7.焼肉たべたいよぉ
スロウランドの繁華街にある一軒の焼肉屋。
区切られた個室の一つでは、ジュウウ、と白い煙が昇って、ダクトに吸い込まれる。人類が焼肉屋を始めてから、変わらない光景だ。
「ほらっ、食え。タレの小皿に、この焼けた肉もいれておくぞ」
「うへっ、おっさん。自然肉なんて久しぶりだぞ。人工肉よりずっと上手い」
「おっさんと呼ぶな。局長と呼べ。明日づけで、クルト君も、行政局の一員なんだからな。あと、人工肉なんてあんな塩漬けのエサを思い出させないでくれ。おっ、また焼けた。それ食え、やれ食え」
ゼンジロウは、焼けたハラミをクルトの皿に入れる。おっさんは、脂っこいのは苦手だ。
「ふはっ、うまい。最高だ。行政局で働くと、毎日、焼肉か?」
「バカを言うな。これは私のポケットマネーだ。今日は君の就職祝いみたいなもんだな」
「「ははははは………」」
クルトはビールも頼んで、ゼンジロウも久々にお腹いっぱいまでお肉をつまんでいく。
二人が上機嫌になってた頃合いに、突然、ガラガラと、個室のドアが開いた。
「なんだぁ。オーダストップはまだ早いぞ?」
ゼンジロウの表情が凍った。
そこには、幽鬼のごとく立っている、キャステ准将がいるのだ。どんな修羅場をくぐってきたのか、制服のあちこちが破れて、袖には血のりがベットリついている。
「アタシもねえ、流石に、一人で素人をほっぽり出すなんてやりすぎたかなと反省して、賊の拠点を荒らしながら、局長をお探ししたんですよ。そしたら、局長殿は、楽しく焼肉ですか……」
呆然とする二人を尻目に、キャステはずんずんとテーブルまで近づく。
すると、ちょうどいい具合に焼けていた高級肉の群れを残さず、奪い取る。
「ああっ、それは100グラム5000ゴルドの超高級肉!!なんてことをっ」
「オバサン、何するんだよ」
キャステの目がカッと開いたかと思うと、次の瞬間には、不似合いな慈愛に満ちた顔になっている。
「おい。チンピラ。今なんて言った」
「だから、おばさんだよ。年をとると耳が遠くなるのか?それに俺はチンピラじゃねえよ。今日から立派な、社会人だ。行政局勤めのな」
「へえ、それは都合がいいねえ。局長、このチンピラをどこに配属するおつもりで」
「いや、……まだ決めていないが」
キャステが怖いので、ゼンジロウは何も言えない。
「それじゃ、員数不足の軍務課がもらって構いませんよね。このチンピラにはデスクワークなんてできそうもありませんし」
ゼンジロウは、こくりこくり、と黙って頷く。今のキャステには、逆らわない方がよい。これ以上は、救えない。キャステへの生贄となってくれ、若者よ。焼肉の代償だ。
「おい、この鼻垂れ、今からアタシがお前の上司だよ。おばさんと言ったお礼は、明日から、たんとさせてもらうからね。楽しみにしておけよ、ほほほ」
キャステは、高級肉を、美味しそうに頬張りつつ、笑った。
ドギワ星系行政局スロウランド本庁。べつに支所なんてないが、本庁は本庁だ。
事務所が置かれているのは、スロウランドの植民当初に建てられた、簡易なつくりの二階建て。やや黄ばんだ壁は、古くて、どこからともなくカビとヤニの混ざったにおいがする。
ライトやコンピュータの備品も全部、廃棄処分するところをもらってきたどこかのお古で、茶色に焼けている。
フロアにはデスクが並べられ、奥に長官であるゼンジロウの机。そこから二手に分かれ、Uの字になるように机が並べられている。
ほとんどが主のいない、空き机だ。乱雑に書類の詰まった段ボールが置かれて、ほこりが層をなしている。
わずかに使われているのが、ゼンジロウの机を含めて4つだ。
「おい、来月までにスペースクルーザ免許取れよ。じゃないと、クビだ」
「横暴です、姉御!無理っすよ。俺、ろくに勉強もしたこともなくて」
なりゆきで行政局に採用され、キャステにこき使われているクルトは、ハチマキを頭に巻いて、参考書あいてに唸っている。
「アタシはな。こんな地上で、グダ巻いているより、宇宙に帰りたいだ。その時のために、クルーは一人でも多い方が良い」
ドギワ行政局の最高指揮官であるキャステは、ドギワ艦隊の総司令官でもある。ただし、総兵力2人。全武装は、予算不足で弾の補充ができない機銃一丁と、壊れかけのホバーボート一隻だ。同好会以下の規模である。
名目上は、地球圏より、広いドギワ星系をこれで守ることになっている。水上艦艇一隻でどうやって、宇宙を守るのだ。
軍備拡張を狙うキャステ准将は、クルトの持ち船を接収しようとしているが、必死にクルトは抵抗している。
ただ、ゼンジロウの見るところ、もう時間の問題だろうが。
そもそも、最近のクルトは、キャステにしごかれて訓練、訓練で、愛船に触るヒマもなさそうだ。
件の愛船は、間借りしている銀河連邦軍のドックの片隅で、ホバーボートともに、あてもなくプカプカと浮いている。
ゼンジロウも最近は、定時帰りで嬉しい。お飾りの長官には、仕事なんてないのだ。実質的にドギワ星系を管轄している銀河連邦軍からの、A4サイズの一枚の報告書にハンコを押すだけ。それで1日の仕事は終わりだ。
最近は、近所のスーパーで惣菜を買って、借りてきた映画を見る。眠たくなったら寝るという大学生のような生活を送っている。
キャステが、妙にクルトのしごきに力を入れているのも、暇だからだろう。
それにしても、キャステは、31歳だ。その年齢で、准将というのは、左遷される前は相当なエリートだったはずだ。それがどうして、こんなキャリアのゴミ捨て場にいるのだろうか。
なんだか触れてはいけない気がして、ゼンジロウは詮索はしていない。
「こんにちは。マリウスです。本日の報告書をおどけに参りました」
ドアがノックされる。
すると、きっちりとワックスで長い髪をまとめた青年が入ってきた。連邦軍の制服を着ているが、軍人というよりセールスマンという印象だ。
「やあ、ご苦労様です。いつもありがとう。でも、わざわざ君が書類を持ってこなくても構いませんよ。あなたも、参謀部付で忙しい身でしょうに」
何の権力もない冴えないおじさんであるゼンジロウに、マリウスは丁寧に書類を渡し、重要トピックについての説明をする。レクチャーされたからといって、ゼンジロウに拒否権はなく、ただ追認のハンコを押すだけだが。
「それには及びません。僕が来たいから来ているだけです。お気になさらず」
マリウスは、そう言っているが、実際にはこんなところへ来ている暇はない。
マリウスは、駐屯している連邦軍の若き参謀で、階級は大佐にまで昇進している。
ドギワ駐留軍200万の、頭脳を担っているのだ。
わざわざそんな人物が、どうしてここに来ているのか。
それはゼンジロウにも、すぐに察しがついた。
「キャステ准将、今晩、ご飯にいきませんか?」
「馬鹿言うな、若造。貴様にそんな暇があるものか。アタシなんかと飯を食うより、貴族や反乱軍の相手が先だ。貴様、参謀にもなってそんなこともわからんのか!」
毎日、キャステに声をかけて、撃沈するマリウス。見ていると、微笑ましくもあり、かわいそうでもある。
今日も、断られて、マリウスは、とぼとぼと部屋を出て行った。
「キャステ君は、マリウス大佐と知り合いなのかね?」
「アタシが軍学校で教官をしていたころ、ヤツは生徒でした。ほんの短期間ですがね」
「教え子が熱心に、食事を誘っているんだ。少しぐらいは乗ってやってもいいんじゃないか?」
「あんなモヤシと一緒に飯を食ってもねえ……」
キャステは、それ以上は何も言わない。
ゼンジロウとしても黙っておいた。




