33. 敵か味方か
真っ暗な闇の中、ただ一人グリーゼルは佇んでいた。空気が薄いのか、なんだか呼吸もしづらい。ボーッと頭痛がする頭で起こったことを思い返していた。
あの日……馬車で王城に向かった日、レオポルド様に家から出ないように言われていたのに、約束を破ってしまった。
私の浅薄な行動のせいで、騎士たちを死なせてしまった。ーー私のせいで。
(ごめんなさい。騎士たち……レオポルド様!)
顔を覆って絶望感に打ちひしがれ崩れ落ちると、真っ黒な闇に押し潰されてしまいそうな感覚に襲われる。
そこにレオポルド様の姿がぼんやりと浮かび上がる。ただその目にグリーゼルは写らないかのように、あらぬ方向を見ている。
「……愛してる」
ドクンッと胸に痛みが走る。
誰に向けておっしゃったの……?
自分ではない誰かに向けて放たれたその言葉に、激しく動揺した。
その先にはいつの間にかナーシャ嬢がいた。
またドクンッと胸が痛む。
今のレオポルド様のお言葉は、ナーシャ様に向けて言った言葉……?
真っ黒な闇が自分の中にドロドロと入り込んでくるような感覚がする。
……いや……この感情はもともと私が持っていたものとよく似てる。以前はエルガー殿下に愛されるナーシャ様を呪った……これは嫉妬だ!
そんなまさか!
レオポルド様は私の婚約者でもなんでもない……!
それなのに嫉妬するだなんて、まるで自分のものみたいに……!
自分がどうしようもなく醜いものに思えて、もういっそ闇に押し潰されて消えてしまいたくなりながら頭を押さえる。このドロドロした闇を自らの中から二度と出さないように、その手をギュッと握り締めた。
*****
レオポルドが扉を開けると、そこにはナーシャ嬢がいた。
なぜナーシャ嬢が……!?
ナーシャ嬢はグリーゼルをよくは思っていないようだった。
ーーまさかグリーゼルに何かしに……?
言い知れぬ不安に駆られて、招き入れることができずにいると、ナーシャ嬢は自ら部屋の中に入ってくる。
「グリーゼル様のお見舞いに来ました。失礼します」
拭いきれぬ不安から自分でも意図しない一言が口から出る。
「グリーゼルは君にかけられた呪いを全て解いたんだよ」
「え……?」
ナーシャ嬢は驚いて目を丸くしたまま僕の顔を見た。グリーゼルの様子に不安が拭いきれていないせいか、それとも疲れているせいか、いつもなら入り口で体良くあしらうのに今日はそれもできず、こんな駆け引きも何もないマウントを取るようなことを言ってしまうとは……。それでももう口から出てしまった言葉は消せない。続けて説明する。
「以前君の周りにあった闇属性の魔力は、君に呪いをかける為のものではなくて、グリーゼルが君の呪いを解くためのものだったんだよ」
「え……! あれはグリーゼル様が呪いに失敗したんじゃなかったんですか!?」
病人が寝ている部屋であまりに大きい声を、唇に人差し指を当てて制止する。
「す……すみません」
気まずそうに頭を下げたナーシャ嬢だったが、それでも僕の勘違いを否定する。
「わたしはグリーゼル様に仕返しをしに来たわけじゃないんです。ただわたしの光魔法で治せないかと……」
すでに王宮の光魔法使いに治癒してもらっているのは分かってるんですけど……とどんどん小さくなっていく声と共に、恥ずかしそうに俯く。
いや……むしろ恥をかいたのは僕の方かもしれない。ナーシャ嬢を疑って、あからさまな嫌味を言うなんて。
「僕の方こそすまない。グリーゼルに光魔法をかけてくれるかい?」
コクリと頷き、ベッドに近づく。
グリーゼルの青白い顔に一瞬たじろいだが、キッと力を込めて、寝ているグリーゼルに向かって手をかざす。
パァーッと手から光が広がり、グリーゼルを包んでいくが、どれだけ待ってもグリーゼルは青白い顔のまま目を覚さなかった。
「このまま死ぬなんて許さないんだから。前世の話だって、もっとしたいのよ……」
「え?」
ボソリとナーシャ嬢が呟いた声は、あまりに小さすぎてレオポルドには届かなかった。
「なんでもありません。お力になれないみたいです……すみません」
ナーシャ嬢が苦笑い気味に誤魔化すのに、首を傾げたがそれ以上は追求せず、二人で部屋を出て、別々の方向に向かった。