第四章
俺が放った擬人式神は、あっという間に姿が見えなかったが、霊力を込めているため、追跡をすることは簡単だ。
そして、姿を見失っては俺が戦闘しても意味ない、と先生が言ったから、俺が先頭を走ることになった。
なんでこんなことに……
俺は、ため息をつきそうになるのを何とかこらえ、口をきゅっと結び、前を走っていた。
が、その時だった。
「えっ」
式神の気配が消えた。
俺は、もう一度よく確認するために立ち止まって周辺に俺の霊力があるかどうかを探ってみた。
先生も碓氷も怪訝そうに俺を見ているのが気配で分かった。が、説明する前に探さないと……
しかし、結果は変わらなかった。式神に込めた言霊のおかげか、文月学園長とあの天狗が戦っている場所は記された。
「どうした、流川」
「……いえ、式神がやぶれただけです。場所はわかったので、急いでいきましょう」
有馬先生は俺が目を開いたのを見て、そう聞いてきたが、俺は頭を横に振って、そう言っただけだった。
そして、再び走り出した。
「場所は分かったので、なるべく近道をたどっていきますね」
「……ああ、ぜひそうしてくれ」
黙ってしまった先生とは違い、碓氷は何ともなかったかのようにそう答えた。
無表情なのは変わらなかったが、心なしか、碓氷の奴が、少し焦っているように、俺は感じた。
俺は、真っすぐで、小さいけど歩きやすい道から外れ、でこぼこしたけもの道をたどっていった。
やっぱり、碓氷の奴、なんか焦ってる??
そして、それからしばらく俺たち三人はずっと全力ダッシュで走っていた。
「縛!」
不意に、木々の向こうからその一言が聞こえた。
強い言霊が込められていた。
有馬先生は、碓氷と一回顔を見合わせて、俺にここから動くなというと、二人だけで声がしたほうに向かった。
……俺がここまで来た意味とは??
と、心の中で少しいらいらしながらも、有馬先生は俺のためにここから動くなと言っているのは知っていたので、ここから動いたりはしなかった。
が、動くことはできなくとも、見ることはできる。
バイトで、何回か妖退治の依頼を受けたことはあるけど、どれも雑魚ばっかで正直うんざりしていたところだ。
「学園長、加勢します!」
かすかに、有馬先生がそう言ったのが聞こえた。
碓氷は何も言わずに、あと少し距離があるというのに、術を施して天狗を攻撃していた。
あいつの属性、やっぱり水だったんだなぁ。
近くに川なんてあったっけ?いや、この森自体あの天狗を封印するために作られているんだからあるはずないのか……?
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前(りん・びょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・ざい・ぜん)!」
顔を上げると、碓氷の奴が九字を唱え、剣印を結んだのが分かった。
こんな簡単な術で効くのか?
と、俺が心の中でそう疑問に思った時だった。
碓氷が結んだ剣印は、霊力でなされた剣と化し、黒の翼を上下に羽ばたいて飛んでいる黒天狗に向かって目に留まらぬ速さで飛んで行った。
しかし、その天狗は軽々とかわし、碓氷に挑発のまなざしを向けた。
ん?
……あれ?
碓氷家の次期当主が、大妖に、軽蔑された……のか?
「ぷっ!」
その事実に気付いた俺は、吹き出さないように頑張ったが、残念ながら、それは無理だった。
そして、それは碓氷の耳に届いたのか、碓氷に見事にらまれた。
それは本当に一瞬のことだった。
おそらく、碓氷の奴もこれくらいならあの天狗は何とも思わないと思ったのだろう。が、その一瞬をあの天狗はとらえたのか、俺の方向に向かって突進してきた。
「しまっ……!?」
俺は驚いて隠形の術を自分にかけようと思ったが、それは少し遅かった。
黒天狗は俺の肩をガシッとつかみ空まで飛んで行った。
「流川!」
「……やはり、生徒は連れてこなかったほうがよかったのでは、有馬先生?」
碓氷は、目を細めて、有馬先生にそう聞いたが、有馬先生は眉間に深いしわを寄せ玉まで何も言わなかった。
続いてきた文月学園長も、俺の姿を見た途端驚いたように目を大きく開けた。
「生徒は非難させろという指示を出しましたよね、有馬さん」
そして、有馬先生を少し非難するような口調で文月学園長がそう言ったのが聞こえた。
が、しかし!
今、そんなことを気にしてる場合か!?
生徒が捕まってるんですよ!?
ふづきさん?????!
《ん?お前……》
俺がどうやってこの魔手から逃れようかと考えているときに、一回も口を開かなかった天狗が口を開いた。
「……はい?」
《慧という名の人間を知っているか?》
恐る恐る聞き返した俺に返ってきたのは、少しうれしそうな声だった。
まるで、何かを懐かしむような……
って、それより……けい、か。
どの漢字なんだ?それともカタカナか?
……そういえば、おじいちゃんがそんな名前だったような……
「けいって、彗星の慧の、けいですか?」
俺がそういうと、そいつは、驚いたように目を見開いて、俺をゆっくり地面に下ろしてくれた。
「そうだ!知っているのか?慧は今どこにいるんだ、封印が解けたらあいつを探すって約束をしているんだ。今度こそ、あいつの式神になってやるっていう約束なんだ」
彼は、大きな漆黒の翼を小さくたたみ、驚いている三人の俺の大先輩を無視し、まるで子供の様に目をキラキラさせながら、楽しそうに俺にそう言ってきた。
……っ!?
こいつが、おじいちゃんが式神にするって言っていた、あやかしなのか……
「………」
「どうしたんだよ。知っているんだろ、慧のこと。それとも、だましたのか?!やっぱりお前ら人間は信用できないな。慧は例外だけど」
俺が黙り込んで何も言わないのを見ると、彼は、少し怒ったようにそうぶつぶつ言い始めた。
本当に、こいつはおじいちゃんのことが好きなんだな……まあ、俺も優しいおじいちゃんは大好きだけど……
「慧っていうのは、たぶん、俺のおじいちゃんのことだと思う。本名は流川慧っていうんだ」
「……なるほど、お前は慧の親族なんだな。道理で同じようなにおいがしたわけだよ。で、慧はどこにいるんだよ。あんまり経ってないからきっと会えるよね」
そんなこと言われると、何も言えなくなるじゃんかよ。死んだ、なんて、言いにく過ぎる。
「……亡くなった」
軽んじて聞こえるような声を俺は絞り出して、そう言った。
「え?」
俺がそういうと、幼子のように目をキラキラさせていた天狗は、何を言っているんだと俺に目で聞いてきた。
「おじいちゃんは死んだ。10年前に。信じたくないと思う……けど、死んだのは本当だ。流川で、あの火事で生き残っているのは、俺だけだ」
「………なに、言ってるんだ。あの、人が、死ぬわけ、ないじゃん。まだ子供だったにもかかわらずあの強さだよ!君ならわかるだろ、あの人は君たちのてっぺんをつかさどっている碓氷っていう家の人間なんかよりも圧倒的に強いって!」
彼は、碓氷のほうを指して俺に問いかけてきた。
これも、においで分かったのだろうか……
あんなに粋がっていた黒天狗は、今や涙目で、泣きそうになっていた。
……ああ、あやかしも、泣くんだな。と、俺は少し、いや、かなり失礼なことを思った。
「そうだな。あの人は強かったし、やさしかった。ただ、強いからって、死なないわけじゃない。自分で言ってたよ、あと5年しか持たないだろうって。あの時死ななくても、その五年後では死んでたよ」
俺は、見るに堪えなくなり、そっぽを向いてそっけなくそう言った。
天狗は、涙を流していた。
文月さんも、有馬先生も、碓氷も、だれ一人この場から動かなかった。
泣いている妖を見て、驚き過ぎたのか、それとも、俺にそんな事情があったのなんて知らなかったと驚いているのだろうか。
……いや、文月さんと有馬先生ならともかく、今日あったばかりの碓氷に限って後者のわけがないな。
そこまで考えた俺は、少し自嘲気味に笑った。




