第十三章
「なんかあるんだったら言えばいいだろ」
「……いや、いい。大したことじゃないしな」
俺は少し考えたが、言わないことにした。
気のせいかもしれないし、もし気のせいでなくともこれは俺の事情だからな。
綴は、俺を軽く睨んだが、すぐに勾玉のほうに意識を向けた。
……はぁ。
「で、俺は人魚になるのか?」
「……なれなくはないんじゃないか?人魚と人間の子供なんて前代未聞だから本とかでは載ってなかったけど」
「無責任だな、お前」
「他人事だからな」
「……ちっ」
しかし、人魚と人間のハーフだなんて、聞いたこともないな。
「水ぶっかけたら足がしっぽになったりして……」
と、クロがとんでもないことを言い出したかと思いきや、柊もあり得るな、などと言い出した。
「…………確かに、やってみ他方がいいかもしれないな。もし万が一水がかかってしっぽにでもなったら面倒だしな」
お前ってそんなちょろい奴だったのかよ?!
はぁ……
まあ、でも。確かに、万が一、水がかかったら足がしっぽになるんじゃ、大変だよな。
頭のいかれた科学者どもに連れていかれるやもしれんし。
……考えただけで恐ろしい。
「はぁ……。そこまで言うならわかったよ。水かけんのは風呂場でやれよ」
「「はーい」」
……柊、お前、そんな間抜けな声ができたのか。
ていうかおかしくないか。
なんで俺のそばの妖は全員最初の印象と随分違うんだ?!
「……ドンマイ」
「やめろ。悲しくなってくる」
綴も俺と同じようなことを考えていたのか、珍しく俺の肩をたたいて慰めてきた。
しかし、まじで悲しくなるからやめていただきたい。
次こそまともな奴を……って、二人目の式神をつけるのが許されるのって二等陰陽師からだっけ……
なんで年齢制限なんてあるんだよ……実力のある二十歳以下の奴らがかわいそうだよ。
ため息つきながら俺は綴の後について風呂場に入った。
「風弥、水……」
と、柊が何か言う前に、俺は蛇口を右にひねって、水を容赦なく綴にかけた。
「…………」
「…………」
「…………」
「まぁ、何も起きないだろうな」
案の定、何も起きなかった。
まあ、そりゃそうだろうな。別に、人魚の血が覚醒したわけじゃなくて、人魚としての力が覚醒しただけだから……
足の代わりにしっぽが生えてきたほうが俺は驚嘆するよ、うん。
「封じられてた力が解放されたから、前よりも強くなったと思うぞ」
気まずさにこらえられなかったのか、柊は慰めのつもりで綴にそう声を掛けた。
……なんだろう、なんか、中二病っぽい。
いや、そういうことが本当にこの世界では存在するから中二病ではないのか。ていうか、中二病という概念がそもそもなかったような……
本当に、昔からこの世界の概念とあの世界の概念がごっちゃになることがあるからやめてほしいわ。
「ジャク・ウン・バン・コク!」
真言を唱える声が聞こえたかと思いきや、なぜか次の瞬間、俺は鎖に縛られていた。
「…………は?」
「和颯?!」
「なるほど、確かに、前よりもあっさりとらえられたな」
「いやいやいやいや。ちょっと待て。なんで俺が実験対象になってるんだよ!おかしくねえか?!」
俺はあっさり縛られたことにショックを覚え、この緊縛を解くよりも先に、思わず綴に怒鳴ってしまった。
「おかしくないだろ」
「いやおかしいだろ。クロとかでもいいだろ!」
「俺は和颯の親友だからな」
俺がクロを指すと、なぜかクロが誇らしげにそう言いはなった。
「「……鈍感かよ」」
思わずポツリとそういうと、偶然にも綴の言葉と被った。
一瞬だけ目を合わせ、すぐに目をそらした。
「何が???」
一方、クロは何があったのか全く理解できずにいた。
誰かと付き合ったとかありそうにないからなぁ、こいつ。
しかし……天狗の中では幼いにしろ、人間の年齢で数えたら結構年寄りなんじゃ……
よく好きになれるな、綴の奴も。
「渡さねえからな」
「別にいいよ。優しくしてやれよ」
「当たり前だろ」
まぁ、クロに対しては本当にやさしくしてくれるなら、俺も文句はねえな。
「何の話してんだよ!!!」
「何でもないよ」
クロが切れると綴が頭を撫でた。
うん、仲がよろしゅうござんすね。
「まぁ、お前の力も前より強くなったって判明したし、俺と柊は先に帰るよ」
「俺は?!」
「お前は綴と親交深めてればいいだろ。無駄なことしなければ襲われないし」
「ん?なんか言ったか?」
「いいや、何も。じゃ、俺らは帰ってるわ。また明日な、綴」
俺はそういうと、綴の部屋を後にした。
昔のように警戒されたりは……しなくなるだろうな、今日のことで。
なんとなく、あいつとは仲良くなれる気がするんだよなぁ。
それからは、特に何も起きず、俺と柊は無事部屋についた。柊は、俺と雑談してから学生の式神に与えられた式神専用の部屋に戻った。
しかし……何回聞いても人魚が俺たちの暮らしている世界で生存しているということは驚くな……
人魚、か。
深海に暮らす伝説の種族。上半身は人間と全く同じ作りで、下半身は魚の姿。声は美しく、歌声で人を惑わす、と書いている本もあれば、頭は猿に近く、魚のように細い歯を持つ化け物だと書いている本もある。
実際のところ、人魚がどんな姿かたちをしているのかは誰にもわからない。
なぜなら、人魚の姿を見て生きている人間はいないからだ。
昔は人魚も人間と共に仲良く暮らしていると聞く。しかし、八尾比丘尼という巫女が人魚の肉を食べ、八百歳まで生きたといううわさがたつと、人間たちは欲望に負け、人魚の虐殺を始めた。
そして、そのまま人魚の数は減っていき、いつしか人魚は俺たちの暮らしている世界から遠く離れた深海に戻っていったのだ。
その人魚の子供がまさかこの学院の中にいるとは……
おそらくこれは、文月さんも知らないだろうな……
「それよりも……あの勾玉から一瞬だけ感じた、兄さんの霊力」
本当に、少ししかなかったけど、あれはいったい、なんなんだ?
前に、柊が渡してくれた時は感じ取れなかったのに……
「はぁ……」
もし、本当に兄さんが生きているとしたら……なんで、俺に会いに来ないんだ?
何か、理由があるのか、それとも……
いや、考えるのはやめよう。ネガティブ思考にしかならねえ。
明日も授業があるし、早めに寝るか。




