第二章
「る・か・わ・か・ざ・み!」
教室にこっそりと入ろうとした俺だが、残念ながら鬼の目を持つわれらが担任にばれてしまった。
「後輩と話してたら遅れましたぁ。すんませんでした」
と、少し冗談めいた口調で言った。
まあ、当然、切れられましたね。すぐご機嫌よくなったけど。
「碓氷の演説、ちゃんと聞きに行ってもらうからな。お前だけだぞ、聞きに行ってないのは」
「いや、だって、わかるもん」
「言い訳は聞かん!」
「事実なのに……」
そうつぶやくと、俺は有馬先生にキッとにらまれた。
碓氷蓮楓の演説は、午後の2時半からだ。
そして、2時半は本来、俺たちの唯一の30分ある休憩時間だというのに、あんな下らん演説のせいでつぶれるとか……
まあ、俺が嫌いな地理がつぶれたのはいいけど……
あんなくだらない演説なんて聞きたくない!!!
という俺の心の中の思いを無視し、有馬の奴は授業を始めやがった。
こいつは英語の先生である。
ある意味鎖国している日本なのになぜ英語を習わねばならないのか?そりゃあ、鎖国しているといっても、許可した国の人には日本は見えるし、日本人は飛行機でどこへでも行けるからね。 英語くらい必要だよ。
と、いうのがミスター有馬の言い分であった。
まあ、俺は別にあってもなくてもいいけどな。別に英語は嫌いじゃないし。
あ、ちなみに飛行機は他国が全部造って日本にくれてる。その代わりに、日本はヨーロッパの悪魔やヴァンパイア退治を手伝ったりしてる。
そして、午後の授業はすべて終わり、残りはあいつの演説だけになった。
行きたくない……
「引っ張ってでも行かせるからな、流川。覚悟しろよ」
という、有馬先生の言葉通り、俺は引っ張られながら体育館まで行った。
まあ、途中からはさすがに後輩にみられるのが嫌だから歩いたけど……
体育館は二年生のフロアの突き当りにある。幸い、あまりクラスから遠くなかったので、後輩に、俺が引きずられるところをあまり見られなかった。
体育館に入ると、かなりの人数が座って何やら話していた。
一目見ただけで分かった。本当に高等部全員がこの体育館に集まっていやがる。
そして、ちらほら見える中等部の制服……
なんだ、この光景は……?なんか、とんでもない人が来るのか?違うだろ。確かにすごい奴かもしれないけど、ここまで人が集まる必要があるのか?
ぶつぶつと文句言ってる俺のことを無視して、俺を逃さまいという風に制服の袖を長機嫌悪げにつかんで俺らのクラスの列らしき場所に引っ張っていった。
先生つかまれてやってきた俺を見て、クラスの奴らは残酷にも笑っていて誰も俺を助けようとはしてくれなかった。
こいつらぁ……!後で絶対しばき倒してやる。
と、心の中でそんなことを考えていると、ステージ上に長身で長い銀髪を結んだ男が立った。
「今日は、式神について話します」
そうはじめを切ると、淡々とした口調で式神について説明し始めた。
こいつ、本当に見た目通り声も冷たい奴だな。まぁ、属性が水らしいし、それも当然なのか……?
「式神は、上位式神と下位式神がいて、思業式神という、陰陽師が「思念」で創造する式神と、悪業罰示式神という過去に悪行をはたらいた霊的な存在を陰陽師が術で打ち負かし、それを従わせた式神、まあ、安倍晴明が従えた十二神将もこの一つだな。で、悪行罰示式神は術者の力が弱いとそのものを飲み込むほどの力を持っている。そいつを倒さなければ、出会ったとしてもただの無駄だ。ほかの実力のあるやつに譲るんだな。で、この二つが上位式神だ。」
ふと、何気に碓氷の話を聞いていると、こいつ、何を言ってるんだこの人は、って俺は思った。
「擬人式神という紙や藁、草木などで人の形を作りそこに霊力を宿らせた式神もいる。これは、式神を作る際に式神自身の意思を入れたかどうかによって上位式神か下位式神か変化する。まあ、大抵は下位式神になるがな」
言ってることは正しいんだがなあ。
と、そんなことを考えていると、碓氷が終わりますと言った。そして、そういうと、碓氷の奴はざわざわしている生徒たちを放ったらかしにしてステージから降りて行った。
……こいつ、実力主義にしてもほどがあるでしょ……
「風弥……碓氷先輩ってお前よりやばいな」
「……え、俺、そんなに実力主義だったっけ?」
「違う違う。そっちじゃなくて言葉遣い。演説になると、さすがにお前も敬語は使うだろ、碓氷先輩、最初と最後以外ため口だし、ずかずか言ってんじゃん」
と、冬貴はにやにやしながら俺に向かってそういった。
「俺、そんなに口悪いか?」
「いや、去年なんてお前、完全に高3の先輩ディスってたじゃん」
……そういえば、そんなこともあったっけ
冬貴は、久しぶりに俺を言い負かせたのがうれしいのか、それとも俺が黙り込んだのを面白がってか、さっきよりももっと口角釣りあげてにやにやしていた。
「体育の授業で覚えてろよ、冬貴」
「げっ」
にやにやしている冬貴を見て、俺はさっきよりも強い怒りの気持ちを込めて、冬貴にそう言った。
「ええ、今日は、特別に、高等部三年A組の6時間目の授業に、碓氷が参加することになった。喜べ、3-A。騒いでいいぞ」
と、碓氷の奴と入れ替わりにステージになった高等部主任の氷川が言い放った。
「は?」
「俺ら、6時間目って確か柔道じゃ……」
と、いうのがクラスの男子の感想。
「うそ、碓氷先輩が来るの?」
「私メイク落ちてないかな?」
と、いうのがイケメンを間近でみられるなんて最高!うれしい、キャー!(ビックリマーク)と思っている女子の感想。
そして俺は、一瞬だけだが、死ね、と思った。
うん、死ね。間違ってないよ。本当に死ねって思った。
高校生の柔道の授業に、大学生が入り込むのか?先生、ちょっと死んでくんない?
まず問題が多すぎる。一つ目、体格と力の差。
は?柔道にそんなもんは関係ない?いや、確かに関係ないかもしれないけど、まったく関係ないわけじゃないだろ。
それに、ステージだし遠目で見ただけだけど、碓氷の奴、180余裕で越えてんだろ、絶対。
で、二つ目。霊力の差。まあ、力の差でもあるな。
霊力の量は、大体その人の体質と比例する。まあ、まれに反比例する奴もいるが……姉さんもそうだったし……
と、いうわけだ。
絶対に、参加されたらかないません!
それに今日、試合する日だし。
別に、陰陽術の勝負ならいいんだよ。ただ、柔道はやめてくれ。身長高い奴嫌いだわ。
「あ、お前今絶対身長高い奴嫌いだって思ったろ」
「お前は読心術でもあんのか、この野郎」
「ないけど?お前とは何年の付き合いになると思ってんだよ、風弥」
「ちっ」
そして、隣で俺らを見てなぜかキャーと叫ぶ女子がいる。なんでだ?
女子っていう生き物は、たまに何を考えているのかが謎だ。
だから、あまり関わりたくない。
「じゃ、解散。各自先生の指示に従って教室戻るように。中等部の生徒はちょっと俺のところに来い。言っとくが、逃げようとするなよ。てめえらの担任すっ飛ばして親に授業さぼったって直接いうからな、覚悟して逃げるように」
ぷっ。相変わらず全く先生だとは思えない言葉遣いの悪さだな、氷川の奴。
中等部の奴ら、かわいそうに絶対氷川に死ぬほど怒られるな。
「ていうか……今日、決勝戦じゃね?」
「決勝戦……」
俺は決勝戦という言葉を聞いて、少しぼーっとしてしまった。
あれ、本当だ。今日、決勝だ。
え、てことは……
「今からさぼっても間に合うか?」
「……いや、どう考えても間に合わないだろ。しかも、お前今日は弓道部の練習付き合うって約束しただろ。まさか忘れたとは言わせねえからな、風弥」
「あ、やば」
思わず忘れていたのを口に出してしまった……
そして、忘れていたことが、さっきの一言でばれたらしく、冬貴は三時間目の休憩に会った智暁のことを思い出させる笑顔で俺を見てきた。
「いや、俺、記憶力弱いの知ってんじゃん」
「勉強についてのことは覚えられるのに???」
にこにこしている顔なのに、すごく怖い冬貴が見えた。
ブラック冬貴だ。出ましたぁ。
「おい、流川。さぼるとか何とか、生徒がしてはいけないことをしようとしているのが聞こえたが、気のせいじゃないだろうな、時任、流川」
と、冬貴が何か言おうとしたときに有馬先生が静かに歩いてきた。そして、さらっと少し恐ろしい言葉を言い放った。
見なくてもわかる。われらが担任、有馬啓介氏はとてもお怒りだということが。
「さぼったら殺す」
などという、物騒なことを言った。
シャレにならん……