40.バートランドの情熱(第二章完結)
今レオポルドとバートランドがいるのは、屋外の訓練場である。屋内の広い訓練場もあるが、レオポルドが風魔法を使って手合わせをする時は文字通り飛び回るため、いつも利用するのは屋外の訓練場だった。
前回の手合わせはもう五年も前だというのに、二人は当たり前のように屋外の訓練場に集まった。
周りにはレオポルドとバートランドの手合わせを見に来た騎士たちと、万が一のための救護班。
一様に固唾を呑んで、剣を手に構える二人を見守っている。
「では行くぞ!」
「ああ!」
レオポルドの声から一拍おいて、二人は同時に駆け出す。
二人の剣が交わるか……という寸前でレオポルドが右にすり抜け、バートランドの後ろを取った。
が、バートランドが振り向き様の一撃を繰り出し、レオポルドは剣で受ける。
ギィィンッッ!!
「くっ……」
鋭い音と共にレオポルドが仰け反った。
剣を久しぶりに握ったレオポルドでは、鍛錬を続けるバートランドには到底敵わないことは分かっていた。しかし今回は久しぶりに剣を握るレオポルドへのハンデで、魔法を使っていいことになっている。魔法アリでなら、負けたことはない。
後ろに飛んで体勢を立て直したレオポルドは、風魔法でバートランドの上空を飛んで、上から攻撃を繰り出す。力では敵わないので、重力を乗せる作戦だ。
ガキィィンッッ!!
再び剣が交わる鋭い音が訓練場に響く。
バートランドは上空からのレオポルドの一撃をまともに受けていた。——受けてなお一歩も引かず、レオポルドの剣を押し留め、更に左に振り払う。
レオポルドは咄嗟に地面に片膝と手を付いて倒れるのを回避する。
まだまだ余裕がありそうなバートランドは、ため息をついた。
「どうした? あの風を出してもいいんだぞ?」
分かりやすい挑発だ。
五年前には風の攻撃魔法も使って戦っていた。
しかしそれで人を傷つけてきたレオポルドは、どうしても自ら人に風の攻撃魔法を出すのを躊躇う。
「俺がお前の風で傷を作ったことがあったか?」
一度足りともない。
最初の不意に出てしまった風でさえ、バートランドは難なく蹴散らしてみせた。それ程までにバートランドの剣技は昇華している。その事実にレオポルドはいつも救われていた。
ニッと誇らしげな顔を見せたバートランドに、レオポルドの躊躇いは消えていく。
「じゃあ遠慮なく使わせてもらうよ。後でナシにはできないからね」
「望むところだ!」
ヒュルルッと円盤状の風魔法が二つ、バートランドの右側に出現する。バートランドは咄嗟に反応して、剣でそれらを蹴散らす。
と風を散らした反対側からレオポルドの剣が振り下ろされる。
カァァンッッ!!
完全に不意打ちを食らって、剣を受けたが少し上体が逸れる程度で、剣を受け切る。しかしバートランドの後ろには風魔法がすでにヒュルルッと唸りを上げていて、一歩も下がれない。
バートランドは汗を浮かべながら、高揚感に満ちていた。これほど手に汗握る戦いは本当に久しぶりだ。剣を握る手をギュッと握りなおし、バートランドは力づくで押し返そうとする。
「まだまだだ!」
「それはどうかな?」
疑問を浮かべる間もなく、レオポルドが自分の体ごと風魔法で押し出し、バートランドに迫る。
それと同時に土魔法でバートランドの足元を崩して体勢を崩す。
「しまっ……!」
崩れる体勢を何とか動かして後ろの風魔法を避けるが、そこにはもう風魔法はなく、バートランドは地面に倒れる。剣がカラァァンと音を立てて、バートランドの手から零れ落ちた。
「完全にお前の勝ちだな! やはりレオポルドとやるのは面白い!」
負けたというのに、晴れ晴れとしたような顔でバートランドがレオポルドを見上げる。
「ちょっと卑怯な手を使ったけどね」
そう言ってバートランドに手を差し出し、倒れた友を起こす。
「戦場では卑怯も何もない。お前の勝ちであることには変わりないさ」
もうバートランドは立ち上がり、体を起こすために差し出した手は必要ない。しかしその手を握ったまま真剣な表情でレオポルドを見据える。
「レオポルド、俺はお前が王になるのなら、協力は惜しまない」
隣国の王子であるバートランドの後ろ盾はかなり心強い。十四歳から辺境に引きこもっていたレオポルドが王になるには、絶対に必要だろう。しかし——
「僕は王位継承争いで僕の為に誰かが傷付くなんて嫌だよ」
だから王にはならない……そう告げたレオポルドの顔は苦渋に満ちていた。もしかしたら今回の事件も王位継承争いが関係しているかもしれない。しかしそれでもバートランドは手を離さずに続ける。
「それでもお前が上に立った方が守れる者は多いんじゃないか? そしてそれを望む者も」
じっと見据えるバートランドに、レオポルドは意図を理解できず首を傾げる。
「そのうち分かるさ。……ところで別の勝負はハンデなしで正々堂々と勝負させてもらってもいいよな?」
「手合わせもまたやろうぜ」と軽く手を振って、その場にいた騎士に箝口令を出しつつ、バートランドはその場を後にする。
レオポルドは訳が分からず、その場で考え込んだまま、その後ろ姿を見送った。
*****
「美しいオレの女神」
数日後、いつものようにグリーゼルのお見舞いに来ていたレオポルドは、扉の前で固まっていた。扉の中から男性の囁くような声が漏れ聞こえてくるからだ。
「毒に侵されながらも、オレの無実を訴える貴方はどうしようもなく美しかった。まさかオレに味方をしてくれる方がいるだなんて思っていなかったのに。謁見の間でそれを証明してくれた貴方はまさに戦場に現れた女神のようで……誰よりも気高く強かだ。貴方の近くで愛を囁けるなんて幸福で天に召されそうだ。オレの気持ちの十分の一にも満たないが、どうかこれを受け取ってほしい」
(確かに物怖じせず誰かを助けるために進んでいくところはまさしく戦場の女神だし、誰よりも気高く強かで美しいのには同意するけど……)
なんてレオポルドは愛の囁きに感心してしまっていた。というより他のことに目を向けることができないでいた。自分の方が先に好きになったし、一緒にいた時間だって長いのに、呪いのせいで気持ちも伝えられていない体たらくに向き合うことが……。
話が途切れたところで恐る恐る侍女が入室の声をかけると、男の声で「どうぞ」と返事が来る。そろそろと侍女が扉を開けると、アガパンサスの花を手にしたグリーゼルの腰に手を回して口説くバートランドの姿が目に入る。
ブワッと鳥肌が立ち、体が勝手に強ばる。
そういえばバートランドにアガパンサスからは毒が作られないか確認されたな……と意外と冷静な頭に過る。
アガパンサスは隣国マクスタット王国では愛の花と言われ、プロポーズの時に渡されるらしい。花言葉は「愛の訪れ」。
「返事はいつでも構わない。どうか心に留め置いてほしい」
そう言って彼女の手の甲に唇を落としたバートランドは、用事は終わったとばかりに扉へ向かう。その扉の前で一部始終を見ていたレオポルドの方へ。
グリーゼルは真っ赤な頬に手を当てて、ただ渡されたアガパンサスを見つめて固まっていた。
バートランドはレオポルドを視界に入れると、答えとばかりに言い放つ。
「この勝負は正々堂々と……な」
「……なっ……!!」
「何で知って……」とか「君も!?!?」と聞きたいことも、抗議したいことも山ほどあったが、ハハハと笑いながら高速で逃げるバートランドには何も届かず、その後をひたすら追いかけた。