30. 捕らえられた令嬢
バートランドは窓から外を見ていた。部屋の中からは見えないが部屋の扉には護衛という名の監視が二人いて、ほぼ部屋から出られない。今下手に動けば自分にかけられた容疑を裏付けるようなものだと分かっているので、バートランド自身も大人しくしているしかない。
レオポルドが隣国から証拠を持ってきてくれると言ってくれた。今はそれを信じてただ待つだけだ。
何もできない自分に歯痒さを感じて、窓の外を眺めていた時、灰色のローブが数人、大きな布を抱えて窓の下を通りかかる。
その先に見える温室に向かっているようだ。少し変な装いだが、温室への搬入業者だろうか……?と考えたが、温室はあの毒の霧から封鎖されている。
灰色のローブたちが温室の中まで着くと、布を広げて何かを出した。
とても温室で使うとは思えない、大きな布?から縛っていた紐を解いて、温室から出てくる。
「何のための布だ……?」
不思議に思ってよく目を凝らしてみると布の向こう側に黒い房のようなものも見える……いや女性か!! 布で包んでいるように見えたものはスカートだ!
驚いてガッと窓枠を掴み、窓を開けてもう一度見る。間違いない! 女性だ!
すぐ様扉まで走り、バンッと扉を開けて衛兵に事態を知らせる。
「おい! 温室に女性が倒れている! 何者かに運び込まれたようだ!」
「はっ……はい!? ……本当ですか?」
陛下暗殺の容疑者として疑われているバートランドを簡単に信用するわけにはいかない衛兵は、逃げる口実か……?と訝しむ。
「本当だ! 早く助けを!」
イライラした様子のバートランドをまだ訝しむ衛兵は、その場から見える範囲でだけ移動して伝言相手を探す。しかしすぐ戻ってきた。
「近くに伝言を頼めるような者がいない。俺が扉の前にいるから、事実を確認してくれ。」
もう一人の衛兵が頷き、バートランドと共に部屋に入っていく。
窓の外の温室を指して、見るように促す。
「あの温室の中だ! 倒れているのが見えるか?」
目を凝らして見るが、バートランドほど目が良くない衛兵はよく見えないらしく首を傾げる。
「どこですか?」
バートランドはなかなか伝わらないことに苛立ちを覚えつつ、ここで怒ってもしょうがないのでグッと堪える。
二人でじっくり温室を観察していると、温室自体の色が変わってきたように見える。
「……あれは……?」
少しするとそれが青紫の霧であることに気がついた。
「あれは毒の霧だ!! 女性が危ない!!」
「すぐ助けを呼びに行きます!!」
衛兵は慌てて部屋を出て、「温室に毒の霧が!」とだけ行って、助けを呼びに走った。
しかし間に合うかどうか……。
もう一度温室を見ると、女性のスカートらしき布が動くのが見えた。
「まだ生きてる!」
*****
「……う……ん……」
目を覚ましたグリーゼルは硬い地面の感触と後頭部の痛みを感じて、襲われたことを思い出した。
バッと起き上がると、そこはすでに毒の霧が立ち込めていて、数日前に味わったあの毒の味を思い出す。ゴクリと唾を飲み込み、息をしないように後退りながら立ち上がった。
手で口を覆って温室の出口に向かうが、扉は押しても引いても開かない。扉の開け方の問題ではなさそうだ。鍵がかかっている……?
後ろから襲い来る濃い毒の霧は徐々に間合いを詰めてきて、今にも自身が覆われてしまいそうだった。
恐怖からドンドン温室の扉を叩き、助けを呼ぶ。
「誰か!! 助けてくださ……ウッ……ゴホゲホッ!!」
叫んだ瞬間毒の霧が肺に入ってきて、激しく咳き込む。毒の霧を振り払おうと、手を振ってみるが舞い上がるだけで効果はない。
すぐに毒の霧が体を覆うように襲ってくる。咳き込む喉からは息を吸うたびにヒューヒュー音がする。
苦しい。
誰か……助けて!
遠くで建物の窓から誰かが落ちてくるのが見えたが、もう涙目と霧でよく見えない。
だんだんと体の感覚もなくなってきたように感じる。
咳き込んでいたが、毒のせいで体に力が入らず地面に倒れ込む。
死ぬのかしら……。
レオポルド様の呪いも解けないまま……。
バートランド殿下の無実も証明できないまま……。
ーーガッシャーンッッ!!
意識を手放そうという瞬間、耳をつんざくほどの激しい音に、目を見開く。拳を血で濡らしたバートランド殿下が温室の壁を破って入ってきたところだった。
いきなり開いた空気穴目掛けて、毒の霧が噴き出ていく。
バートランド殿下は一目散にグリーゼルに駆け寄る。
「大丈夫か!!」
伝えなくては……。
バートランド殿下が無実であることを……。
「バート……ランド……殿下は……(ヒューヒュー)無実でっゲホゲホッ!……陛下は……別の……」
「しゃべるな!」
時折喉から風が通り抜ける音がする上、咳き込みながらしゃべるので、なかなか言葉にならない。
それでも伝えなくては、と必死で口を動かす。
本当はバートランド殿下ではなく、他の人に伝えなくてはいけないのも、分かっていた。でも今伝えなくては伝えられない気がして口を動かす。
それももうできず視界が真っ黒になっていくと共にグリーゼルは意識を手放した。
「グッ……リーゼル嬢!! ゴホッ」
バートランドは自分も限界を感じた。グリーゼルを横抱きにしてスクッと立ち上がり、再び開けた穴まで走る。
温室を出て、毒の霧が届かない安全なところまで来ると、バートランドは一気に息を吸い込み吐き出す。首だけ横を向き、ハァハァと肩で息をして、時折ゴホッゴホッと咳をする。
バートランドは困惑していた。
膝の上に横抱きにしたままの女性を見て、さっきの言葉を反芻していた。
(グリーゼル嬢は最後にオレの無実を訴えていた。
レオポルドが何か話したのか……?
いやでも『陛下は別の』と言っていた……。
もしかして何か知っている……?)
暫くして駆けつけてきた衛兵にグリーゼルを託すと、一緒に駆けつけた衛兵にバートランドは捕らえられた。