2.空港での出会い
「アテンションプリーズ、本客船は、スロウランドに間も無く着陸します。安全のためシートベルトをお締めください」
ゼンジロウは、放送で目を覚ますと、寝ぼけなまこのままシートベルトを締める。窓から地上をのぞき込むと、広い大陸にポツンと一つ、都市がある。典型的な植民惑星だ。
ゼンジロウは、バスケットに入れられているパンフレットを手に取る。
『 スロウランド
ドギワ星系の玄関口にあり、ドギワ行政区の拠点が置かれています。アース星系とドギワ星系を繋ぐ唯一の航路ポイントに位置する星であり、交通の拠点として入植以来、栄えています。
本星の歴史をもっと知りたい方は、スロウランドターミナルから徒歩15分。ドギワ植民歴史館(火曜日定休・入場料大人300ゴルド・小人150ゴルド)に……』
大気圏に突入し、揺れる客船で小さな文字を追っていると、ゼンジロウは気分が悪くなって来た。パンフレットを放り投げると、再び眠りに入った。
「えーと、迎えが来るらしいが、どこだろう?」
ゼンジロウは、ターミナルの出口で、あたりを見回す。
旅行業者の出迎えは見えるが、他にそれらしいのは見えない。
行政区の長官といえば、その地域における最高権力者だ。普通は、派手な出迎えがあってもいいものだろう。
だが、ゼンジロウは、ここ十数年の窓際生活で、承認欲級や権力欲は、すべてどこかに消え去ってしまった。出迎えがないことに怒ることもなく、淡々と状況を受け入れる。
大方、何らかのアクシデントがあったのか、それとも、自分が歓迎されていないのか。
後者の可能性も、十分にありえるだろうな、と、重たい旅行カバンを運びながら考える。
「タクシーでも拾うか……」
ゼンジロウは、とぼとぼと乗り場まで歩いていく。冴えないおじさんが、重たい旅行カバンを引きずりながら歩いていく。その後ろ姿は、哀愁こそ漂わせているが、威厳はない。
すれ違う人々は、彼がこの星の最高権力者だとは誰も思わないだろう。
「ガケフチ長官、お待ちしておりました」
私が、タクシーを探していると、猛スピードで真紅のスポーツカーがやって来て、急停車する。これはすごい。マーズ自動車の最新型だ。私の安月給では、ローンすら払えまい。
ドギワ行政局は、公用車に最新のスポーツカーを使えるほど、財政に余裕があるのだろうか。
こんな豪華な車での迎えなら、出迎えがなかったことに文句を言うまい。
車の窓が開くと、細身の長身で、銀髪の長い髪をなびかせた美女がハンドルを握っていた。
「君が、迎えかい?一人か?」
「はい、小官は、ドギワ行政区軍務局長キャステ准将です。長官どのに関しては、以後よろしく。急いで、荷物をトランクに積んでください。ハイウェイの割引時間がもうすぐ終わります。何をぼうっとしているんです。差額を長官どのが払ってくれるんですか?」
行政局軍務課長ということは、行政区における軍務のトップじゃないか。
私の次に偉い人物が、わざわざお出迎えとはどういうことだろう。
だが、その偉い人物がもっと偉いはずの私を、今、睨みつけて、早くしろとせかしている。ますますわけが分からない。
ともかく、軍服に縫いつけられ勲章から推測するに現場上がりらしいキャステ准将の眼光に射すくめられると、気弱な私は、動けなくなる。
おじさんをいじめるのはやめてくれ。
戸惑うばかりの私を見かねたのか、車から出て来たキャステ少将は、乱暴に私の旅行カバンを奪い取ると、トランクに投げ入れた。
それでも動かない私に、キャステはまどろっこしいという目線を向ける。
私は、キャステに対する動物的な恐れから、助手席に飛び乗る。
「靴の汚れを払ってから乗ってくださいよ。愛車が汚れるじゃないですか」
キャステは、ますます鋭い目つきになって私を見て舌打ちする。
「すまない。愛車?……これは、キャステ君の私物なのかい?」
「そうですよ。それが何か?部下のいない将軍には、贅沢とでもいうんですか?」
私には、キャステ君の言い草に、聞き覚えがありました。
私が務めていた資料編纂室には、今のキャステ君と同じような、吐き捨てるような言い方をする者がよくやってくるのです。
彼、彼女たちの共通点は、全員、左遷されて来た者ということです。それはそうだ、資料編纂室は、最後に行き着く掃き溜めなのですから。
部下がいない将軍と自分を呼ぶなんて、きっと、キャステ君も、周囲との仲がうまくいっていないのだろうと、私は想像しました。
そうすると、急にこの冷たい態度の部下にも親近感が湧いて来ます。
「君には、期待しているよ。困ったことがあれば、なんでも相談したまえ。長官としての職権内なら、できるかぎりのことをしよう。約束する」
「なら、長官。アタシに艦隊を預けてください」
「……?君は、ドギワの軍事を司る軍務局長だろう。我が方の管轄下にある艦船の配属は君の好きにするがいい。私には軍事は分からない」
私としては、キャステ君の立場を尊重して、発言したつもりでしたが、意外にもキャステ君の機嫌はますます悪くなった。
「……ふんっ。これまでの長官たちと同じで、口だけは達者ですね。警備艇一隻で艦隊司令ですか。上等ですね。それで、お貴族の戦艦でも沈めて見せればよろしいんでしょう」
「友好国の船を沈めるなんて発言を軽々しくするんじゃない、キャステ君。ジャーナリストに聞かれたらどうする。失脚ものだぞ」
「お言葉ですが、記者どもは、ウチに記事を割いてくれるとは思えませんけどね」
キャステ君は、アクセルをいらただしげに、グッとふむ。
これ以上、会話をしても良い方向には転びそうもなかったので、私も話しかけるのをやめた。いきなり、ナンバー2と不仲になりそうで、私の胃がきゅっとなる。
二人とも黙った車内に、エンジンの唸る音がこだまし、グッとGがかかった。