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34. 情報屋

 日も傾き、夜の帳が落ち始める頃、レオポルドはトールキンを伴って城下町の外れまで来ていた。

 表通りにはもう人もまばらで、道ゆく人も皆路地裏に吸い込まれていく。

 レオポルド達も昼間に会った情報屋を探して路地裏に入ると、ぼんやり灯りが漏れる酒場が見えた。

 中に入ると表通りとは打って変わり、食事を愉しんでる人や酒を煽り顔を赤くしている人で賑わっている。

 カウンターの方に目を向けると、すぐに目当ての人物が目に入り、向こうから声をかけてくる。


「よぉ、昼間の兄ちゃん。また会ったな」


「シス、君に仕事を頼みたい」


 気安く声をかけてきたシスがレオポルドの後ろに控える白髪の執事トールキンの存在に気付いて、その顔色を変えた。


「アンタ、貴族だったのか……」


 椅子をガタッと言わせて、立ち上がる。


「残念ながらお貴族様とは取引しない主義でね。他の奴を当たってくれ」


 シスはチャリっと小銭をカウンターに置いて、立ち去ろうとする。それを見て焦ったレオポルドはシスの腕を掴んで引き留める。


「僕の情報と交換はどうだい?」


 外套の内側からチラリと見せた懐中時計には、王家の紋章が描かれていた。

 シスはゴクリと息を飲んだ。王族の情報なんて得られれば、何ヶ月か遊んで暮らせる金が手に入るかもしれない。しかし同時に扱いはどの情報より難しい。……だが本当に王族絡みなら逃げられないんじゃねぇか?と冷や汗が服の下を滑る。


「僕の大切な人の命がかかってるんだ。頼む……」


 王族が絡んでる人物の命の危機……それだけで充分な情報だ。だが目の前の綺麗な顔を悲しみで歪ませてるお貴族様を見れば、良心の呵責に苛まれる。しかしこっちも商売だ。この数分で積み上がった情報を元に脳みそをフル回転させて利益とリスクを天秤にかける。


「……いいぜ。マスター、奥の部屋を使わせてくれ」


 あいよ、と返事をしたマスターはカウンター脇から奥へ続く通路の扉を開ける。

 一番奥の部屋まで来ると、どうぞと扉を開けてマスターはさっさと店に戻ってしまった。

 席に着いたシスはレオポルドが座ったのを確認して、テーブルの上で手を組んだまま話し始める。


「それで……レオポルド・ジベリ・フリードウッド王子様が欲しい情報ってのはなんですかい?」


 ニヤリと不敵に笑ったシスは、名前を言い当てた相手を見据える。

 レオポルドはピクリと反応したが、表情を変えずに聞き返す。


「知っていたのかい?」


「いや、さっきの紋章で分かった。そんなことより、昼間に運んでたアコーニタムが関係してるんですかい?」


「敬語はいいよ。君の言う通り、あの花の毒に侵されている人がいる。しかも光魔法が効かない」


「毒ねぇ。……っつうことは、あの花から出た毒を中和する薬がほしいんだな」


「そうだ。それができる人の情報でもいい」


「分かった。俺が持ってる情報は、アコーニタムの毒に光魔法が効かない理由。アコーニタムの毒を中和する方法。それができる奴の情報だ。それぞれ金貨十枚だぜ。どうする?」


 金貨十枚は小さめの家が買えてしまう程度のかなりの高額。それが三つ分となれば、もう少しで豪邸に手が届く。つまりぼったくりだ。

 シスは辺境伯領に篭りっきりだった王子……つまり僕のことを知っているんだろう。世間知らずのお坊ちゃん王子にまずは吹っかけてみた……というところかな。まぁいい。この場合全てないと答えに辿りつけない……と言ったところだろう。


「全てその金額で買おう」


「ほう」


 シスは獲物がかかった狩人のような笑みを浮かべる。それと同時にあまりの大物に身震いしそうになるのを必死で隠していた。


「ただし君は僕から金貨二十枚で情報を買う。それと高額だし、情報もう一・二件おまけしてくれるかな?」


 レオポルドはさらりと涼しい顔で追加条件を言ってのけた。この条件なら実質金貨十枚で情報5件は手に入る。

 シスは口元をヒクヒク言わせて、苦笑いしている。


「こりゃ、とんでもねぇ王子様だな」


 元々吹っかけた値段だ。全て合わせて金貨十枚でも充分お釣りが来る金額だろう。

 それに最後の毒を中和することができる人物の情報っていうのが曲者だ。

 これは人の情報があっても、その人が実際に毒を中和してくれるかは分からない上に、遠方にいたり移動できないような場合、グリーゼルを治してはもらえない。最悪の場合、もう死んでいていないとかだと手の打ちようもない。……しかしそれでも藁にもすがりたい状況なんだ。


「いいぜ。その条件で飲んだ」


「じゃあ交渉成立だね。僕はさっき情報を一つ出したから、君からお願いしてもいいかい?」


 そう言うと顔を半分後ろに向け、トールキンと呼んだ。かしこまりましたと短い返事をしたトールキンは、スッとテーブルの横まで来て、懐から金貨十枚をテーブルの上に積み上げて塔を作る。

 その一部始終を確認してから、シスは話し始めた。


「いいだろう。まずアコーニタムは木魔法でのみ、花の中に溜まった魔力を引き出すことができることは昼間に言ったよな」


「うん」


「毒を作る時も木魔法でこの花から抽出するんだが、その時アコーニタムの魔力を閉じ込める性質も受け継いじまうのさ」


 レオポルドは顎に手を当てて、うーんと考えながら斜め上を見上げる。


「なるほど。それで光魔法が効かないんだね。……でも一度アコーニタムの毒を受けた人を光魔法で治すことができたんだよね。何か条件があるのかい?」


「そうだ。花から出たばっかりだと、まだ殻が薄いんだ。でも人の中に入って魔力を吸うと閉じ込める殻が硬くなる。つまり時間が経つと光魔法でも治せないってことだ」


 それでグリーゼルの毒は治らなかったのか。かなりの毒を浴びてから、しばらく経っていると聞いた。


「なるほど。でも解毒する方法もあるんだろう?」


「あぁ。アコーニタムの魔力を封じ込める性質は、同じアコーニタムから抽出した魔力に溶けるんだ。だからアコーニタムから薬を作ってやればいいのさ。でもそれをできる奴が偏屈な奴でな。会ったとしても毒を治してくれるかは分からねぇぜ」


 やっと見えてきた希望に、思わず安堵の表情が出る。でもまだぬか喜びはできない。薬を作れる人の情報を聞くまで、改めて気を引き締める。


「さて、俺は情報を二つ話したぜ。次はアンタの番だ」


「うん。陛下を暗殺しようとした人物がいる」


「……!?……はは……こりゃとんでもねぇ情報だ」


「暗殺自体は前にもあったけど、今回はなりふり構わず殺しに来てるみたいだね」


「ほぅ。だが確かに暗殺の話はよく聞く。まだ金貨二十枚には足りないねぇ」


 ジロリと獲物を狙う目で、レオポルドを()め付ける。


「大丈夫、まだあるよ。先日の謁見で僕に王位継承権が戻ってきたんだ。……望んだわけじゃないんだけどね」


「……ほう。確かアンタは王位継承権を返上してたよな。魔力暴走で」


 うん……よく調べてるね、と少し苦笑い気味で続ける。


「その魔力暴走がなくなったからね。それまで王位継承者はエルガーだけだった。でも僕に王位継承権が戻ってきたから、エルガーが第一王位継承者で、僕が第二王位継承者だ」


「未来の王様になるかもしれねえ人物と交渉してるだなんて、すげえ話だな」


 シスは目を細めてくつくつと笑ったが、全く気後れはしてないようだった。


「僕は王にはならないよ。でも周りの人はそうは思わない。今までエルガーに取り入っていた貴族たちにとっては、面白くないわけだね」


「それでまだエルガー殿下が第一王位継承者のうちに王様を殺しちまおうってことか」


 レオポルドはこくりと頷いた。


「陛下を暗殺しようとした時の情報をグリーゼル・ツッカーベルク侯爵令嬢が得たようなんだ。彼女には精鋭騎士六人を付けていたけど、何者かに襲われて彼女は毒に侵されている」


 シスはバッと顔を上げて、目を見開いた。


「まさかツッカーベルク侯爵令嬢がアンタの大切な人なのか!? あのエルガー殿下に婚約破棄された!?」


 レオポルドは一瞬眉間に皺を寄せたが、すぐに元の冷静な顔に戻り、肯定する。


「そうだよ」


 グリーゼルには僕の後ろ盾があるという情報があれば、おいそれとは手を出せない筈だ。

 ……もちろん手を出した奴は許しはしない。


「アンタ婚約破棄された理由は当然知ってるんだよな?」


「もちろん。ナーシャ・ペイジ男爵令嬢の周りに闇属性の魔力があったから、呪いをかけたと言われたんだろう? でもあれは実は……」


 レオポルドはそこまで言って口を閉じる。


「……なんだ? そこまでしか言わねぇのかよ」


「僕のお願いを聞いてくれたら、教えてあげるよ」


 にっこり笑って情報屋であるシスを手玉に取る。シスは再び口元をヒクヒク言わせて苦笑いすることになった。


「アンタとことん俺を使い倒す気だろ。なんだよ。お願いって」


 はぁーっとため息をついて聞いてみる。


「この情報を広めてほしいんだ。いいかい?」


「いいぜ。それでも充分儲けられる」


 ニヤリと笑ったシスには、自信があるようだ。

 広めるってことはこの情報を触れて回らなければならない。相手が欲しい情報じゃないから、利益を得られるわけじゃないと思うんだけど、それでも儲けられる手腕があるってことだね。僕のことを知っていたことといい、意外と優秀なのかな?


「グリーゼルは男爵令嬢にかけられた呪いを解いたんだよ。呪いをかけようとしてたんじゃない。だから闇属性の魔力が男爵令嬢の近くにあったってことさ」


「へぇ、やるな。呪いの解呪ができる奴なんて、数えるほどもいねぇのに」


「うん。とても優秀で素晴らしい女性なんだ」


 今度は今までとは違う優しげな笑顔で、グリーゼル侯爵令嬢のことを語る。


(その笑顔を見た令嬢たちはイチコロだろうけど、そこまでベタ惚れなんじゃ取り付く島もねぇな)


 シスがそんなことを考えていると、レオポルドは元の冷静な顔に戻っていた。


「グリーゼルを襲った連中は灰色のローブを被っていたことしか分かっていない。でも精鋭騎士六人を倒せる強者か、人数が動けば、目立つよね。その情報が欲しい」


「おまけの情報か。いいぜ……と言いたいところだが、まだこっちの情報が足りてない。その情報と一緒に明後日アンタのところに薬を作れる奴を連れて行くってのはどうだ?」


 最初の条件は薬を作れる人物の情報を教えてくれるということだった。それが『連れてくる』になってる。最悪会えない可能性まで覚悟してたのに、一気にこちらが有利になり過ぎだ。


「連れてこれるのかい? 偏屈で解毒してくれるとは限らないんだろう? 追加料金は?」


 レオポルドは目を見開いて、まくしたてる。


「アンタさっきから喋り過ぎだ。どんだけその姫さんを助けたいんだよ。焦ってちゃ、交渉もできねえぜ」


 ハッとしたレオポルドは苦笑いして、頬を搔く。


「本来ならアンタがグリーゼル侯爵令嬢の後ろ盾ってだけで金貨二十枚には充分だ。それでもボッてんのによ」


「だから僕のために更におまけして、薬師を連れてきてくれるということかい?」


 にっこり笑顔でありがとう、と好意に甘える。


「バ……ッバッカ野郎! 俺はあんまり釣り合いが取れないのは性に合わねーんだよッ」


 案外優しい人なのかな?と思っていると、指を差して指摘される。


「それにアンタ帰ってからほとんど休んでねえだろ。ひでぇ顔色のままだ。折角情報渡したってのに、姫さん助ける前にぶっ倒れたら意味ねぇだろ」


「もしかして心配してくれたのかい?」


「……んなっ!? なんッで俺が何不自由なく育ったお貴族様の心配しなきゃなんねーんだ! 寝言は寝てから言え!」


「うん。ありがとう。帰って寝ることにするよ」


「ダーッ! もうっ!」


 シスは悔しそうに悶絶しながら机を叩く。

 その後も金貨半分だけ受け取り、残りは次でいいからと受け取らずに部屋を後にした。

 本当に優しい人だな。落ち着いたら、もっと彼の話を聞いてみたい。明後日が楽しみだ。


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