第八章
それから俺とクロは、雑談をしながら奥に入っていった。
クロがいるからかどうかはわからないが、途中で俺たちは妖や幽霊の類は全く寄り付いてこなかった。
「黒天狗って、すごいんだな」
俺がそれを認識すると、苦笑しながらクロにそう言った。
「そうだろ!俺のすごさをようやく認識したか、風弥よ」
すると案の定、クロは誇らしげに言った。
単純だよなぁ、こいつ。
いや、謎な信頼があるだけなのか……
ほかの奴らにはクロは人間嫌いの黒天狗の本性をばらまきまくっているが、俺の前では時々、というよりもよく子供みたいな表情を浮かべたりする。
まあ、おそらく、俺の祖父のおかげなんだろうけど。
そういえば、どの本にも黒天狗が何で人間が嫌いなのかは書かれていなかったような気がするな……
今聞いたら、少し失礼かもしれないな……
「ん?なんだ、風弥。聞きたいことがあるならどんどん聞いても構わんぞ」
俺がクロのことを見ていたのが分かったのか、クロは振り返って俺に聞いてきた。
「そうだな……。なぁ、クロ。黒天狗は、なぜそう人間を嫌うんだ?」
俺の言葉に、クロは珍しく少し黙り込んだ。
やはり、聞くのはまずかったかな。と、俺がそう思っていると、クロはそうじゃないんだ、と小声で言った。
「昔は、俺たちも人間のことは嫌いじゃなかった」
クロは、下を向いたまま言った。
「ある日、いつものように、人間と物資の交換をするために村に降りてくると、黒の狩衣を着た陰陽師たちが大勢集まってたんだ。そいつらは、俺たちを殺そうとした」
黒の、狩衣……か。
……協会の正装に黒の狩衣があるなんて聞いたことないが……
「結果、大半の俺たちの種族は殺された。俺はその時、まだ子供だったから、全部親からの受け売りだけどね」
「……そうか。ありがとな、クロ」
「いいよ、これくらい、別に大したことじゃないし」
クロは気にしないで、と続けた。
「ああ」
黒色の狩衣は確か禁止されていた気がするが……
帰ったら文月さんに理由を聞いてみるか。あと、なんでどの本にも天狗が人間が嫌いの理由が書かれていないのかも。
そして、俺とクロがそんな会話をしているうちに、いつの間にか、周りの木々の葉っぱが、緑色から黒色に変わっていた。
「なあ、風弥。もう、ここが最深部じゃないのか」
「ああ、そうだろうな。先生も黒の葉っぱが生えているところが最深部だと言ってたしな」
俺が先生というと、クロは明らかに不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。
まったく、どうしてそんなに有馬先生のことが嫌いなんだか。と、俺は思いながら、周囲の様子を確認した。
まあ、当然のごとく太陽の光は森の木に隠されていて、辺りはとても暗かった。
これくらいの暗さは暗視をかけなくても行けるが、一応かけておくか。
「視」
短くそう唱えると、一気に周りが見やすくなった。
つくづく言霊って便利だよなぁ。まあ、うまく使えたらの話だけど。
「クロ、天狗って夜は大丈夫なのか?」
「全然平気だよ。ばっちり見える」
そうか、天狗って、目もいいんだな。
帰ったらノートに書いておくか……
そう考えながら進んでいると、ふと奇妙な気配がした。
「……っ!」
いつの間にか、血の匂いが俺とクロの周りを包み込んでいて、クロは不愉快そうに顔をしかめた。
血なまぐさい……と、いうことは鬼切が近くにいるのか……
「なあ、風弥。これ……」
クロの真剣な表情に、俺は静かにうなずいた。
しかし、なんでこんなに血の匂いが濃いんだ?
…………。
おいおいおい、まさか誰かと戦ってんのか?!
「おい、クロ、急ぐぞ。鬼切が誰かと戦ってる」
俺はクロにそう言うと、クロは大きさ翼を広げた。
「飛んだほうが早いだろ」
そういってクロは俺の手をつかむと、大きく翼を上下させた。
すると、一気にぐいーんという重力が俺の体にかかり、一瞬窒息しそうになった。が、すぐにそれはなくなり、クロも最初に俺をつかんで飛んだときは一瞬姿勢を崩してしまったが、すぐに姿勢を正して、森の木に当たらないように低く飛んでいた。
「なあ、風弥。鬼切って、人も切るのか?」
クロにつかまれながら飛んでいるのを初めて体験している俺は、クロの質問に対して一瞬迷った。
「……まあ、確かにもともと鬼を切るための刀だったけど、意識を持っているし、源家も消えた今だからな。切らない、という確証はないかな」
俺は苦笑いを浮かべた。
意識を持っていて、しかもこの血の匂い……
どっちかが絶対にけがしてる……
源の命令からは解放してあげることはできるけど、昔のような付喪神にはきっと戻れないだろうな。
おそらく、源氏の命令で、鬼だけでなく、人間も切っているんだから。
…………どうしたもんかなぁ
仮にも神の端くれであった鬼切が今、何の影響も受けずに生きて居られているだけで、神々の慈悲が下りたんだろう。法則は、絶対だから。
もっとも、そのことを、あの時意識が芽生えたばかりの鬼切に、あの源氏の陰陽師が教えているかどうかすら、少し怪しいがな。
意識が芽生えたばかりの付喪神は、接する人によっては、善にもなりうるし、悪にもなりえる。それを、付喪神の意識を呼び起こすことができる陰陽師が、知らないわけがない。
「み、風弥‼」
「ん、なんだ?」
「ったく、何考えてたんだよ。ついたよ」
俺が考えこんでいると、クロが不満げに俺を呼びながら顔を近づけてきた。
そういって俺を下に落としたクロは、人非羽を羽ばたいて、空の上で飛んでいたままだった。
俺が下りて来いという手の合図をすると、渋々ながらも、クロが羽をしまって、下に降りてきてくれた。
「行かないのかよ」
「ああ、まずは様子見だ。もし俺の手伝いがいらないのに、俺が勝手に飛び込んだら迷惑だろ?」
俺が前を見ながらそう言うと、クロが興味なさそうにふぅんといった。
ふっ、子供だな。
俺は小さく笑うと、続けて前を見た。
が、落ち着いたおかげか、俺は鬼切と戦っているのが誰なのかをはっきりと見えた。そう、碓氷蓮楓だった……
「なんでこいつがここにいるんだよ…………」
「ん?嫌いなのか、あの人間のことが?」
俺が一人で碓氷をにらんでていたら、クロが気づいて小声で俺にそう聞いてきた。
「……いや、きらい、じゃ、ない、けど……」
そう、別に、碓氷の奴が嫌いなわけではないのだ。
ただ、なんつうか、ずっと無表情だからなんか、いまいち考えてることわかんないんだよなぁ。
だから、苦手なんだよ……
なんて、言ったらクロが笑うだろうから絶対言わない。
「人間の割には、よくやる男だな。名を聞いてやろう」
鬼切であろう、着物姿で刀をかざしている妖は、俺が想像していたのとは、ずいぶんと違っていて、その鬼切と戦っている碓氷は、前見た時と変わらず、飄々としていた。
…………本当、無表情だよな、碓氷って。
その姿に、俺は思わずそう思ってしまった。
「碓氷蓮楓だ」
霊力で形を成した刀を使いながら、鬼切と互角に渡り合っている碓氷は、不思議と陰陽師というよりも、剣士といったほうがしっくり来た。
本当、すごいよな。認めたくないけど、今の俺が適うような相手ではない。
「なあ、風弥。まだ行かないのか?」
ふと、クロが俺を見てそう聞いてきた。
クロが少しそわそわしているのは、おそらく同じ妖である鬼切が殺されたりするのを見たくないのだろう。
クロは、やさしいからな。
俺は目を和らげて、クロにもう少し待てと言った。
碓氷はあいつの式神すら呼んでいないんだ。鬼切を殺すつもりはないのだろう。
だから、おそらく負けたほうも大したけがは負わないだろう(血は出るけど……)。
それならこの純粋な剣術勝負の勝敗を、見届けない理由はない。
「…………本当に殺されない?」
「大丈夫だよ。安心しろ。碓氷の奴が必要以上に妖を退治したりするような奴だとは思えない」
それでも不安なのか、クロは恐る恐る俺にそう聞いてきた。俺は安心させるように、クロの目を見て言うと、クロはようやく少し安心したのか、ほっとした表情を浮かべた。
それから剣が交わる金属音がしばらく続き、二人は、目にもとまらぬ速さで剣を振りかざしていく。
しかし、勝敗はついに下された。
碓氷が霊力でつくった剣は砕け、無表情な碓氷の顔も、初めて悔しそうにゆがんだ。
いや、初めてじゃないかもしれないけど、俺にとっては、初めて見た、碓氷のほかの表情だった。おそらく、この先もこいつのこの悔しそうな顔は、忘れないだろうな、と、俺は薄々そう思った。
「やはり、お前もあの方がくだした命令を解くのは無理か……」
そういって、鬼切は剣を振りかざそうとした。
「俺がやる!」
俺は、木陰から出て、鬼切に向かってそう叫んだ。
碓氷の奴は、ほかに誰かいるとは思っていなかったのか、それとも、死を覚悟していたのに誰かに助けられるとは思わなかったのか、目を見開いて、俺をじっと見てきた。
「お前も、俺と剣の勝負をするのか」
鬼切は刀の先を俺に向けて、そう聞いてきた。
「そんなことをしても命令は解かれない」
俺がきっぱりとそういうと、鬼切はやはりそうかと剣を一瞬降ろした。が、すぐに再び上げて、俺にこう言った。
「ならば、お前も殺して外で俺の命令を解いてくれる人を探すまでだ」
……こっわ。
殺気がめっちゃ感じるなぁ。
「ちょっ、風弥、何ボケーってしてんの!?殺されるよ?!」
クロが空を飛びながらバカを見ているような目で俺を見てきた。
ん~。俺、バカじゃないんだけどなぁ。むしろ頭がいいほう?自分でいうのもなんだけど。
「鬼切安綱。源家が所持していた名刀で、鬼を切ったということで、鬼切と名付けられた。後に、源の陰陽師によってもともとは今頃になってから目覚める付喪神の意識を目覚めさせ、その付喪神を源家の陰陽師は無理やり呼び覚まし、お前が生まれた」
俺がそういうと、鬼切は動揺して、刀を俺に振りかざしてきた。
けれども、そこにはさっき碓氷と戦った時の余裕さは消えていて、どこか、焦りが見られた。
「人の話はちゃんと最後まで聞け」
俺はぎりぎりにかわすと、鬼切に向かってそういった。
とはいっても、ちゃんと聞いてくれないだろうな。
鬼切を呼び出した源氏の陰陽師は俺の先祖の弟子だと祖父から聞いた。鬼切のくだされた命令の解除の方法も聞いた。
「あの陰陽師がお前にくだした命令は言霊の本来ある規則を捻じ曲げてくだされたものだ。その証拠に、お前の片目には源氏の家紋が刻まれている。だから、そのくだされた言霊の規則を元に戻さなきゃいけない。お前を呼び出した奴は、どんな言葉を言ったのか、思い出せるか」
クロに手伝ってもらって空に運んでもらうと、俺は木の枝に立った。
さすがに着られないようによけながら話すのは俺でも無理だからな。仕方ない。
「ほんとうに、できるのか」
何が、とは言わなかった。俺も聞かなかった。
何がなんて、決まっているからな。あの陰陽師が、鬼切に下した命令が、に決まってるだろう。
「余計なことに口出しするな」
俺ができると言った瞬間、立ったまま一歩も動かないでいた碓氷がボソッとそういった。
「……っ!余計なことじゃないし!」
「……そういうことじゃないだろ。関係ないことに首を突っ込むなと私は言っているんだ」
あ、やば……
俺が思わず言い返すと、クロが変人を見るように俺を見てきた。
「風弥、お前ってそういうキャラだったのか……」
「いや、違っ」
「……。話は終わったか」
俺が違うとクロに言い訳をしようと思ったが、しびれを切らした鬼切が口を開いた。
碓氷は相変わらず、無表情だったが、気のせいなのか、少し不機嫌に見えた。
俺が言い返したから怒ってんのか?気のせい?
なんか、すねてるように見えるんだけど…………。いや、これこそ気のせいか。
「……ああ、終わったよ。何の準備もしていないから完全にお前の命令を解くことはできないけど、とりあえず、一応の処置はな」
俺は苦笑を浮かべて、ポケットに入れておいた、何枚かの真っ白の札の紙を取り出した。
まさかこんなところで鬼切に出会うとは思わなかったからなぁ。
「あの陰陽師は何て言ったんだ?」
「……私の記憶があっているのなら、あの人間は『源氏のために尽くせ』と言っていたはずだ」
手伝え、ではなく、尽くせ、か。
つくづく傲慢な奴だな。
「分かった。では、それを解除しよう」
俺は霊力で筆をつくり、昔、おじいちゃんが言っていた言霊の理の規則を思い出しながら、真っ白な札の上に、解除という二文字を書いた。
もちろん、それは他人から見たら何の文字なのかわからないものだ。これは、俺の家に伝わる、独自の言霊の理解のたまものだからな。
しかし、あくまでもこれは命令の効果を最低限までに抑えることしかできない。完全に解除する方法は、ここでするにはリスクが高すぎる。誰に止められるか、わかったもんじゃねえからな。
文字を書き終えた瞬間、札がぼうっと輝きだし、それは光の粒となって、鬼切の片目に向かっていった。
「目を閉じるなよ。じゃないと、家紋がうまく消えない」
俺は、目を反射的に閉じようとする鬼切に一喝加えた。
すると、奴は、眉間にしわを寄せながらも、何とか目を開けたまま、光が彼の目に入っていくのを待った。
するとみるみるうちに、彼の目からは源の家紋がよく見ないと見えない、というレベルまでに薄くなっていった。
「……お前の体に支障はないんだよな、風弥」
それを見ると、クロは少しほっとした風に無出をなでおろすが、すかさず俺のことを心配してくれた。
クッ。天使か、こいつは。優しすぎだろ。
「ああ、問題ないよ」
……今はね。
にやっとクロに笑って見せたものの、言霊の理を元に戻すには少しだけ代償がかかる。本人が、かけた言霊を解くならまだしも、血縁者ですらないものが人の言霊を消去するのは難しい。
何が起こるかはわからんが、きっと完全消去したら何かが起こるなぁ。そん時はクロたちを入れないようにしておくか。
って、なんか碓氷さん余計機嫌悪くなってないか?さっきから碓氷の奴の周りが、霧ができるほど温度が低下してるんだけど。
「あの……碓氷さん?」
俺が恐る恐る碓氷の名前を呼ぶと、一層周りの温度が低下した……気がした。
「自分の体は自分で大切にしろ」
不機嫌そうにそう吐き捨てると、踵を返して、瞬く間に俺の視線から姿が消えた。
……代償が必要ってことを知ってんのか?いや、まさかな。それは、流川家だけの秘密のはずだし。
「完全にはまだ消せていないけど、もうお前の行動に影響は与えないと思う。どうする?完全に消すか?」
無責任だとは思わないでいただきたい。
代償には大きいものと小さいものがある。その基準がいまいちあいまいだからどっちが来るのすら俺には判断がつかないんだ。
完全に消さないのなら、代償も必要だが、それはとても少ない。それに、一度半分以上理を元に戻せたんだから、だれかがまた理を曲げない限り、問題はない。




