2度目の悪役令嬢は処刑を望む
「本当にこれで良かったのか?」
「ええ、もちろんよ。私の望んでいた通り。完璧だわ」
私は、首と胴体が分かれて肉塊となった自分の体を見下ろしながら満足そうに答えた。隣に浮かぶ神の御使様同様、今の私の誰にも姿は見えないだろうけど。
「それほどあの王子を愛していたのか? 婚約者だとか言う」
「愛していたのは確かよ。でも御使様の想像するような理由では無いけど」
私の言葉に美しい男性の姿をした御使様は可愛らしく首を傾げた。子犬みたいで思わず笑みが溢れる。
私はきっと、愛した男性が出会った運命の人と結ばれるように健気に身を引いて、その命まで捧げたようにでも見えるのだと思う。だってそう見えるように動いたから。
一度目の人生では何も出来なかった。無力で無知で、気が付いたら修道院に押し込まれて泣き暮らして祈るしか出来なくて。謀をもって王太子殿下を籠絡した異世界からの巫女はとてもずる賢く、私にとって替わって婚約者になるとそのまま王妃になってしまった。
確かに私は彼女に害を加えたことはあったけど、王太子殿下との仲に嫉妬して嫌味を言ったり少し無視をしたりの可愛い嫌がらせしかしていなかった。それがいつの間にか異世界からの巫女の命を狙って暴漢を差し向けた事になっていて、私の知らない証拠がたくさん出てきて……誰も私のことを信じてくれずに断罪を受けた。
無知故に清らかな心を持っていた私はただ悲しむだけで、心から愛していた王太子殿下を恨むなんてできなかった。涙を溢して、「きっと何か間違いがあっただけのはず」と修道院から手紙も出した。当然何も起こらなかったけど。
そうして勤勉で敬虔な修道女として一生を終えた私は魂の座にて……ご存知の通り神々に一度だけチャンスを与えていただいたの。あまりにも気の毒な人生だったから、やり直しをさせてあげよう、と。
きっと神々は私が、今度は王太子殿下を奪われずに異世界からの巫女の企みを防いで幸せになるところが見たかったんでしょうね。
だってあの女は「異世界から来た」と言う物珍しさだけで何の力も持っていなかったじゃない? 特殊な能力や秀でた才能どころか、この世界の誰もが持っているような魔力でさえ。二度目の人生で考えたのだけど、きっと私が修道院に入ってから国がとても乱れたと思うのよね。王太子殿下やその側近達は、平民にもいないような突飛な事をする彼女を可愛いと言っていたけど王妃にはとても向いていないもの。
「内乱が起きたのは?」
「修道院の中でもそのくらいの話は聞こえてきましたけど……まさか一度目の人生で起きた戦争は彼女のせいで?」
難しい顔でうなずく神の御使様の様子に、私はコロコロと笑った。
「神々の力は信仰の強さによって変化する。戦争などで人が大勢亡くなればそれだけ……」
「なるほど、だから私を過去に戻してくださったのね。あの毒婦の犯行を止めて欲しくて」
下っ端の修道女として一生を終えた私は、領主や国の名前が変わったこと、孤児が増えたことくらいしか気付かなかったが……きっとこの国だけでない影響があるほどの大戦になったのだろう。
御使様から話を聞くと、「よくもまぁ一人でここまで禍を振りまけたものだ」とあの女に感心してしまう。本人はただバカで自分の欲に忠実だっただけで、大きな罪を犯すほどの器すら無く、直接戦争を起こしたわけでも無いが。結局一度目の世界で嘘を並べ立てて私から婚約者の座を奪ったあの女は姦通罪で秘密裏に処刑されていたそうで、しかもそれが私が亡くなるより早くて、そこだけ面白くて笑ってしまった。
一番影響が大きかったのは、あの女が産んだ息子が「毒婦の産んだ悪魔」と呼ばれて心に闇を抱えて育ち、後に大戦を引き起こす狂王となった事だろう。
「何故こんな事に……これでは一度目より酷いでは無いか」
「あら、でも内乱も、そこから起きる大戦も起きないわ。明日にでもあの女の正体が国中に知れ渡るもの」
あの女が王太子殿下の婚約者に収まることはないし、そしたらその可哀想な王様は産まれない。
そう言うと、悲壮感たっぷりだった御使様が目を見開いて私の方を勢いつけて振り返った。眼下には首が離れた私の死体。それが……あの女の正体を暴けるなら何故1日早くやらなかったのかとその目が語っている。
「ねぇ、だって見てくださいな」
「……無実の罪を着せられた少女の首を落として歓声を上げる、無知ゆえの醜悪な民しか見えない」
「違いますわ、あちらの王太子殿下。私がここまで悪辣な事が出来る人間だったかと未だに心のどこかで引っかかってらっしゃるの」
「そりゃあ……」
私は今現在は、処刑を100回やっても足りない極悪人という事になっている。異世界の知識を持ってこの世に現れた少女を嫌い、虐げ、子供同士のいじめにおさまらないような危害を加えた。婚約者のいる身で他の男と通じ、奴隷売買に手を出し、市井に存在する犯罪組織に資金と武器を提供して、罪なき女性に暴漢を差し向け、その被害者の中に異世界からの巫女も危うく含まれるところ。他余罪多数……という事に、「なっている」。そう、私はこれらの罪を何一つしていない。
……一度目の人生では何の力もない少女だったから、罪の捏造と言っても可愛いもので、婚約者を寝盗るくらいしか出来なかったのだろうけど。私は今回の人生で、一度目の知識を使って先物取引で得た資産を使ってあの女に「王太子の婚約者を陥れる力」を与えてやった。あの女は気付かないままもちろん私の掌の上で転がしてはいたのだけれど。
私の家の敵対派閥と組んで実家が脱税したような裏帳簿を作った跡も、存在しない奴隷を私が戯れに殺した事件を捏造した事も、その闇社会の者達との関係を示す証も、自分がした罪を私がやったように見せかけた証拠も私が握っているとは知らずに。
私以外にも、見目が良い男性と婚約している女性が「そんな良い男と婚約してるなんて気に食わない」というだけの理由で被害に遭っていたのは申し訳ないと思う。流石にそんな事までするとは予想がつかなかった。
「……貴女は、あの王子の苦い顔が見たかったのか?」
「いいえ、まさか。あれはほんのオードブルですわ。私が見たかったのは……絶望。そう、王太子殿下が真実を知った後に私を処刑した事を心から悔やんで浮かべる絶望の表情ですの! 今でさえほんの少し引っかかる事があるのに、後から私が無実だと知ったらどれほど後悔する事でしょう……きっと朝晩心を苛んで、そのうち精神に異常をきたしてしまうかもしれないわ」
恍惚として語る私に、御使様が「名状し難いおぞましい何か」見るような目を向けてきた。
「私……私ね、ラブレターを書きましたのよ。貴族の礼節にのっとらない、ただの恋文。もちろん生まれて初めてのことになります。そこに殿下への恋慕の丈を全て綴って、一緒にあの女の罪状とその証拠を同封して、『彼女の事を貴方様が心から愛しているようなので私は身を引きます、貴方が彼女と幸せになれるように、彼女の罪は私が持っていきます』と書いたのです!」
「それは……そんな……一生の心の傷になるだろうな……」
「証拠の数々には『どうぞこれで貴方の大事な彼女をお守りするために私に罪をお着せください』と添付しましたが……王家が醜聞を避けて秘匿する可能性も考えて、実家を含めた5カ所に一応同じ内容の密告文書と同程度の裏付けになる証拠も預けてありますので、国がもみ消そうとした場合に『この彼女の代わりにあの毒婦が生きながらえるなんて許せない』と正義に駆られた……私が目をつけた存在達が声を上げて殿下の罪の意識を苛んでくれる手筈になっています」
「抜かりないな……」
「一応王妃教育を受けたものですから、この程度の盤面操作は……でも、私としては真実を公にしてあの毒婦を裁くのはついでのようなものですから」
「……え?」
「殿下が、毒婦に謀られて殺してしまった私への謝罪と後悔に苦しんで苦しんで一生悔やみながら生きてもらうためにこの筋書きを書いたのですもの」
御使様は唇を震わせて、細く吐息をこぼした。まるで私におびえているようだ。
「二度目の人生で、私がそう願えば殿下と幸せな家庭を築くことも出来たでしょうね。異世界からあの女が来てからも、知っていれば用心して罠にかかることは無いでしょうし」
「でも、それだと、私は普通にしか殿下に愛していただけないでしょう?」
「朝も晩も苦しいほどに愛して愛して狂ってしまうほど愛おしいのが私だけだなんて、不公平じゃない?」
「だからね、私も殿下に……朝も晩も私の事を考えて愛しくて申し訳なくて狂ってしまうほど後悔に胸を焦がす人生を死ぬまで送っていただきたくて」
「私、花を手配していますのよ。この先100年分。100通分の恋文も書いたの。殿下の誕生日に毎年届くように分散させて預けてあります。……殿下はこれから死ぬまで、自分が殺してしまった元婚約者の愛の証が届くのをよすがに、罪悪感から自殺する事もできずに生きていくのよ……! ああ、なんて素敵なのっ」
私がとうとうと語っているうちに、日が暮れて夜になり、朝日が登った王城の中。神の御使に連れられた美しい少女が胸の前で手を組み嬉しそうにふわりと浮かぶ。
只人には見えないその2人の足元には、今朝になって発見された手紙に目を通した後に、昨日処刑した元婚約者の名前を叫びながら膝をついて涙を流す王太子の姿があった。
「ああ、死ぬほど愛してますわ、私の王子様」
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「聖女を殺した毒婦を処刑しろ!」
「償いを!」
「いいや償い切れるほどの罪では無い!」
「せめてその命で僅かでもあがなえ!」
「刑を執行しろ!!」
私が死んだあの日に歓声で沸いていた広場は再度人の狂気が溢れていた。この場にいる全員が、今磔にされている少女に全ての責任転嫁をして、彼女を責めることで自分達の罪の意識を軽くしようと足掻いている。
私はそれを、教会の鐘塔の天辺に腰掛けて笑いながら見下ろす。あの女の処刑方法は「鼠の刑」に決まった。磔にされたまま抵抗できずに、飢えた鼠に齧られて喰われて体の端から失ってゆっくり死に向かう処刑方法。
「今彼女の太腿から下が樽の中に入っているでしょう? ふくらはぎをズタズタに切り裂いたところに、餓えた鼠が注ぎ込まれて喰われるのよ」
新鮮な生きた餌に一斉に群がるのよ。そう言うと横に立っていた御使様は顔を引きつらせた。
「いゃああああっ! いだい、ぃだっ、いだいっ、ごべんなざぁいっ、おねが、やめて、あああっああああ!!」
「良い気味だ……この毒婦め!」
「無実の罪で聖女を貶めて国を乗っ取ろうとしてたんだ! せめて罰は受けるべきだ!!」
「いだいっ、いだいいいぃぃっ!! ぁああああっ! やべでぇええええっ!!」
あの女が悲鳴を上げるごとに、自らの罪に目を逸らした……私の断罪に加担した人間達は溜飲を下げる。膝から下は鼠が群がってどうなっているか見えないが、滴り落ちた血が樽の隙間から処刑台に漏れ落ちているのでそこそこ出血しているようだ。
この刑は、そのうち体を伝って登ってきた鼠が「顔にあいている穴」から中に入ろうとするところからが本番だ。臓腑を中から食い荒らされる事を防ぐために鼠を噛み殺し、足掻く様を見る。そのために猿轡はされていない。処刑人が腹に穴を開けて鼠を押し込むことも過去にはあったそうだ。
「うっ……」
「ねぇ、ご覧になって御使様。あの王太子様の様子。とても可愛らしくていらっしゃるでしょう?」
彼は手紙を2通、手元に握りしめて虚な目で処刑を眺めている。微かに動く唇は私の名前をずっと呼んでいて、ああ、王太子殿下のお心を私が占めていると思うだけで天に登るほど嬉しい。
1通は私の処刑の翌日に届いた、あの女の罪を記したもの。もう1通は、殿下の誕生日である昨日届いたであろう、生前の私が残していた手紙。
『貴方様が幸せになることが私の心からの願いです。どうか貴方様が選んだ、あの少女と幸せになってください。魂となっても殿下のことをお慕いしております。また来年の誕生日をお祝いさせていただくことだけはお許しください』
自死を選べぬように追い詰めて追い詰めて、最後に献身を見せた締めくくり。こうして年に一度の手紙にすがって、残りの日々を後悔と贖罪に費やして苦しんで苦しんで生きて欲しい。
手紙の中の私が「立派な王」を望んで激励しているから、王太子の責任を捨てて狂って逃げることもできない。
「……ごめん、ごめんなさい……僕はなんてことを……」
殿下は私の事で胸がいっぱいになって、ここ数日は食事もまともに喉を通らない。夢でも、現実世界の物陰にも私の姿を見るからすっかり憔悴してしまっている。涙は枯れる気配はなく、目の下が荒れていた。
寝ても覚めても私の事を思ってくださるなんて、とっても嬉しいわ。
「死も私達ふたりを分かつことなどできませんわ……心から愛しております……っ」
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勢いで書いたシリーズ
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書籍化作業中の「悪役令嬢の中の人」もよろしくお願いします!!!