28. 陛下との会話
レオポルドと別れたあと数日経っても、グリーゼルは言い知れない不安に襲われていた。
部屋でウロウロしていると、突然ポンッと聴き慣れた音がして誰かの声が聞こえる。
「グリーゼル嬢、今話してもいいかね?」
大人の男性の低い声。
グリーゼルはすぐに誰だか思案する。
フーワを渡しているのは、レオポルド様とトールキンと……陛下!?
この中でグリーゼル嬢と呼ぶのは陛下だけ。そして声色も先日の謁見で聞いた陛下のそれだった。
(お……お待たせしてはいけない! 早く答えなきゃ!)
「はい! 結構でございます」
慌てたせいで変な声が出た。
しかしそれも構わず、返事を聞いた陛下は話し始める。
「突然すまんな。どうしても君と話がしたいと思ってな」
陛下の声はとても優しげで、少しずつグリーゼルの緊張を解してくれる。お陰で次の言葉はすんなり出た。
「陛下、どうしても話したいこととは……どのようなお話でしょうか?」
緊張が解れてきた……と言ってもソファでくつろいで話す気にもなれず、誰もいない部屋で立ったままピシッと姿勢を正して陛下の話を聞く。
「我が愚息たちのことだ」
陛下の御子息……レオポルド様とエルガー殿下のこと?
愚息だなんて言い方をなさるなんて……。
「まずは第二王子エルガーとの婚約、誠に残念なことになり申し訳なかった。あやつは昔から闇属性の魔力を毛嫌いするようなところがあってな。グリーゼル嬢のような美しく教養がある女性であれば、エルガーも闇属性に対する考えを改めることを期待してそなたとの婚約を結んだのだが……まさかあんなことをするとは。私の失態だ。すまなかった」
「いえ! 陛下がお謝りになることではございませんわ。……エルガー殿下に認めてもらえなかったのは、一重にわたくしの力が及ばなかったからですので」
闇属性への偏見を正すどころか、ナーシャ嬢を呪って更に闇属性嫌いに拍車をかけてしまった。陛下のご期待とは真逆のことをしてしまったというのに……。
「ふむ、本当にできたご令嬢だな。ツッカーベルク侯爵が羨ましいよ」
「そのようなことは……」
「それからレオポルドのことも、礼を申す。呪いのことは公にはなっておらんが、褒美を出すことはできる。何か欲しいものはないか?」
「……いえ! ご褒美だなんて! 先日いただいた分だけでも充分過ぎるほどですわ。解呪できたわけでもないのに、これ以上いただけません!」
「……そうか。しかし息子たちが世話になったことには変わりない。何か考えてそのうち礼はしよう。……これからも愚息たちのこと、見捨てないでやってくれると有難い」
「身に余るお言葉ですわ」
「ところでグリーゼル嬢、もしよければ……」
ドサッ!!
グリーゼルは辺りを見回してみたが、何か落ちたような物は見当たらない。
今の音はフーワから聞こえた……? 陛下の近くからかしら?
「陛下、お覚悟を!!」
「何奴!!」
シュッ!! ……ドスッ!!
今の音、まさか!!
「何故お主がバートランドの剣を持っている!?」
刺されたかと思った陛下の声が聞こえて安堵するが、フーワを落としてしまったらしく、陛下の声は遠い。
「それはもちろんバートランド殿下を犯人にするためですよっ!!」
ーーバシュッ!!
「ぐあぁぁぁ!!」
剣が何かを斬りつけた音と、陛下の叫び声……そして血飛沫がポタポタッと床に落ちる音が耳を掠り、今度こそ陛下が斬られたのだと理解した。
「陛下っ!!」
「ハッ!? 今の声は……?」
思わず声を上げてしまったことを後悔する。
犯人に気づかれてしまった。
ヒタ……ヒタ……と足音が近づいてくる。
冷や汗が伝い、恐怖に震え始める。
姿も見えなければ、一瞬声を上げただけ。
私が何かされることはない筈だ。と必死で恐怖に争い、耳を押さえる。
ーーガシャンッ!!
一瞬自分が何かされたのかと思った。
しかし当然ここには誰もいないし、体も無事だ。先程まで聞こえていた陛下の周りの音は何も聞こえなくなっていた。おそらくフーワを壊したんだろう。
フーッと膝の力が抜けて、その場にしゃがみ込むが、陛下が刺されたのだと慌てて頭を切り替える。すぐに自分のフーワを出して、王城にいる父上にかける。
「父上! 陛下が何者かに襲われました!! お怪我をされているかもしれません!」
「何だと!? グリーゼルか! 分かった! すぐに騎士を向かわせる!」
バタバタと走り出す音を聞いて、フーワを切る。
「陛下……ご無事だといいのだけれど……」
先程まで優しい声で話をされていたのに、陛下の叫び声が頭から離れないーー。