第七章
目を開けると、俺の周りにはもう水がいつの間にかなくなっていた。気絶したときに結界はもうなくなっていたはずだから、おそらくは俺たちを地面に降ろしてから水を分解させたんだろう。
……まあ、隣には当然のようにクロがいるね。
気絶していてまだ目が覚めていないようだから、俺は立ち上がって周りを見てみた。
まだ森の深い場所には入っていないからか、、特に強そうなやつはいなかった。
「おい!おい、人間」
ふと、下のほうから小さな声が聞こえた。
俺は下を向くと、俺のズボンにくっついている白い毛玉が見えた。
「……毛玉?」
俺がそうボソッとつぶやくと、その白い毛玉が不機嫌そうに俺の足をズボン越しにがぶっと噛んだ。
……まったく痛かないんだが
「悪かったよ、毛玉なんて呼んで。で、なんで俺のズボンにくっついてたんだ?」
俺は今だずっと噛み続けてる毛玉を手でつかんで、目の前まで持ってきた。
おお、結構もふもふだ。クロの羽も、こんな風にもふもふなんだろうか?
今度触らせてもらおう。いや、こっそり触ったほうがいいな。怒られそうだ。
「奥にはすっごい強い化け物がいるんだ。あんたみたいな霊力の強くもない奴が入ったら一発で終わるぞ、さっさとこの森から出たほうがいい!」
何を言ってんだろうと俺は少し不思議に思った。
「あのな、けだ……いや、物の怪くん、俺は確かにそんなに霊力は強くないけど一応これでも中央学園の生徒会長だよ?」
俺は苦笑いを浮かべてそう言ったが、毛玉は全く信じなかった。
俺が知っている中央学園の生徒会長は長い銀色の髪の人だ、といい、無理やりにでも俺を森の外から出そうとした。
……困ったなぁ
害がないから術も使っちゃいけないし……
暇だし、クロが起きるまでもふもふしてようかなぁ
「うっ………」
と、そんな俺らしくもないことを考えていると、クロの声が聞こえた。
俺はクロが気絶してるところを見てみたが、本来いるはずのクロの姿は見えなかった。
「あれ?」
俺は不思議に思って、周りを見渡してみたが、やはりクロの姿は見えなかった。
んんん?
いや、確かにクロの声が聞こえたんだが……
なんかにさらわれた……訳ないか。
…………
と、俺が考えこんでいると、俺の頭上で何やら変な風音と羽を羽ばたいているを都が聞こえた。
そうか、クロって、飛べるんだった。
「ふん、だまされたか」
俺がようやく上のほうを向くのを見ると、クロはいたずらを成功させたような子供みたいな笑顔を見せた。
「目覚めてそうそう、元気だよな、クロ」
黒を見ながら言うと、クロは少し誇らしげにこういった。
「当たり前だ。我々天狗はな、寝起きでも一瞬で普段と変わらぬ力と気力を持っているのだ」
………
クロを見ていると、どうしても、黒天狗が書物に書かれているような、凶暴で、冷血で、人間のみならず、同じ妖までもを無慈悲に引き裂くようなやつらには見えない。
こんなにも純粋で、むしろ、一部の人間よりも優しいクロが、そんな生き物だとは、考えられなかった。
「ん、なんだ?俺の顔になんかついているのか?」
俺がじっとクロのことを見ていると、クロは少し首をかしげて俺に聞いてきた。
俺はいや、何もないよと答えて、変わらず俺を森から引っ張り出そうとしている毛玉を持ち上げた。
「俺はな、式神を探しに来たんだ。だから、ここで帰るつもりはない。むしろ、お前の言っているすごい強い化け物とやらに興味がわいてきた。だから、案内しろとは言わんが、そいつのこと、教えてくれないか?」
俺がそういうと、毛玉は目に見えるくらいにぶるぶると震え始めた。
……そんなにあの化け物とやらが怖いのか、こいつ。
「うぅっ……ほ、本当に、案内、しなくていいんだな?はな、話を、聞くだけなんだな?」
と、震えた声で俺に聞いてきた。
いや、こいつ、もしかして、泣いてんのか?!
毛玉が泣くってどういうことだよ。
……それからしばらく、俺とクロはそいつの長い長い、半分以上がくだらない話の逃亡物語を聞いたのであった。
毛玉の話を聞き終えた俺とクロは、初めて到着した場所から移動し、森の深部へと向かった。
「かなりほかの奴らよりも遅れちまったな」
「そうだな。だが、お前なら大丈夫だろ?」
俺がそういうと、クロはお前なら大丈夫と返してくれた。
ほんっとうに、こいつは優しいよな。
俺はその言葉に対して、そうだな、と軽く笑って答えた。
「しかし、鬼切か……」
あの毛玉の話からすれば、おそらく森の奥にいるのは鬼切なのだろう。
「知っている妖なのか?」
「いや、あれは妖というよりもなぁ。付喪神の類に入るかな」
クロにそう聞かれた俺は、苦笑いを浮かべてそう答えた。
そして、俺はクロに説明するため、昔読んだ本の、鬼切についての話を思い出した。
「鬼切はな……人の欲によって生まれてしまった付喪神なんだ。いや、今は本当に、妖になってしまったかもしれないな。もとは、その時代の鍛冶師が作った刀だ。名前は、鬼切安綱だ。今は、鬼切丸や、髭切とも呼ばれているな。実際に鬼を切った、といううわさが流れ、あの刀はそう名付けられた。そして、源氏の陰陽師は、鬼切に、生命を吹き込んだ。鬼切はその陰陽師と契約し、源氏に使えろ、という命令を下した。そして、その命令は、源氏が滅びた今でも続いていて、彼の片目には源氏の家紋が刻まれていて、彼はその命令を解いてくれるものを探しているんだ」
そこまで一気にいうと、クロがいつの間にか俺の隣ではなく、俺の後ろを歩いていることに気付いた。
「ん?どうしたんだ、クロ」
「……やっぱり、人間というのは、風弥や冬貴みたいに妖怪を利用しないと思う人のほうが少ないんだな」
「………っ」
クロの、暗い表情に、暗い言葉に、俺は言い返す言葉が見つからなかった。
「……そうだな、クロ。お前の言うとおり、人は、欲が深い生き物だ。言いなりになれば、その言いなりになられた人は、それが当然だと思い、従わなければ切れる。愛してるよと言いあった人でも、自分の利益にかかわれば、平気で殺しあうこともできる」
生きていると、そういうことが、いやでもわかってきた。
「ただな、クロ。妖に怪異に魑魅魍魎たち、そいつらにも善悪があるように、人間にも善悪がある」
俺がそういうとは予期していなかったのか、クロは驚愕で何も言えずに俺を見ていた。
「……人である俺が言うのも変かもしれんがな。さ、奥に進もう」
うすら笑いを浮かべながら、俺はそういった。
俺も含めて人間というのは、妖たちよりもよっぽど怖いと思う。
そういうと、幼稚園の奴らは、俺はバカなんじゃないのとあざ笑う。
子供の言葉に嘘はない。だからか、大人がそういうよりも、俺は周りの奴らの言葉に、ひどく傷ついた。
次第に、成長するにつれ、俺は、その意見を言わないようにしてきた。同時に、あまり周りと話そうとはしなくなっていた。
親たちにこのことは何も言っていなかった。家にいた時も、いつもと変わらぬよう、ふるまっていた。
あの場で、一人だけ笑わなかった奴がいた。単に、どういう意味なのか理解できなかったからかもしれないが、幼かった俺にはとても救いになった。
それが、冬貴だ。本人は隠しているつもりらしいが、桔梗家の一人息子だ。なぜあの小さな幼稚舎に通ったんだろうと不思議に思うくらい、桔梗の一人息子は甘やかされていると聞いていた。
「変じゃないよ」
クロが俺の目の前まで来て、俺の目を見てはっきりとそう告げくれた。
「っ……!クロちゃんのくせに、かっこいいこと言うじゃないか」
俺が動揺を隠すために、冗談めいてそういうと、クロは少し不機嫌そうな顔をしたが、すぐに真顔でこう言った。
「本当にそう思ってるよ。変じゃないって。……まあ、確かに驚いたけど……そう思う人間もいるんだ、ってわかってよかった。あと、風弥を善か悪かに分けるとしたら、きっと風弥は善だと思う」
最後の部分は、小声で何を言っているのかは聞き取りずらかったが、かろうじて、クロが俺のことを善のほうの人に分けてくれる、というのは聞こえた。
「ふっ……クロ、あって間もない人間をそう簡単に信用しちゃだめだよ。俺は、いい奴じゃないさ。妖怪だって、善悪問わず、お金さえもらえれば殺すし、俺の邪魔をするようなら誰だって殺るつもりだ」
「それでも、その場面をこの目で見ない限り、俺は風弥は善い奴だと思い続けるからな」
「……自分の目で、その場面を見たら?」
「その時は……場合とお前の都合によって変えてやる!」
そう言うクロの目には、冗談の一つない、本気の目をしていた。
……本当、やさしいよな、こいつは。
俺は心の中でありがとうとつぶやき、クロの頭をなでた。
普段なら叩き落とされるところを、今回だけは、俺がなでることを許してくれた。




