
グリーゼルは胸のリボンをギュッと握って、眉毛をハの字にしていた。口を引き結んで、何か言おうとするのを耐えてるみたいだ。
――君を困らせたい訳じゃないんだよ。
「バートが言ってた通りだ」
グリーゼルには幸せになる権利がある。
できるなら僕がそうしてあげたいけど……。
僕はニコリと笑って、何でもないことのように言ってのけたけど、グリーゼルは俯いてしまった。
暫く沈黙が続いたあと、顔を上げたグリーゼルはもうどうするか決めたようだった。
「まだレオポルド様の呪いを完全に解いてはいませんわ。わたくしが解呪するというお約束ですもの。マクスタットにはまだいけません」
…………あ。
「……そうだったね」
まだ僕の側にいてくれるということが、こんなにも嬉しい。いっそバートより僕を選んでくれたと勘違いしてしまいそうだ。
でもグリーゼルはきっと責任感からそう言ってるだけだ。
ただせめてもう少しだけ、側で君を感じさせてほしい。呪いが解けるその日まで。