39. 元護衛騎士たち
やっと歩けるくらいに回復したグリーゼルの元に、レオポルドが元護衛騎士を連れてきていた。
元護衛騎士——つまりグリーゼルを守り切れなかった騎士たちだ。
「グリーゼルお嬢様、お嬢様をお守りできず、申し訳ありませんでした!!」
短く刈り込んだ頭の騎士を先頭に、六人の騎士が綺麗に並んで頭を下げている。
グリーゼルは彼らが生きていてくれただけで、ただただ嬉しかった。
「いいえ。皆さん生きていてくださって、本当によかったです。わたくしの軽率な行動で、大変な目に合わせてしまって、ごめんなさい」
いくら優秀な騎士でも護衛対象が自由に動き回れば、守れるものも守れないだろう。
それなのにグリーゼルは毒の霧や国王暗殺未遂事件があった王城に向かい、まんまと襲撃を受けた。更に襲撃中も護衛対象でありながら馬車から出てしまったせいで、騎士達は陣形を崩すことになってしまった。多勢に無勢で防御魔法をかけようとしたのだが、素人判断で動いてしまったことを後悔していた。
「そ……そのようなことはっ……。 悪いのは力が足りなかった我らです。お嬢様は何も」
騎士たちにとってはそれでも守るのが仕事である。守りきれなかった相手に庇われるなど、不甲斐なさしか感じない。
騎士はギリっと拳を握り、悔しそうに顔を歪めて言葉を続ける。
「我らは責任を取り、騎士を退任いたします」
騎士たちにとってはせめてもの罪滅ぼし。
グリーゼルを守りきれなかった事実は変わらないが、そのままでいいわけがない。
しかし、え……と騎士たちを見つめるグリーゼルは、信じられないと言った表情だ。
「当然です。護衛対象をお守りできない役立たずなど、騎士ではありませんから」
苦虫を噛み潰したような表情で告げる騎士に、グリーゼルはいいえと首を振る。
「貴方たちは立派な騎士です」
はっきりとそう告げたグリーゼルは、騎士たち一人一人に声をかけていく。
「クルト、貴方は素早い攻撃で敵をたくさん倒してくれましたね。木の蔓での足止めがお見事でした」
「ダニーロはいつも私を気にかけて、手を差し伸べてくれましたね。貴方は気遣いができる素敵な騎士です」
「ジョルジュ、貴方は広い視野を持っていますね。私が王城に行くと言った時も、危険を訴え最後まで反対してくれました。貴方の言葉を聞かずにこんなことになってごめんなさい」
「ミカエル、貴方は剣が強いですね。最初の敵を倒した剣戟お見事でした」
「パトリック、貴方の炎の攻撃はとても強くて頼もしかったです。あれのお陰で殆どの野盗は近寄れませんでした」
気づくと騎士たちは皆涙を流して、腕で顔を拭っていた。
最後に先頭にいるリーダーであるヴィクトールの前に立つ。その瞳からはもう涙が溢れていて、手のひらで顔を覆っていた。
「ヴィクトール、貴方の指示で見事な連携ができていました。わたくしの軽率な行動で、陣形を乱してしまってごめんなさい。本当に皆生きていてくれてよかったです」
グリーゼルの瞳にも涙が浮かんだ。
自分のせいで名誉ある騎士を辞めてしまうなんて、胸が締め付けられる思いだ。
「レオポルド様、彼らを私が護衛として雇うことはできませんか?」
「いくら公爵令嬢でも、武力を持つことはできないね。僕が雇おう。グリーゼルの護衛としてね」
騎士たちはバッと顔を上げ、涙を拭うことも忘れて問い返す。
「レオポルド様……? よろ……しいのですか……? 我らはみすみすグリーゼルお嬢様を……奪われた護衛だと言うのに……」
「うん。でももう二度目はないよね?」
今の様子を一部始終見ていたレオポルドは確信する。
どの騎士よりも彼らのグリーゼルへの忠誠心は高くなったであろうことを。
そもそも彼ら元護衛騎士たちは騎士団の中でも精鋭だ。彼らが駄目であれば、それよりも優秀な人材など連れてこれない。
であれば自分の傘下に入れてしまった方が都合がいいと考えていた。
「「「はい!!」」」
声を揃えてレオポルドの問いに応えた騎士たちはポロポロと涙をこぼしながら、口々に感謝と忠誠を誓った。
「ありがとうございます」
「もう二度と」
「私たちのような者たちを……」
「命に代えてもお守りします」
それを見て満足げに微笑んだレオポルドは、グリーゼルに向き直り、これでいいよね?という顔を向ける。それにグリーゼルも涙を見せて「ありがとうございます」と頷いた。