第九章
「二度と、か?」
「さっきの言葉をほかの奴に教えない限りは大丈夫だろうな」
案の定、そう聞いてきた鬼切に、俺はそう返した。
それをどうとるかは、鬼切次第だが……
「……感謝する、人間よ」
鬼切は90度に腰を折り、俺に礼を言ってくれた。
こういうところが、大半の大妖とは違うところだよなぁ。
「かまわないよ。俺も両親から、鬼切にあったら開放してやれと言われてたしな」
これは事実だ。二人だけでなく、おじいちゃんにもそう言われた。
「……そうか。だが、この恩は、一生忘れん。これは、俺の武士としての誇りなのだからな」
「さすが、鬼切安綱の付喪神といったところか。そういえば、なんで碓氷と戦ったんだ、それも刀だけで」
もう、妖に堕ちてしまったとはいえ、仮にも刀の付喪神なんだ。それが、強いとはいえ、ただの人間と、妖術を使わなかったとはいえ、剣術の戦い。
手加減をしていたようにも思えなかったし……
「ああ、そのことか。あの人間が、刀だけで戦う代わりに、修行にこの森に来た者たちを傷つけるなという約束を交わしたのだ」
……なんじゃそりゃ。
あいつって、そういうキャラだったっけか?
「……何のために?」
「さてな。人の考えることはよくわからん。しかし、あの人間、見かけに反して、随分と熱い感情を持っている者だったな」
「……誰の話をしてるんだ?」
「ん?もちろん、先ほど俺と戦っていた人間のことだが?」
いやいやいやいや。
絶対違うでしょ。
いや、だって、あの碓氷だよ?え、何?熱い感情?
あいつのどこにそんなもんがあるんだよ。
碓氷蓮楓さんですよ?属性も性格通りの水だし?そこに立ってるだけでその周りが一気に冬になるじゃん。
それが、なんだって?熱い感情を持ってるやつだぁ?
……冗談はよせよ。
「なんだ、信じていないのか?」
「まあ、うん、信じて、ません」
「俺は奴と刀を交わしたのだぞ。これくらい、ほかの奴よりは十分わかっている」
と、言われてもなぁ。
立ってるだけで周りが凍るあの碓氷様ですよ?
……でも、本当なんだろうな。
妖に落ちたとはいえ、もともとは付喪神なんだ。人の心の奥の感情を察することができるのも無理ではない……
「ところで、お前の名を聞いていなかったな、恩人」
「ああ、そういえば。俺は流川風弥だ。恩人っていうのはやめてくれ。別に命を助けたわけではないだろ?」
俺は二っと笑って鬼切に手を差し伸べた。握手の合図のつもりだったが、なぜか俺の差し出した手に、鬼切安綱がおかれた。
「え……?」
「なぜこの森に入ったかは大方見当がつく。人間の陰陽師は、正式に認められるには、妖の式神が必要となると聞いた。だから、俺がお前の式神になってやろう、風弥よ」
俺はその言葉に驚いて、何を言っているのかがわからなくて、ちょっと固まってしまった。
「なんだ、俺じゃぁ、不満か?」
「いや、そういうわけじゃなくて……ですねぇ。勿論、俺としては嬉しいけど、本当にいいのか、鬼切。俺は碓氷……さっきの奴に比べて霊力も少ないし、実力も劣ってるんだぞ」
「フッ。何バカなことを言っているんだ。お前は十分強いだろ」
そういうと、俺の返事を待たずして一方的に何やら呪文を唱え始めた。
「え、ちょっ」
呪文を唱え終えた瞬間、俺が握っていた刀が光を放ち始め、それと同時に俺の手の甲に鬼切安綱の柄の部分に似たような模様が現れた。
いやいやいやいやいや。待って、こんなの聞いたことないんだけど!?
「ふっ。これからもよろしく頼むぞ、風弥よ」
「そっち側からの一方的ってありなのかよ……後、なんなんだ、これは?」
鬼切安綱は光を放ちながら鬼切の元に戻り、そして、鬼切の額には俺と同じような模様が現れた。
手の甲の模様を鬼切に見せると、鬼切は不思議そうに首をかしげて聞いてきた。
「知らないのか?これは、俺とお前が契約を結んだという意味だ。お前たち陰陽師が俺らに結ぶ式神の契約の力は俺にとっても、お前と一緒にいたさっきの黒天狗にとっても効力が低いんだ。だから、俺がもう少し強力なものを結んでやった。もちろん、お互い平等だ」
「……そうか。って、それって、一方的にできるものなのかよ?!」
「いいや?だって、お前は俺の渡した刀を受け取ってくれただろ。それが承諾の意味だぞ」
「…………」
あまりにも当たり前だと言わんばかりの顔の鬼切に対して、さすがの俺も黙り込んでしまった。
俺としては卒業試験がこうも簡単に終了できたのは助かるし、それに最初の式神が鬼切みたいに強い奴だからうれしいが……本当にこいつは俺なんかでいいのか?
「それよりも、俺に名前を付けてくれないか」
「……はい?」
「名前だよ、名前。鬼切などという呼び名ではなく、昔から名前が欲しかったんだよ」
……え、まさか、それだけのために俺の式神になってくれたんじゃ……
「なんだ、その顔は。俺は確かにお前の力を認めているぞ」
「俺、何もやってないのに?」
「……うっ。ま、まぁ、それは、だな。感だ、そう、感でお前は強いと分かったんだよ!」
…………なるほど、そんなに名前が欲しかったのか。しかし、名前か……
困ったなぁ。誰かに名前つけるとか、あんまし得意じゃないんだよね……
ネーミングセンスがマイナスだから。
「うーん…………。じゃあ、柊なんてのはどうだ?訓で読むとひいらぎになるが、長いからな。しゅうって呼び方もかっこいいだろ」
「なるほど、退魔の木か」
「お前にピッタリだろ」
気に入ってくれてよかった……
「じゃあ、これで決めるけど、いいか?」
「無論だ」
俺は縦長の和紙を取り出し、そこに「柊」という漢字を書き込んだ。そして、柊から血を一滴もらって、その紙に落とした。
すると、その紙は勝手に浮かび上がり、柊の体に触れると、一瞬で彼を包み込んだ。
それから何秒かすると、紙は消え、神妙な顔をしている柊が見えた。
ん、なんだ?
「どうかしたのか?」
「……いや、大丈夫だ。それよりも、もう帰るのか?」
柊は何か言いかけたが、結局何も言わずに話をそらした。
まあ、言いたくないなら無理強いしても意味ないか。と、思った俺は、仕方なく柊の話に合わせてやることにした。
「いや、まずはクロに報告して…………」
と、気のそばを見渡した俺は、その時になって初めて、クロがどっかに消えていることに気が付いた。
あれ?ちょっと待って……消えたんですけど?????!
「おい、大丈夫なのか?」
「…………大丈夫な気がしない。クロの力は一時的に開放してやったけど、多分もう時間切れ……柊、探せるか?!」
「やってみるが、こういうのは得意分野ではないな」
「かまわない。二人で手分けして探そう。見つけたら教えてくれ」
「了解だ」
一方その時、風弥に忘れ去られたクロはムスッとした顔で、暇そうに近くを飛び回っていた。
(風弥の奴、俺のことほったらかしにしやがって……謝ったってもう許さないからな。きっと今頃、鬼切は風弥の式神になったんだろうなぁ。名前も、ちゃんと付けてもらえて……俺が式神になってやろうと思ったのに)
そう考えながらふらふら飛んでいると、ふと自分がいつの間にか道に迷ってしまったことにようやく気付いた。
「やばっ。転送札は風弥のところだし、俺、力封印されてるし……どうしよう!!!!!?」
「…………さい」
(ん?)
「……るさい」
(あれ、なんか、声がするんだけど?)
かすかに声がするのを聞くと、クロは不思議そうに周りを見回した。
すると、一本の木に寄りかかって、おなかの部分に手を当てている赤髪の青年が見えた。
(うわぁ、きれいな人だなぁ。あ、そういえば、なんか言ってたっけ?)
「うるさい。静かにできねえのかよ」
「え、あ、ご、ごめん」
「……はぁ、もういいよ」
(なんだよ。態度悪い人間だな。……あれ、でも)
「妖?」
「はぁ?俺は人間だよ。まあ、怪異の血は混じってるが……」
(へぇ、珍しいなぁ。人間と妖の子か……)
「おい、物珍しそうに俺を見るな。煩わしい」
(むっかぁ!ほんっとうに、態度悪いな)
クロはそう考えながらさっきよりもさらに不機嫌オーラを醸し出させた。
それを見た青年は、ため息をつきながら、おなかを抑えて立ち上がった。
「迷子になったのなら、俺についてこい。外まで案内してやる」
「え、本当に?!」
「そんな下らんうそはつかねえよ。それに、俺もこの傷は治してもらわなければいけないからな」
(傷?けがしてるのか、こいつ?そういえば、前に風弥からもらった傷の手当てをする薬があったっ気がする……)
そう思い、クロは自分の服のポケットの中をあさり、ビンを取り出した。
「その傷、見せてよ。前に風弥から傷薬もらったんだよ」
クロは、羽をしまって、青年のそばまで行くと、持っている瓶を青年の前にかざしながらそう言った。
「…………」
感謝の言葉の一つでも言ってくれるのではないかと期待したクロだが、その青年は一言も言わず、瓶を受け取ると、クロに背を向けた。
「……ねぇ、ありがとうの一言とかないの?」
「ありがとう。……これでいいか」
「これでいいかって……なんか俺に言わされてる感じじゃん」
「事実、お前に言わされてるだろ」
「…………むかつくやつだな、お前って」
そうはいったものの、けが人を放っておくこともできず、クロは彼が傷の手当てを終えるまで待ってやった。
と、言うのは建前で、あくまでも、彼がいないと森から出られないからというのが本音だった。
「…………」
「…………」
(変な人だよなぁ。ほかの人間は、俺を見るなりおびえるか俺の羽を見て物欲しそうな眼をするかなのに、こいつは怯えもしないし俺に口答えしてくる。風弥も最初俺を見たときはびっくりしすぎて動けなかったのに……。半妖だからかなぁ)
「……行くぞ」
「へ?」
「森から出るんだろ」
「あ。う、うん。ほんとに、案内してくれるの?」
傷の手当てを終えた青年は立ち上がり、クロに向かってそういった。
「転送札で転送するだけだ」
「……あれ、君も風弥と同い年なんだ」
「……流川主席には及ばないけどな」
自嘲するように笑って見せると、彼はズボンのポケットからしわくちゃになった転送札らしきものを取り出した。
「やっぱり……!お前、なんていうんだ?俺は星霧っていうんだよ。いい名前だろ?風弥のおじいちゃんにつけてもらったんだよ」
「……クロじゃないのか」
(あ、やっぱりこの呼び名って広まってたんだ……なんか、いやだ)
「違うよ。それはあくまでも風弥がつけてくれた仮の呼び方だよ。名前、教えなかったら呼び名はクロにしようとか言いだしてさぁ……ひどくない?確かに俺は黒天狗だけどさ、いくらなんでもそんな犬みたいな呼び方はないよ……」
「ふっ……随分と流川の奴に不満があるんだな」
「あ、笑った」
軽く口角を上げた青年を見ると、クロはぱあっと嬉しそうな顔を浮かべた。
「……笑ってない」
「うそ、笑った!見えたからな!で、お前の名前はなんなんだ?」
「綴和颯だ」
「和颯かぁ。見た目に反してさわやかな名前だね」
クロがそういうと、和颯は一気に不機嫌そうに眉間にしわをつくった。
(俺、またなんかいけないこと言ったか?)
「……はぁ、まあいい。それよりも、流川の奴と一緒に返らなくていいのか?」
和颯がそう聞くと、今度はクロのほうが不機嫌そうな顔をした。
「いいんだよ。風弥は俺なんかじゃなくて、鬼切とかのほうに興味を持ってるみたいだし」
そういうと、クロは和颯が持っている転送札を奪って、彼の手を握りながら転送札を破った。
「星霧」
「ん、何!あんまよく聞こえない!」
「いや、なんでもない」
目じりを和らげ、和颯は自分を握っている手を握り返した。
感想とかアドバイスがあったら言ってくださいね。




