第五章
結局その日はあのかわいそうな天狗を教師たちの式神用の部屋に天狗を住まわせた。
文月さんも、彼に人を殺したりする意思がないのを確認したのか、閉じ込めたり、再度封印しようとしたりはしなかった。
あの天狗は、俺のおじいちゃんにかりそめの名前を付けてもらったらしい。どんな名前化は教えてくれなかった。
なんでも、俺にその実力があるかを見てから教えてくれるらしい。
なんやかんや言って、やさしい奴なんだよな。
もちろん、その優しさも、彼に敵意や汚らわしい思いを持っていない人間のみにしかあらわさないけど。
しかし、名前を教えてくれないとなると、毎回天狗天狗と呼ぶのもだめだとおもい、俺は勝手にそいつをクロと呼ぶことにした。
正式的な名をつける手順を踏んでいないので、これはただの呼び名だ。
それに、クロと呼ぶたび、あいつは眉間にしわを寄せて不機嫌そうにしながらも何?って聞いてくる。
素直じゃないやつめ。
そういえば、クロの容姿に触れたことがなかったな。まあ、こいつは羽しまっとけば、俗にいうさわやかイケメンだな。
あと、ついでにクロの無駄に長い黒い髪も俺が切ってやった。
まあ、いうまでもなく、俺が髪を切ってやっている間、クロの奴はずっと眉間にしわを寄せていた。そんなにいやか、髪を切られるのが?
「おい、風弥」
俺が本を開きながらずっと心の中でそんなことを考えていると、いつの間にかやってきたクロに呼ばれた。
「ん、どうした?」
俺は首をかしげてそう聞くと、クロはなぜかごにょごにょし始めた。
……珍しい。
「……俺も、その学校とやらに言ってはダメなのか?」
「いや、別に駄目じゃないと思うけど……」
突然何を言い出すかと思いきや、この妖は学校に行きたいと言い始めた。
大学ではそれぞれの式神を連れて講義に参加する生徒もいると聞いたことがあるが……クロってそういえば、今はどんな立場なんだ?
もう一週間たったし、いろいろな資料も文月さんが上層部に渡しているだろうけど、なかなか上層部からの返答が来ないと、文月さんも言ってたっけ。
……行っても大丈夫なのだろうか。
いやまあ、クロが人間を傷つけないというのは本当だし、実際この一週間クロは人間を襲うような動作を見せなかった。
しかしなぁ、今の立場では気まずいし、学校に行ったら一部の奴らに嫌悪されるんじゃ……
駄目だと言おうとして顔を上げると、行きたいな行きたいなとクロが目で訴えてきた。
「……分かったよ。そんなに行きたいんだったら、文月さ、いや、学園長に聞いてみる」
「本当か?ありがとう、風弥!」
俺がそう答えると、クロは、それはそれは嬉しそうに喜んだ。
……これはいけない。なんかおれ、クロに甘くないか?
もうちょい厳しくしたほうがいいのだろうか?
「行っておくけど、絶対にオッケーが出るわけじゃないぞ」
「え、そうなの?」
俺がそういうと、クロは明らかにしょぼんとした感じになって俺にそう聞き返した。
……最初の威厳たっぷりの天狗様はどこに消えたのやら。
完全に犬じゃん!
ああ、もう!
「お前の今の立場は結構危険なんだよ。学園長が上にはお前のことを報告したのが1週間前、あいつらの情報処理のスピードからして、1週間もたったのに返事が何もないということは、お前を認めてないってことにも等しいんだ。まあ、観察しているっていうのもあるかもしれないけど、正直その可能性は低い……」
そこまで一気にいうと、俺は一息ついて、クロの顔を見た。
「だから、分かったか?学校に行ったところで、お前は何か学べるとは限らない。人間というのはな、群れのほうに意見を寄せたがる。今の群衆の意見は、お前は危険だ。退治しなければいけない、だ」
俺の言いたいことを理解したのか、クロの顔は、真剣な表情になっていた。
一週間前の、俺の祖父の話をする前の、大妖、黒天狗の顔になっていた。
「……お前は、違うのか?」
黙り込んでうつむいて何か考えていたクロが、不意に顔を上げて俺にそう聞いてきた。
何のことだろう、と首をかしげて見せると、クロはこういった。
「俺を、俺たちを捕まえて、傷をつけて、いじめて楽しんだり、羽を、抜き取ったりはしないのか」
「え?」
俺は一瞬、自分の耳を疑った。
なんだって?
いじめて楽しむ?羽を抜き取る?
「……そんなことをして、何になるんだよ」
俺はボソッとそういうと、クロが怪訝そうに俺を見た。
「俺はドSじゃねえし、人をいじめて楽しんだりできるような趣味を持っちゃいない。お前のその黒い翼は抜き取った時点でそのきれいな色を失うだろ?それくらい、陰陽師目指してんなら常識だぞ」
クロは、呆然とした風に俺をじっと見ていた。
「だから、俺は傷をつけたりしない。魑魅魍魎はすべて悪だ、という意見にも、ここだけの話、俺はどうだろうと思っている。そんなこと思ってんなら、その魑魅魍魎の力を借りずに強い奴を倒してから言えってんだ」
そう、続けて言うと、さらにクロは俺を変人を見る目で見てきた。
……俺、そんなに変なこと言ったか?
「……本当に、風弥って慧に似てるよな」
ん?
「そんなに似てるか?」
顔とかは、あんましおじいちゃんに似てないと言われてきたんだが……
「顔はね、似てないけど。考え方がね、似てるなぁって……」
そういうと、クロは再び黙り込んだ。
おじいちゃんのことでも考えてんのかな?
きっと、いい思い出だったんだろうな……
「バタバタバタ!」
と、突然静かなこの空間に大きな足音が鳴り響いた。
「おい、風弥!」
ドアを大きな音立てて開けた人は、冬貴だった。
いきなりドアを開けられるとは考えていなかったのか、クロはその衝撃で大きな羽を広げてしまった。
しかし、翼を広げたクロはそのまま立ち上がり、「バサバサバサッ」「ドン!」「ガタン!」
という大きな音を立てて、俺の本棚にしまっていた本は床に落っこちてしまい、俺が買ったばっかで、机に大事においてあった墨も床に落ちて、
割れた……
れた……
た……
……
「……クロ、冬樹。ちょっと訓練場まで来ようか?」
俺は、俺の部屋をごちゃごちゃにし、俺の新品の習字セットを落っことして壊した二人の襟首をつかんで、そのまま訓練場まで引きずっていった。
…………
訓練場では術式を使ったりしてはいけないというルールがある。そして、陰陽術を間違えて施したりできないように、禁術結界が張ってある。
完全な肉体勝負で、俺が、負けるわけがない。
なので、二人は見事ぼこぼこにされて、今、正座しながら冬貴が俺に、何で呼びに来たのかを説明している。
「なるほど、五日後に夕日の森に言って卒業するために式神をつくらなければいけないと」
俺がニコニコしながらそう聞くと、冬貴ははいそうですと答えた。
「で、その情報にそんなに急ぐ必要性はあるのかな、ふ、ゆ、き、く、ん?」
「いえ、ありません」
「素直でよろしい。だったら、さっさと俺の墨を返せ!あれのためだけに、俺は時間を費やし、大金を惜しまず、ようやく手に入れたんだぞ!」
それなのに……それなのに!!!!!
まだ、それで、一文字も書いてない……
壊れた……
「お、陰陽術で直るんじゃ……」
「直ったところで、これは昔の奴じゃないんだよ!!!!!」
冬貴が恐る恐るそういうと、俺はついに我慢ができなくて、冬貴に向かってそう怒鳴った。
こいつは、あの硯と墨の重要さと珍しさを理解していない!
「これはな、1000年前の陰陽師が自らの霊力を中に蓄え、それが100年もの時を経て、今、ようやく現代の人に開封された。その意味が分かるか?!この墨はな、霊符を書くときに、それはそれはもう、大変、重要な、役割を担っているんだ!」
俺がそうやって叫びだすように言うと、冬貴はうつむいて表情は見えなかったが、クロが、物珍しそうに俺を見てきた。
「……なんだ」
不機嫌丸出しの声でクロを見て聞くと、クロは小さな声で、別にといった。
「……ったく。おい、冬貴。ちゃんと代わりのものを探して来いよ。今回はそれで許してやる」
しばらく黒のほうをじっと見つめてみたが、これ以上何も言ってくれなさそうだった。
俺は、冬貴のほうに目線をやってそういった。
「……分かったよ。頑張って探してみる」
「見つかんなかったらとりあえずボコる」
「え、まじ?!」
「うん、まじ」
そう返事すると、俺は二人を立たせてクロの翼をしまってやった。
「クロ、お前はもう少し力の制限の仕方を学んだほうがいい」




